eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-05

六田知弘写真展「3・11 時のイコン」-2

0.会期も残りわずかなので、いろいろ書いてみたい。行く気がありながらも未見の方が、へんな先入観を持ってはいけないと思い、これまで少し抑え気味に書いていたが、3月31日(日)までなので、もういいかとも思う。
http://www.muda-photo.com/publicity/index.html#T121228-2


1.さて、開催前に六田さんに震災被災地で撮影した「もの」たちの写真を見せてもらう機会があった。100枚以上はあったろうか。以下は、そのときに考えたこと。

まず「もの」とはなんだろうか。改めて考えると、なにも分かっていないようである。日常生活はものにあふれているのだから、不思議ともいえる。
折口信夫によれば(岡野弘彦の言葉から引用)、古代人は霊的な存在を「たま」または「もの」と呼び、「もの」のほうが少し霊格が低いらしい。海のかなたからやってくる巨大な力を持った霊的なものを「たま」といい、もう少し手近な、峠や洞穴、沼、木、石など人間の生活圏のなかの地形や地物に宿っていて、ときに人間以上の霊的な力を発揮して、幸福を与えたり、またときに災いを与えたりすることもあるものを「もの」といったらしい。この「たま」と「もの」をのちに「かみ」と呼ぶようになったという。
また一般的に考えても、「もののけ」について「物の怪」と書くが「物の気(気=息/生命)」とも書く。同様に、ものが百年経つと付喪神(つくもがみ)というものになるともいう。
どうも、ものには命があるらしい。

 これらの被災地のものの撮影手法としては、ものそのものを見るために、またもののすがたに表れた時間経過を見るために、それらが置かれていた背景からきりはなす必要があって、白バックにのせ、満遍なく光が回るようなライティングで撮影されていた。しかし、それでも背景から切り離しきれないものもある。例えば、濡れた女物の草履。持ち上げると、しずくがこぼれて背景の白バックに泥の流れた筋が残った。「もの」によっては背景から切り離されることを拒絶しているのだろうか。それが、そのものの持つ「気=意識=意志」であるのだろうか。

 ところで、これらの沢山の写真を、仮にグループ分けして考えてみたらどうだろうか。いろいろな分け方があり得るが、例えばこのように分けてみた。
・自然に同化しつつあるもの。そのなかには朽木がひこばえを揺籃するように、新たな自然を懐に抱いたようにみえるものもある。一方で、錆び、朽ち、風雨にさらされ、いずれは跡かたもなく、何も残さずに消えうせることを予感させるものもある。
・震災の破壊力をしめすようなもの。ゆがんだ鍋、壊れ切った機械類。
・持ち主を強く意識させるもの(どれも持ち主を意識させるのではあるが、その中でも強烈にそうさせるもの)。写真(軍隊、結婚記念等)、帳簿、書籍、衣類、ぬいぐるみ等。
・図らずも破壊と風化で美しい造形を得たもの。
・なんとも名づけられないもの。原発被災地のスリーブ入りカラーネガフィルム。ハンドバッグ(みょうに小ぎれい)等
 とりあえず思いつくのはこのようなところか。

このようにグループ分けしてみたが、さらに分析してそれぞれを座標軸上に位置付けることも出来ない。そもそも論理では整理不能で、心象によって振り分けただけでもある。
 とはいえ、それぞれに、良くも悪くも、ものとしての落ち着き先がありそうなものが多いように思える。あるものは時間の経過とともに風化、腐食してかたちをなくすか、単なる瓦礫の一部として破棄され、遠からず消滅していくだろう。またあるものは震災を思い出すよすがとして時間を越えて保存されるものあるだろう。いずれにせよ写真に撮られた段階も、ある変化の一過程に過ぎず、またかたちを変えていくことを予感させる。しかし、名付けられないもののグループは、どこにも行く先がないように見える。
行き先がないということは、まさに「魂魄此処に留まりて、成仏すること能わず」。しかしそれではこの「もの」たちは苦しかろう。そうであれば能のように、旅の僧侶に当たるものが成仏させてやらずばなるまい。それは誰の役目か。
 今回の写真は、悲惨ではあるが、どれもある種の美しさ(といっていのかどうか、まだ勇気がない)が感じられるところがある。どれも潮をかぶり、ぐずぐずになった、普通であればよく港に転がっているごみのように汚らしく見えるはずのものである。
 しかし、悲惨な背景を持つ「もの」どもを、あらためてそのものだけとして撮影し、結果として美しさというところからとらえ直すことが可能かもしれないこと。それが、見る側からすると、ある種の鎮魂のあり方なのかもしれないと思った。
「時のイコン」というタイトルを読み解けば、日常生活での時間、被災したときの時間、その後の時間という三つの時間の層を1枚の写真として図像(=イコン)化するという意味と、受難者としての聖像(icon=聖像)化の両面が併せられているように思う。そしてものの背後には、その持ち主であった人びとの気配がほの見える。人ではなくものの姿であらわした聖像図というとらえ方もあるかもしれない。

