eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-07

富山治夫さんのこと

写真家の富山治夫さんが亡くなった。

かなり以前、直接お話をうかがう機会があったので、そのことを思い出して書いてみる。
・富山治夫さんといえば「現代語感」が名高い。この時の執筆陣は、大江健三郎氏、安部公房氏、飯沢匡氏、井上光晴氏ら、錚々たるメンバーだった。
http://www.tomiyamaharuo.com/japanese/essay_tomiyama.html
執筆陣の文章に負けない写真を撮るために、毎回知恵比べをするような楽しみがあったそうだ。
この企画にはかなり力を入れて取り組んでいたということで、例えば、ライオンの写真を撮るため、襲われる危険性があるにもかかわらず(飼育員は大丈夫だと言ってはいるが)、車外に出て、かなり近寄って撮影したそうだ。
http://blog.canpan.info/tomiyama/archive/104
ここにご本人からの言葉があるが、直接お話ししたとき、広角レンズの画角から、どうしても車内からは撮れないはずだと思って質問したら、そのような答えが返ってきた。
・いろいろな写真集があるが、ちょっと面白いのが創価学会関係のもの。別に富山氏が学会員でもかまわないのであるが、そのへんを聞いてみたら、創価学会のギャラは異例に高額なのだそうだ。だから、依頼された仕事はきちんとこなし、ギャラをたくさんいただいて、自分の好きな写真を撮るという考えであったとのこと。それはそれでいいのではないかと思った。
他には石元泰博氏や立木義浩氏も、学会関係の写真集を撮影しているが、同じような考えなのだろう。
・若いときはなかなか苦労もあった(写真は独学)という。しかし、写真の腕は若いころから確かだったらしく、写真コンテストでは入賞してよく景品を手に入れていたという。
そのころはカメラメーカー主催?の写真コンテストが多く、賞品がカメラであることが多かったが、それらのカメラはすぐに売り払って、生活の足しにしたり、ほしいカメラの資金にしたという。
・デジタル写真については、かなり早い時期からかかわっていた。一口にデジタル写真といっても、何をもってそう言うのか等あいまいなところが多く、なにかの規約?ガイドライン的なものがあるべきというような話だった記憶がある。
・全体に、かなりダンディで若々しい感覚の方だった。ご自宅近くの北新宿を撮影した写真は、失礼ながらお年からは想像できないような非常にモダンなものだった。その時もかなりのお年だったが、現役感があって「最近は大家だとかいかぶられて仕事が少なくなって困る。依頼があれば、どんどん仕事は受けるのだが」などと言っておられた。

ご冥福をお祈りいたします。

写真展「火・風ノ貌」(六田知弘)について

写真家の六田知弘さんの「火・風ノ貌」展が、東京京橋の加島美術で開催されている。
http://www.muda-photo.com/topics/index.html#T160909-1
http://www.kashima-arts.co.jp/events/ka-fu_no_bo/index.html

この方の写真に非常に惹かれるものがあり、何度かここでもとりあげた。
http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-847.html
http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-848.html
http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-851.html
また、加島美術では「水ノ貌」(2014)、「地・空ノ貌」(2015)と連続して展示しており、今回が一つの締めくくりになるかと思う。
※「地水火風空」の五元素をとりあげてきた。

先日、ギャラリートークのある日に合わせて見に行った。
六田さんの写真展では、見るたびにちょっと言葉にしがたい心の動きを得るのだが、今回は、ことさらにそうだった。
けれど心の動きに従って、なんとか言葉でトレースしてみよう。

まず1階の展示を概観する。大別すると火(炎)にかかわる写真群と、風にかかわると思われる写真群がある。
火にかかわるものを見ると、まず遠近感が失われる感覚があった。刀鍛冶の玉鋼?を鍛錬するときのモノクロ写真は、一見すると宇宙の星雲のようでもあり、ほむらとそのなかの火の粉のようにも見える。
極大と極小がひとつの写真から感じられて、めまいのような感覚があった。同じように暗闇のなかに赤い火が点在する写真(台湾の寺院の線香とのことだった)を見ていると、近いのか遠いのか、大きいのか小さいのかよく分からなくなる。
そのそばにある斜光線で浮かび上がるコケとその上の木の葉の写真を見ると、ごく小さいはずのものが鮮明に拡大されていて、ここでまた遠近感を失う。
また風に吹かれた後の草むら(カラー)を見ると、田舎で見慣れていたはずの風景なのに、なにか異界に通じるような気配を感じた。雨に濡れた木の芽(カラー)を見ても、知っているはずなのに、違和感があるような気がする。
果たして、火の写真と、風の写真は関係があるのかないのか、あればどう関係しているのか。よく分からないままに2階の展示を見た。
モノクロの温泉(湯気の立った池)の写真を見たときに、なにか、そこはこの世ではないような気がしてきた。
前方を歩く馬を後ろから見たモノクロ写真(しっぽが揺れていて、全体にぶれている)を見ると、この馬に導かれてこの世ならぬ世界に行ってしまいそうな気がする。
そう思って、改めて見ると、どの写真も何か異界を感じさせるように思えてきた。

