eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-09

電波塔についての妄想、もしくはゴジラ招来祈念

大正12年9月1日、関東大震災が起きたときに、世界にその第一報を配信したのは福島県浜通りの原町市(現南相馬市)にあった電波塔(原町無線塔)であった。
しかし、電波の方式が変わったり、震災の揺れによる被害・損傷もあり(と聞いている)、この無線塔は10年程度で使用が中止された。そしてあまりに頑丈に作られていたため、その後数十年も解体できずに廃墟として原町市に立ち続けた。

この話を子供のころから知っていたせいか、東京スカイツリーが造られはじめてから、あまり良い気持ちがしなかった。
俺の頭のなかでは、関東大震災と原町無線塔がセットになっていることの連想からか、スカイツリーを見たときに何らかの災厄の予感、とは言い過ぎではあるが、なんだかいやな気持ちがあった。そして東日本大震災が起きた。
そして今ではスカイツリーと東日本大震災が結びついている。まあ、あきらかに言いがかりなのだが、あの天を突き刺すようなデザインを見たときに、なんとも邪悪なものを感じてしまったのを覚えている(いまは慣れてきたが)。

そうなると、もう一つの電波塔である東京タワーはどうだったのかということが気になる。
東京タワーは1958年(昭和33年)に竣工したが、東京はそれ以降、現在までそれほどの大災害(の直撃)は受けていない。それはなぜか。

以下、単なる妄想。
東京タワーは怪獣映画のなかで、ゴジラやモスラによって何度も破壊されている。また、その映画のなかで、何度も東京は破壊されている。
たしか文化人類学の概念で、災厄を逃れるために「形代 かたしろ」(≒身代わり)を作り、それを川に流したり(流し雛)、破壊したりして、擬似的に被害を負わせることにより、本当の災害を逃れるという考え方があった。
俺の見立てでは、映画中で東京タワーおよび東京の市街が破壊されることにより、実際の災害からの厄逃れになっていたのではないか、ということ。
つまり映画中で東京タワーが何度も破壊されているうちは、東京には現実の大災害は襲わないという発想である。

ところで、そもそも塔とは何であるか。実際の使用目的以上に、自己の権勢や国威を発揚するという目的があるだろう。しかし、それをやりすぎると、奢りを手ひどく戒められる。
旧約聖書中のバベルの塔の記述には以下のようにある。
・又曰けるは去來邑と塔とを建て其塔の頂を天にいたらしめん斯して我等名を揚て全地の表面に散ることを免れんと (文語訳旧約聖書 創世記11)
・彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。(新共同訳聖書 創世記11)

このなかの「我等名を揚て」「有名になろう」は、英語では"let us make us a name"(欽定訳聖書 King James Bible)、"we may make a name for ourselves"(New International Version 1984)、"This will make us famous"(New Living Translation 2007)となっているそうだ。祝子川通信「バベルの塔」新釈より引用。
そこでmake nameを英英辞典で引く(dictionary.cambridge.org)。make a name for yourselfとはto become famous or respected by a lot of peopleとあり、さらにfamousを引くと、known and recognized by many peopleとなる。
これらをみると、名を揚げる/有名になるということは、many/a lot of peopleにrecognizeされrespectされることであり、権勢をひけらかしたということになるのだろう、それが神の逆鱗に触れたようである。

ところで、この文書をまとめているときに、以下の文章を読んでなるほどと思った。
「ゴジラが皇居を襲わなかった本当の理由」(木走日記)
たしかに関東大震災以降の東京の大災厄といえば東京大空襲であろう。B29の航空路とゴジラの東京上陸ルートが同じというのは卓見だと思う。
そして東京大空襲の66年後に放射性物質が東京を襲った。

そういえばここ10年くらいゴジラ映画は作られていないという(2004年「ゴジラ FINAL WARS)。東映は、東京映画配給社と東横(東京横浜)映画社が合併したものだそうで、社名のとおり東京に根ざした映画社である。だから東映は最低5年に一度はゴジラ映画を作って、東京の厄払いを行うという社会的使命を果たしてほしいものだ。
そして、次のゴジラ映画では、ゴジラが福島県沖に出現し、福一原発に突入して、放射性物質を撒き散らすことなく、むしろ栄養分としてすべて吸収しつくしたうえで、満足したまま太平洋の深海へ帰っていくような話にしてもらいたい。その際、行きがけの駄賃で、新橋の東電本社、霞ヶ関の経産省、文科省あたりを踏み潰していってもらいたいものだ。個々の原発推進者は、ゴジラへの人身御供として差し出すのも面白い。ジジイばかりでゴジラは閉口するだろうが。
しかしゴジラの本質は現代版スサノオノミコトであり災厄神であるから、まあ浜通りはただではすまんだろうね。

この文末を(笑)で締めたいのだが、冗談とも言い切れない気持ちがあって、そうもできない。
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