eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-08

古武士の風格 写真家・広河隆一

先日、広河隆一氏の映画「人間の戦場」の上映に行き、直接に氏の言葉を聞く機会があった。
映画で語られていることは、概ね氏の写真や文章で語られているものであったが、実際の撮影の様子をみて、思うところがあった。
冒頭にイスラエル警察がパレスチナ人のデモ隊に催涙ガスを発射する場面があるのだが、広河氏はいったん下がってから持参のガスマスクをつけて、ごくごく普通の様子で警察に近づき写真の撮影を続けていた。なるほどこういう人らしい。

広河氏は、「自分のことをフォト・ジャーナリストと呼ぶ人もいるが、その前にジャーナリストであり、さらにその前に人間である。だから人間として見逃せないことがあったら、写真を撮ることは後回しにして、人としてなすべき行動をとる」と言っていた。
そうなると、根本にある人間性が問われることになるが、そこで思い出す話がある。
以前、放送大学で広河氏の番組を見たのだが、チェルノブイリを取材している広河氏は福島原発事故の後、当然ながらすぐに現場に行った。しかし原発事故をしらずに右往左往している人々の避難を誘導するのに手いっぱいで写真を撮る暇はなかったという。
言葉と行動が一致した人である。

映画の後の話では、撮影中に拉致連行されて、生命の危険にさらされたこともあったそうだ。その時は、いつも付き合いのある難民キャンプのお母さんたちが押しかけて訴えたため、釈放されたという。ずいぶん危ない目にもあっているのだろうが、それでも撮影をやめる気はないようだ。
そのように話すときも、映画のなかで撮影しているときも、広河氏は気負わずたんたんと自らがなすべきと定めたことをなしているようにみえた。
主張すればいくらでも声高になれるだろうが、そういうことはせずに、いくぶん低めの声で言葉少なに語っておられた広河氏の様子に、なぜか「古武士」という言葉が浮かんできた。節操堅固で、信義に篤く、剛毅実直な昔風の侍。ある意味で人間の理想とする姿のひとつではなかろうか。

写真家は、何を撮るかではなく、どこにいるかということのほうが重要だ、という言葉を聞いたことがある。広河氏の仕事はその通りのことを実行しているように思った。

ちなみに、ご署名をいただきました。
なんだかんだ言っても、おれはミーハーなのだ。
だから古武士のような人に惹かれるんだろう。
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