「遠近法」perspectiveは、きわめて知性的な働きによるもので、その見方を採用することは理性的、論理的世界を生きることではないかと思う。また、perspectiveという言葉には、視野という意味合いもあり、目に映る事物、世界を理性的にある種の秩序によって再構築して理解するということではないかと思う。
しかし目に映るものは、ほんとうにそれだけなのだろうか。

遠近法が狂った世界にいったん入り込んで、そこから改めてまわりを見ると、いつも見ているものとは違う様相が現れてきた、ということを疑似体験させてくれるような写真ではないかと思えてきた。
「疑似体験」という言葉を使ったのは、普通の人はこういうことはできないし、できてしまったら社会生活が送れなくなるだろうから。理性によって構築された社会(養老孟司のいう脳化社会、というかどの社会も理性=logicによって構築されている)の約束事を離れたものは狂人といわれる。
しかし、今見ているものだけではない世界を垣間見ることができる瞬間があるのではないか。

六田さんに、ヒマラヤのシェルパと共に生活した際の写真をまとめた「ひかりの素足」という写真集がある。そのなかに、六田さんの言葉で「現地での生活は生と死の境界があいまいだ」(大意)という一節があった。
現実の薄皮を一枚剥ぐと、じつはそのような世界が広がっているのではないか。

家に帰る道すがら、このようなことに通ずる和歌があったような気がして、いろいろ考えていたが、それは鶴見和子の晩年の歌だった。
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-273.htm

生と死のあわいに棲みていみじくも
       ものの相(すがた)のするどき気配

現実世界から一枚、論理というベールを剥ぐと、そこには生と死の境界があいまいな世界が広がっている。
本当はそれが真の姿で、それを論理で糊塗して日常生活を送っている。
この歌は、人間の考え(論理)によってとらえた世界(=日常の世界)以前の「前論理」の世界(生も死も同じレベルにある)を、通常の論理を超えた「超論理」でとらえた歌ではないか。
そこでは、事物、あるいは世界は固定化されたものではなく、おそらく現象として存在しており、気配としてとらえられるのみ、ということを言っているように思える。

この写真展に重なるものがあると思った。

新しいカメラ

これまで使っていたリコーGR(初代、2005年発売)がとうとう壊れて、GR2(2007年とのこと)を買ってきた。
しかし、買ってしばらくすると、レンズ内にホコリが入ったらしく、撮った映像にもはっきりわかるようになってしまった。
(どうもこれは、持病らしい)
いろいろ調べたら、掃除機でレンズ部分を吸引するというやり方が見つかって、強引だがやってみた。
概ね除去できたが、まだ残っていて、撮影時にちょっとブルーになる。
けど、いいカメラです。

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じつは友人にオリンパスXA(ストロボ付き)をいただいたが、これの持病のシャッターがきれない不具合があり、うれしいような悲しいような気持ちでR。

冬 世田谷ボロ市

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池袋 春先

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古武士の風格 写真家・広河隆一

先日、広河隆一氏の映画「人間の戦場」の上映に行き、直接に氏の言葉を聞く機会があった。
映画で語られていることは、概ね氏の写真や文章で語られているものであったが、実際の撮影の様子をみて、思うところがあった。
冒頭にイスラエル警察がパレスチナ人のデモ隊に催涙ガスを発射する場面があるのだが、広河氏はいったん下がってから持参のガスマスクをつけて、ごくごく普通の様子で警察に近づき写真の撮影を続けていた。なるほどこういう人らしい。

広河氏は、「自分のことをフォト・ジャーナリストと呼ぶ人もいるが、その前にジャーナリストであり、さらにその前に人間である。だから人間として見逃せないことがあったら、写真を撮ることは後回しにして、人としてなすべき行動をとる」と言っていた。
そうなると、根本にある人間性が問われることになるが、そこで思い出す話がある。
以前、放送大学で広河氏の番組を見たのだが、チェルノブイリを取材している広河氏は福島原発事故の後、当然ながらすぐに現場に行った。しかし原発事故をしらずに右往左往している人々の避難を誘導するのに手いっぱいで写真を撮る暇はなかったという。
言葉と行動が一致した人である。

