eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-11

夢に似たもの

今月号のアサヒカメラで、森山大道がモノクロ写真の特性について「夢性」「異界」「非日常」という言葉を使って語っていた。
しかし、俺からみるとモノクロ写真にしなくても、東京の町は夢に似ている。
ちょっと前まであった建物が忽然となくなり、遠いところにいつの間にかビルがそびえたっている。
行きかう人も、ある時は視線が絡み合い、ある時はまた何もなく、いずれにせよ認識不能な人数に日々出くわすので、なにか現実のこととは思えない。
瞬間ごとの現実感と、それを連続体としてみたときの脈絡のなさが、夢に似ているのではないかと思う。
そういえば桑原甲子雄に東京を撮影した「夢の町」という写真集があった。

では、自分にとって夢ではない町があるとすれば、郷里の町であろうか。しかし、離れてからすでに数十年たっているので、思い描く町は記憶のなかにしかないことはわかっていた。
さらに震災以来、根本的に町のありようが変わってしまった。
単線のJRが一時間に一本通るような、東に行けば海があり海水浴や潮干狩りが楽しめる、港があって新鮮な海産物が食べられるようなそういう町であった。西に行けば山があり、5月には新緑、秋には紅葉のもとで芋煮会を楽しむような町であった。
町なかは城下町の面影が残っており、本屋が3軒あり辻々には喫茶店があって、それぞれ行きつけの店で一服するのを楽しむような田舎の町であった。
今のことは、いろいろなことがありすぎて書きようがない。
やたらと新しい大きな道路が出来たが、除染と将来の廃炉作業用の幹線となるのだろうか。

母は震災以来、東京の介護施設に身を寄せているが、認知症がひどくなって、瞬間ごとの判断力はなかなかのものだが、今話したことさえ忘れてしまって、何回も同じ会話を繰り返すような状態である。
介護施設の人が、何かの折に「生活にもだいぶ慣れたと思うので、なにか新しいことにチャレンジしたらどうか」と言ったら、母は「この場所で暮らすことがチャレンジだ」と答えたそうだ。本来いるはずでない場所で暮らしていると考えているからこそ、チャレンジだと答えたのだろう。
瞬間が連続しているだけで、コンテキスト的に統合されていない時間、日々をすごしている、しかも自分でそれをうっすらと自覚しているようである、そういう母は、ひょっとして夢のなかのような時間をすごしているのではないか、などとも考えたことがある。本当のところはやっぱり分からないわけであるが。

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