eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-09

福沢諭吉「瘠我慢の説」について

福沢諭吉に「瘠我慢の説」という文章があって、いまだに物議を醸したりしている。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000296/files/46826_24771.html

内容は、勝海舟と榎本武揚の功績を認めながらも、旧幕臣が明治政府に使え、高官になったりするのはほめられたものではない。
瘠我慢して、新政府には奉職すべきではなかったというような話である。

これについて、勝、榎本それぞれに反応(儀礼的な返答をした=ほぼ無視)したというところで、この話は終わっている。

以前からこの文章を読んで釈然としないところがあったのだが、最近はこう思っている。
そもそも瘦我慢というのは本人がするものであって、他人に言われてするものではない。
他人が言うのであれば「我慢しろ」であって、人を評して「瘦我慢してるな」ということはあっても、「瘦我慢しろ」とはなかなか言わない。
もともと「武士は食わねど高楊枝」というが、これは本人がプライドを守るためにやっているのであって、人に言われたからしているのではないだろう(人の視線は気にしているだろうが)。

勝にしても榎本にしても、むしろよちよち歩きの新政府の手助けをすることのほうが、我慢ではなかったのかとも思う。
とくに勝などは内憂外患のなか、無理やり新体制を作るように導いて、それが一本立ちしなかったら、何のために幕府をつぶしたのか、無意味になる。

どうも勝と福沢は咸臨丸以来、そりが合わなかったようだが、この文章は福沢の空回りというか、よけいなお世話のようにも思う。
勝は時局にあわせて軽口をたたいたりしたそうなので(氷川清話等)、それをたしなめるためならば意味はあったのかもしれないが、どうも内容的にはそうではなさそうだ。

まあ、福沢も瘦我慢して、この文章を発表しなかったほうが良かったのかもしれない。
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