映画の後の話では、撮影中に拉致連行されて、生命の危険にさらされたこともあったそうだ。その時は、いつも付き合いのある難民キャンプのお母さんたちが押しかけて訴えたため、釈放されたという。ずいぶん危ない目にもあっているのだろうが、それでも撮影をやめる気はないようだ。
そのように話すときも、映画のなかで撮影しているときも、広河氏は気負わずたんたんと自らがなすべきと定めたことをなしているようにみえた。
主張すればいくらでも声高になれるだろうが、そういうことはせずに、いくぶん低めの声で言葉少なに語っておられた広河氏の様子に、なぜか「古武士」という言葉が浮かんできた。節操堅固で、信義に篤く、剛毅実直な昔風の侍。ある意味で人間の理想とする姿のひとつではなかろうか。

写真家は、何を撮るかではなく、どこにいるかということのほうが重要だ、という言葉を聞いたことがある。広河氏の仕事はその通りのことを実行しているように思った。

ちなみに、ご署名をいただきました。
なんだかんだ言っても、おれはミーハーなのだ。
だから古武士のような人に惹かれるんだろう。

西江先生が亡くなって1年。

西江雅之先生が昨年亡くなって、ほぼ1年が経とうとしている。
日頃は日付の入った写真は撮らないのだが、この時期はなぜかそうしたくなって、日々の写真を撮っていた。

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浅草~上野 GW頃

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カメラ3題(3台ではない)

1.先週、秋葉原に行ったら、まさしくガレージでガレージセールをやっていた。
見ると、どうにもならないようなコンパクトデジカメ(200万画素とか)やら、オリンパストリップ(赤ベロ固着)などが並んでいたが、どうにも手が伸びなかった。
ふと見ると、フードばかりが入った箱が置いてあり、よく見るとCanonのLマウント100/3.5用のフードがなんと200円の値札が付いていた。ヤフオクなのでは3,000円くらいするもの。レンズは持っているのだが、内容からするとこのフード自体にとてもそれだけの価値はないと思い、買っていなかった。
さっそく購入して、家にあるレンズに装着した。あまり使わないレンズだがうれしいものです。しかし、今度はフードしたまま装着できるレンズキャップがほしくなったな…。
こうしたいわけです。↓ ちなみに革製ケースもすでに持っている。
http://arrow-camera.weblogs.jp/blog/2012/06/cap2.html

2.いま、渋谷駅前の東急デパートで中古カメラショーをやっているので、のぞきに行ってみた。コニカⅢA(ケース付き)があって、ちょっと手が伸びたのだが、シャッターが独特のLV(ライトバリュー方式、絞りとスピードが連動して動く)方式で、扱いにくいので、棚に戻した。
露出計付きのコニカⅢMがあって、これはボディ上部に不格好な露出計がついているのだが、このシャッターは、絞りとスピードを独立して動かせるようになっていた。やはりLV方式は思ったより使いにくかったので、やめてしまったのか。
露出計をいじってみると、なんだか外れそうである。すでに露出計の制度も落ちているだろうから、きれいに撤去できれば使いやすそうなカメラである。そう思って、無理な改造をやって壊したカメラが何台あるか忘れたが、ちょっと興味がわいてきた。
こちらのページが分かりやすいです↓
http://matsumo.gozaru.jp/camera/pagef51.htm

3.渋谷の帰りに、四谷のアローカメラに寄った。今日は午後から田中長徳氏のトークショーだったようで、着いたときにはまだ店内には田中氏とファンがカメラを見て雑談していた。
以前、銀座や雑司ヶ谷で田中氏を見かけたときは、わりと恰幅がよいかんじであったが(肥り肉というか)、後ろ姿を見ていたら、思ったより痩せていることに気付いた。やっぱり年をとったのだろうな。クラシックカメラブームのピークは20年前くらいだったか。それを思えば、当然のことだな。そのぶん、俺も白髪が増えたし。
さて田中氏は、国産のレンジファイダー機(レンズは40~50ミリ)をいろいろと手に取っていた。たしかにある年代のカメラは、金属製でほれぼれするようなフォルムで、しかも写りも良い。のであるが、けっこう重くて、レンズ交換ができないため、別のカメラも持つので、結局かなりの重量になって、長く歩くとなかなか疲れる。このへんも年を感じるところではある。

去年の帰郷

昨年帰郷してから1年たった。なかなか行けなくてさびしい思いをしている。

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2016042603.jpg 福島市あたりか

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常磐線の相馬市と浜吉田間の工事が進んでいた。

2016042604.jpg 相馬市内

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2016042611.jpg 相馬駒焼の登り窯

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2016042617.jpg 相馬-福島間の山越えのバスから
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