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eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2018-11

カルト映画は時代を乗り越えるか(ちょっと無理っぽかった) ホドロフスキー賛江-1 

早稲田松竹でアレハンドロ・ホドロフスキー特集をしていて、30年ぶりくらいで「エル・トポ」と「ホーリー・マウンテン」を見た。
この2本は、映画版諸星大二郎などと呼ばれることもあり、いわゆるカルト映画といわれているようだ。
当時はそれなりにショッキングだったり、意図が分からないなりに意味ありげだったりしたシーンが、いま見てみると「あるよね、これ」という印象となってしまっていた。
もちろん、当時は十分に常軌を逸した、これまで見たこともないような映画だったのだろうが、先達者の悲しさか、自らが切り開いた世界に他の映画が追い付いてしまって、もともとのものがかえって陳腐化してしまうという悲劇?に陥っているように見えてしまった。
「エル・トポ」を俺のようなおじさんが見ると、最初は子連れ狼、途中はブルース・リーが謎のアジトで順番に敵を倒す映画(ドラゴン危機一髪?)のようで、でもここでライバルを倒す手口が卑怯なのが面白い。その後、地下の洞窟に暮らす人々との出会いは、手塚治虫「火の鳥」黎明編のようである。で、洞窟と地上の町をつなぐトンネルを作るところは「恩讐のかなたに」のようである。最後に自ら身を焼くところは、ベトナム戦争に反対した僧侶を思い出す。
このように、他の作品等を連想しながら見てしまう自分が悲しいのであった。

「ホーリー・マウンテン」は、キリストになり損ねた青年(マグダラのマリア風の女性もいる)が狂言回し的な役回りで登場するが、彼は途中で離脱する。他の登場人物は、どうもホドロフスキーの故国チリのピノチェト政権下の成功者たちを思わせ、それはいまだに他の国にも続いている通俗的にして普遍的な腐敗した人間像として描かれている。
とはいえ、青年が導師に出会って、自分の大便を錬金術風に金にかえるなど、「あるよね、こういうの」という感は否めない。

ということで、いまでも面白いとはいえ、さすがに時代を乗り越えられない部分も多々感じられたのだった。
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