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eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2019-07

西江雅之写真展『影を拾う』

昨日、西江先生の訃報を聞き、土曜日に行くつもりだったギャラリー・ハシモトの写真展『影を拾う』に行ってきた。
天気は雨だった。
駅からほど近いビルだが、看板が小さくて少し迷った。
12時のオープン直後に入ったが、しばらくは誰も来ず、ゆっくりと先生の世界を見ることができた。
写真展の内容はしばらく前の世田谷でのものの再構成だった。
エントランスのパネルに先生の言葉があったので、書き起こした。



子供の頃、蝶を見つけると、手にした採集用の網を振り上げて、ただひたすらに追いかけたものだった。やがて、そのような行為には無駄が多いことに気がついた。蝶にはさまざまな種類があるが、その多くは勝手気ままに空中を飛んでいるのではない。各種、自分たちに適した食草と相手を求めて、定まった道を移動しているのである。
いつしかわたしは昆虫採集を止めて、写真を撮るようになった。被写体となる事物も、蝶のようにそれぞれの道を持っている。景色には、季節や天候や背景が整って良い顔を見せるまでの道がある。人は人生という道を歩みながら、時と場にそぐう良い表情を見せてくれる。私は路上に立ち、求める対象がそこに姿を現すのを待つ。これらの写真は、ある時、ある場所で、そこに現れた事物から、わたしの目が掬い採った影なのだ。

1ヶ月ほどもかかったソマリア単独縦断を終え、当時のフランス領ジブチを経て、海を越え、アデンに着いた。不毛の地から、不毛の地への移動だった。「まるで、石炭の竈(かまど)の中にいるみたいな穴の中で、焼けただれています。」A.ランボーの言葉を思い出した。焦げた鍋底を思わせるアデンの町で、なぜかわたしは故郷に戻ってきたような落ち着いた気持ちになった。1961年、秋も終りの季節だった。
毎朝、宿から歩いて海を見に行った。ある時、何年か前に聞いた話を海辺で思い出した。
《海の近くで、ある老人が漁に出かける途中の青年に出会った。互いに挨拶を交わしてから、老人が言った。「ところで、あんたの爺さんは海で命を失った。そして、あんたの親父さんも海で命を失った。それなのに、あんたは海に行くのがこわくないのかね。」青年は怪訝そうな顔で言った。「爺さんあなたの祖父は家の中で亡くなった。そしてご両親もその家の中で亡くなった。それなのに、よくまあ平気でその家に住んでいられますね。」》

わたしの旅は、幼少のころに過ごした兵庫県の田舎に始まる。家のそばの揖保川の岸辺に行くと、半径わずか百メートルほどの空間の中だけで日々を過ごした。そこがわたしの世界のすべてであった。川上、川下、そして目の前にそびえる山、背後に連なる田んぼと畑、そうしたものの向こう側には、わたしが知らない世界がある。いつか、その地を訪ねようと、幼いわたしは思っていた。
今回の展示作品は、すべて単なる“絵”なのである。画面のなかの人びとは何処の国の誰なのか、彼等の装いは何と呼ぶのか、その素材は何なのか。その人びとはそこで何をしているのか、そのようなことの答えは絵を見る人にまかせたい。ただ、一枚一枚の絵から軽い驚きを感じて下さりさえすれば、わたしはそれだけで嬉しいと思う。

  西江雅之

2015061901.jpg





そのあと、地下鉄で浅草に出て、神谷バーで昼酒を飲みながら食事をした。
たしか玉村豊男だったと思うが、葬儀の際においしいご馳走を食べて、その後で、そのご馳走を故人と一緒に食べられなかったことを悲しむという話があった。
それをなぞった訳でもないが、先生はお酒も好きだったので、手向けの杯としておいしく頂いた。
学生時代に先生に吉祥寺に飲みに連れていってもらったことを思い出した。
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