eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-11

文藝春秋2013、12月号と鷲田清一「パラレルな知性」(晶文社)

今月の文藝春秋本誌に小泉元総理の脱原発論があったので読んでみた。内容は、あの人らしく非常に明快で、放射性廃棄物の処理に10万年かかるから、それは無理なので止めようという話しである。これを総理のときになぜ気付かなかったのかとも思うが、ああいう人なので仕方がないし、強力な援軍と考えることもできる。

ところで、鷲田清一「パラレルな知性」(晶文社)を読んでいたら、次の一節があった。
「明治以降、とりわけ戦後は復興から高度成長、高度消費、バブルと急激な右肩上がりが続いてきた。この急カーブの右肩上がりの時代のなかで生まれ育った人びとが、今の六〇代半ばあたりから七〇代、日本のトップを担っている世代だ。わたしは、「ああ、この人たちは未来世代のことを考えない人たち」なのだなとつくづく感じている。なぜなら、右肩上がりの時代には、どんな深刻な問題も技術の進歩によって必ず次の世代が解決してきたらからである。
(略)右肩上がりの時代が骨の髄まで滲み込んでいる人びとは、きっと次の世代が何とかするだろうと信じて疑わない。そのぶん、未来の世代のために蓄えたり節制したりということをする必要を感じない。歴史のなかで、今の日本のトップ世代ほど、未来世代のことを考えずに生きてきた世代は珍しいのではないか。
 逆にいえば、このたびの震災によってわたしたちはこうしたことにやっと気づかされた。たとえば、現下の国債の増え方はだれが考えても異常だ。それを放置できてきたのは、いずれだれかが何とかするという発想があったからだ。現在さえフル回転させておけば、いずれどうにかなるだろうという感覚だ。これは個人的なエゴイズムというよりも、社会全体にある”頑張っていたら何とかなる”という空気だろう。七〇〇兆円をはるかに超える国債残高は、それを物語って余りある。」

 原子力を使うようになってまだ百年もたっておらず、しかもウランの埋蔵量はのこり百年程度である。
http://www.fepc.or.jp/enterprise/jigyou/world/sw_index_03/
 しかしながら、その廃棄物の処理には10万年かかる。つまりたかだか100年~150年の安楽のために10万年を質に入れたようなものだ。
 もっとも研究者、開発者の言い分もあるだろう。埋蔵量が100年程度しかないでしょ→だから増殖炉や核融合炉を。では誰が被爆の危険性を顧みずに研究するの?→それは後の世代の人が頑張ってくれるでしょう。
また、廃棄物はどうするの?→それも後の世代の人が頑張ってくれるでしょう。
 この発想はまさしく前述の鷲田氏の書いたとおりである。まあ、年金問題も似たようなもんだな。
 
ごく一般的な道徳として、まわりの人には迷惑をかけないようにする、というものがある。「まわりの人」というのは、空間を軸に考えると、大きくいえばこの地球上で同時代に生きる人びとという意味となるが、時間を軸にとると、過去と未来の人もふくめて考えられる。つまりご先祖たちが積み上げてきたものをないがしろにしない(例えば、福島県近辺の肥沃な農地や、豊かな漁場、さまざまな祭事を含む文化、伝統)と同時に、孫や子が放射性物質に苦しまないようにするということも考えあわせて良いだろうと思う。
その意味で、「六〇代半ばあたりから七〇代、日本のトップを担っている」「未来世代のことを考えない人たち」には、さっさと退場してもらいたい。お土産に放射性物質を持たせてね。
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