eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-07

不思議な一日(後編) 六田知弘写真展「宇宙のかけら」@御所市

大阪会場は19日までか。もう一度行きたいが、明日は仕事があるし、週に2回も大阪に行くのは俺の財布には荷が重い。
18日には六田さんによるギャラリートークもある。是非行くべし。
https://www.facebook.com/events/164472997402794/


さて、話を戻して、当日の御所市・赤塚邸でのギャラリートークのあと、六田さんはこの日、東京に戻るというので、一緒に帰ることになった。
六田さんの車に乗せてもらったのだが、「今回は時間がなくて葛城山や金剛山に行けなかったので、機会があれば次は是非行きたいものだ」などと言ったら、六田さんが「時間があるので寄っていこう」と言ってくれて、急遽、葛城山に向かうことになった。
車で葛城山方面に走っていくと、山頂に縦の虹が出ているのに六田さんが気付いた。
R0018229.jpg ※中央右側です。
思えば、赤塚邸の「高天」と題された写真にも、虹が写っていたが、なにか不思議な符号を感じた。これから向かうのは、その高天である。
車はどんどん山道に分け入るように走って、高天彦神社に着いた。高天の写真は、この神社の参道の並木を撮ったものだという。
神社の前に出ると、手水鉢があり、蛇口から水が滔々と流れ出ていた。手を清め、口を漱ぎ、ちょっと飲んだが冷たく、うまい。これは山の清水だろうか。
さっそくお参りをしたのだが、なにか気圧されるような雰囲気があり、冷気というか霊気というか、身震いするような空気を感じた。
わりとこういったことには鈍いほうなので、どこへ行っても何も感じなことが多いのだが、どうもここは違うらしい。
有難くもあり、畏れ多くもあり、すぐに社の前から立ち去ってしまったが、あの水の旨さからすると、人に対して親和的なのではないかという気もする。
六田さんに、感じたことを言うと、ここはそもそもそういう場所なのだという話であった。
そのあとに、高鴨神社へ向かった。ここは高天彦神社と違い、なんだか親しみやすい空気を感じた。京都の賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)のルーツだという。
ここもさっそくお参りする。見ていると、六田さんは深々と頭を下げていた。
ここは、親密感のある神社ですね、などと言っていたら、この神社でも絶対にカメラを向けないところがあるそうで、でも、それがどこ(何)かは聞かなかった。怖いからね。
大阪会場、御所会場に写真があった、高鴨神社の池のほとりを歩くと、写真と同じ枝ぶりの木があった。
末社というのか摂社というのか分からないが、小さな社が池のほとりに並んでいて、どれも小さいながらも立派な茅葺屋根で、こういうのは初めて見た。
亡き父たち(義理と実父)はどちらも酒が好きだったので、お神酒を買ってみた。

帰り道、葛城山のふもとから奈良盆地を見ると、低い山々(大和三山)が、ぽこぽこと町に食い込むようにあり、これも不思議な風景であった。
そこから、六田さんのご実家のある方面へ向かったのだが、進行方向に赤く大きな月がのぼっていて、それがずっと視界から外れなかった。なんなのだろうか。こういう経験はあまりない。
R0018233.jpg
※28ミリの広角レンズなのであまり大きな感じはしないが。


六田さんの御所市の写真を見ていると、どうも地霊?のご加護があるように感じられ、それは高天の神、つまり日本神話の神なのかもしれず、はたまたその土地に根差した山としての神(葛城山、金剛山は修験道の始まりの地でもある。御所市は役小角の生地)なのかもしれず、よそから来たものにはっさっぱりわからないのであるが、なにか只ならぬもの、ただし人間とは峻厳たる断絶があるわけではない、そのようなものがあることだけは感じられる。
水木しげるが出雲の神々に守られていたという話に似ていると思ったりもしている。

もっとも不思議というかラッキーであったのは、帰りの新幹線で、六田さんの生い立ちやら、写真を撮りはじめたきっかけやらを聞けたことだろうか。
日帰りではあるが、濃密な体験だった。
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