しかし、改めて考えてみる。
名付けられないもののグループ、とくに原発被災地である楢葉町で取られた写真は、ひょっとするとそのような人間(撮影者と写真を見る人)の思惑など届かないところにあるのかもしれない。鎮魂、忘却、懐かしさ、嫌悪(災厄を思い出したくない)のような人間の思いのどこにも回収されることのないものども、そのような人間の思惑自体から拒否というよりも、隔絶してしまったものども。
これらがいずれ人間の取り扱うことが出来るエリアに入ってくることがあるのか、それとも、結局は人間には分からないままで朽ち果て消滅していくのか、なんとも予測かつかず、だからグループ分けも出来ないし、見ていて落ち着かなくなり、不安になるのだろう。

イコン化を受容するものと、受容しないもの。その違いを見て感じるところから、改めてまたものと人間の関係から、人間という種の将来まで、つまりは人の営みについて考え直さなくてはならないような、そこまでの射程を持った写真群であると感じた。


2.さて、実際に開催された写真展を見に行ったときに、2つの松の写真に強い印象を受けた。
※詳細はこちらで書いた。http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-736.html

まず、エントランスには仙台荒浜で撮られたという松の写真。津波にあっても、青空を背景にすっくと立ち続ける雄々しさに勇気づけられた。
そして、別室の楢葉町、原発被災地のコーナー。ここにも松の写真があった。
夕焼けの白いフェンスを背景にした4枚の松の写真。ひょっとして六田さんの代表作のひとつになるのではないかと思うほどの感銘を受けたが、それがなにによるのか、まだ分からない。

最初の松には、やはり生命力を感じるが、後者の松は、現実世界とそうではない世界の境界を示しているように思えた。
あの松の向こうには、この世ならぬ世界が広がっている気配があり、実際に放射性廃棄物置き場でもあるという皮肉な現実。
以前、鎮魂の表現としての能を写真に重ねて考えたが、2つの松は、生と死を行き来する能の舞台を思わせるようでもあった。


3.ギャラリートークを見て
前回は、帰省直前だったため、じっくり見ることが出来なかったので、六田さんによるギャラリートークの日に合わせて再度会場に行った。そのときのお話を交えて。

・六田さんによれば、今回の写真展は、批判もあうだろうと考えていたが意外にも被災地の人には評判が良かったので、安心したという。
・震災後、写真家としてどうすべきか悩んだが、とにかくカメラを持って現場に行ってから考えることにした。4月に入ってから、最初はいわき市、次に仙台市の荒浜に向かった。途中までは普通の街並みであったが、突然津波に襲われたところに出くわした。そのときはあまりの惨状に呆然として撮影できず、車から外を眺めていた。しばらくしてから車を降りたが、風景しか撮れなかった(これはビデオにて会場で上映されている)。入り口正面の松の木はそのとき撮影したもの。
9ヵ月後に再び荒浜に向かって、同じ松のところに行ったところ、さまざまなものが散乱していることに気付き、スケッチブックを広げて影が出ないように撮影した。ものからは「撮ってくれ」という波動を感じ、それから数千枚の写真を撮影した(2011.12月~2012.11月の期間)。
・撮影したものたちは、あとで見ると美しすぎるのではないかとも考えたが、撮影中はそういうことは考えず、なんでもどんどん撮った。これらのものは、よく見るときれいであった。なぜだろうか。
・ものは三つの時間を経てきている。震災前の生活の時間。震災時の時間。震災後の時間
それらの時間の堆積を感じた。しかし、これらのものはすでに存在していないかもしれない。廃棄されたり自然に帰ったり。これらのものが撮ってくれといってきたので撮影した。
ものが発する声を聞いてほしい。
・楢葉町について
別室の写真は福島第一原発から20キロ圏内の楢葉町のもの。この町に行き、いつものようにものを撮ろうとしたが、いつもの撮影のようには行かない。撮ってくれという声がしない。ひどくつらく感じて7,8枚しか撮れなかった。楢葉町からいわき市に戻るとき、海沿いの道の両側に白いフェンスがあった。夕日が映えてきれいであり、撮影した。しかしフェンスの向こうは「汚染廃棄物仮置場」だった。異様な雰囲気なのでこの部屋に入りたくない人もいるかもしれない。
・タイトルについて、イコンとは正教会による聖像画である。館長の相田氏は、六田氏の古くからの友人なので、今回の写真を見てもらったが、そのときに「これはイコンですね」という言葉があり、それをタイトルにしたそうです。

・それぞれの写真について、思い出したところを。
入り口すぐのコンピュータの解説書の写真。やはり大きく伸ばしたものは、細部まで見えて、それがかつてなんだったか、ということがよく分かり、さらにさまざまな連想が広がる。
赤い造花の花束。あれは石巻だったと思うが、色と形からなぜかサンマを連想した。石巻港あたりはサンマの水揚げ港であったはず。あの形と色は偶然なんだろうが。
チラシに使った子供靴のなかから芽が出ている写真。ちょっと図式的な気もしていましたが、やはり良い写真。
陸前高田の壊れたカメラ(キャノネット)。陸前高田といえば、写真家の畠山直哉を思い出す。2011年の写真展(東京写真美術館Natural Stories)のなかで、堤防でおばあさんが海に向かってカメラを構えている写真があった記憶がある。そのカメラを思い出した。


一番最初に写真を見せてもらったときは、「美しい」というのがためらわれたが、今は言ってもかまわないような気がしている。





なんだか、思ったより話題になっていないようで残念なのだが、心ある人ならば見に行ってほしいと思う。
出来れば、被災地巡回展を開催し、いろいろな人に見てもらい、また語ってもらうことができたらいいと思う。
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