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eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2020-01

サインが欲しくなる理由

どういうわけか、何人かの著名な方のサインを持っている。
著名といっても、俺にとっての、という意味で、多くの人にとってはあまり意味はないかもしれぬ。
桑原甲子雄、荒木経惟、遠藤賢司……、田中長徳なんて人のもある。六田知弘さんのもあったな。
最近ではスピッツのサインが増えた。

ふと考えた。なぜサインが欲しいと思うのだろうか。
ファンだから、と言えばそれまでだが、熱烈なファンであってもサインは別にいらないという人も多かろう。

どうも、いろいろ考えると、ベンヤミンに行き着くような気がする。
先ほど名を挙げた人たちは、基本的に複製芸術の世界で生きている(いた)。というか、桑原やアラーキーのオリジナル・プリントには値段からして、とても手が届かない。エンケンはさいわいにも東京にいたのでライブを見ることができた。そうでなければCDで聞くしかなかった。
写真集もしくはCD(LP)という複製芸術のかたちで、彼らの作品を十分に堪能しているわけだが、やはりそれだけでは寂しく思うのだろう。
となると、オリジナルだけがもつはずのアウラ(そのときに、その場だけに存在する)に準ずるもの・つながるものが欲しくなるのだろうか。

複製芸術であろうとも、例えば楽譜から演奏するように、自分の中で鑑賞・観応というかたちで再創造できることは可能であると考えている。なかなか困難なことではあるが。
しかし、それだけでは足りんのでしょうな。
だから、ライブに行ったり、写真展に行ったりして、そこにしかないもの・ことを体験しようとする。

作家が自らの手で書いたサインというものは、間接的に作家に近づけるような気がするものだ。
そういうかたちで、複製芸術のなかに唯一性を取り戻そうとしているのだろうか。
そういえば、昨年、牛腸茂雄のネガから友人の三浦和人氏(だったかな?)が焼いたプリントを買った。
大昔に四谷三丁目のMoleで売っていたもので、たしかに写真の裏にMoleの名前が残っている。牛腸のオリジナル・プリントには手が出ないが、牛腸が直接手を触れたネガから焼かれたプリントなら買えなくはない。

そのプリントをそれほど見返したりしたりはしていないが、自分の中に欠けている何かを確実に補ってくれているような気がする。
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