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eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2018-10

日本人12歳説

ベルント・ローゼ写真館「希望の光」~ドイツ人特派員が撮った昭和26年の日本~
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/02/h0217-1a.html

この写真展の案内の文章に、何か気になるものをかんじた。
※以下引用
敗戦国という同じ立場にあったドイツ人の目に、当時の日本は、日本人はどのように写ったのでしょうか。来日前、広島の取材を思い立った彼が想像したのは、悲観的になり無気力の中に沈んでいる人々の姿でした。しかし、彼が配信した記事には「これほど明るい笑顔を、……再建、再興において、これほど市民が活発に努力している町を、わたしは他に知らない」と記されています。(引用終わり)

何故、ドイツ人としては「悲観的になり無気力の中に沈」んでいるだろうと思ったのに、日本人は広島であってさえ「これほど明るい笑顔を、……再建、再興において、これほど市民が活発に努力している」というほど違ったのだろうか?
確かに、ドイツは国内が戦場になり筆舌に尽くしがたい惨禍があったと聞く。しかし、比較すべきものではないだろうが、広島の惨禍も周知のとおりである。にもかかわらず広島でさえそうなのだから、それ以外の日本国内はなおさらだったのだろう。

以下は、ちょっと思いつきレベルなのでまだ書くべきではないかもしれないが、よかったら読んでみてください。

マッカーサーの有名な言葉に「日本人12歳説」というのがある。曰く「日本人は、近代文明の尺度で測れば、12歳の少年といったところ(like a boy of twelve)でしょう」。
Wikipedeiaによれば、「民主主義の成熟度について「アメリカがもう40代なのに対して日本は12歳の少年、日本ならば理想を実現する余地はまだある」と述べた。「科学、美術、宗教、文化などの発展の上からみて、アングロ・サクソン民族が 45 歳の壮年に達しているとすれば、ドイツ人もそれとほぼ同年齢である。ドイツ人が現代の道徳や国際道義を守るのを怠けたのは、それを意識してやったのであり、国際情勢に関する無知のためではない。ドイツが犯した失敗は、日本人の失敗とは趣を異にするのである」。どちらかといえば日本を擁護したような文脈であった。
wikipedeiaの「ダグラス・マッカーサー」の項より引用。

最近、殿山泰司の「三文役者あなあきい伝」を再読しているのだが、「次の戦争の時には責任者を決めてからやってくれ」(大意)というセリフがあった。敗戦時、日本の最終的な戦争責任者はうやむやになったことを踏まえている。
ここで考えたのは、ドイツ人は戦争と敗戦を自分の問題としてとらえたのだろう。ヒトラーに政権を許したのも、戦争に参加したのも、結局は自分たちの問題として考えたのだろう。だから「悲観的になり無気力の中に沈」む。つまり大人の態度だろうね。
一方、日本人は「天皇の赤子」であり、大人として戦争を始めたわけではない。また戦争を始めた政府は戦争をやめたくなっても止め方が分からない。赤子の親である昭和天皇が止める(ポツダム宣言受諾)と言ってくれなければ、本当は止めたかったのに止められなかった(このへんは安吾の堕落論から引いている)。それを考えれば「精神年齢12歳」、つまり、まだ親がいなければ判断できない精神状態なのだという意味であれば、それほど変な話ではない。

ここからもう少し話を進めたいのだが、まだ煮詰まらないので、今日はここまで。
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