eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-05

園子温と若松丈太郎 数えること

9月30日NHK教育のETV特集「映画にできること 園子温と大震災」を見た。
この番組で取り上げた園監督の最新作「希望の国」はぜひ見たい。

ところで、この番組で園監督が自作の詩を朗読した。


「数」  園子温

  まずは何かを正確に数えなくてはならなかった。草が何本あったかでもいい。全部、数えろ。

  花が、例えば花が、桜の花びらが何枚あったか。 涙が何滴落ちたか、その数を調 べろ。今度またきっとここに来るよという小学校の張り紙の、その今度とは、今から何日目かを数えねばならない。その日はいつか、正確に数えろ。もしくは誰かが伝えていけ。

  「膨大な数」という大雑把な死とか涙、苦しみを数値に表せないとしたら、何のための「文学」だろう。季節の中に埋もれてゆくものは数えあげることが出来ないと、政治が泣き言を言うのなら、芸術がやれ。

引用:http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/700/133076.html


この詩では数えることに重要な意味がある。数えること=認識すること。認識したことを、あるかたちで表現し、かたちにして残すこと。この詩を見て、高校時代の恩師の若松丈太郎先生の「神隠しされた町」を思い出した。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/109863.html
http://www.youtube.com/watch?v=Zcr13_1Uk70
※詩のなかの「原町市」「小高町」というのは、現「南相馬市」のことです。

この詩も数にこだわる詩である。もっと園氏の詩はミクロ的であり、若松先生は人口、距離、年月(時間)を執拗に書き連ねるぶん、マクロ的であるかもしれない。
園氏と若松先生の対談があれば、ぜひ聞いてみたい。



「神隠しされた街」 若松丈太郎

 4万5千の人びとが2時間のあいだに消えた
 サッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない
 人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだ
 ラジオで避難警報があって
 「3日分の食料を準備してください」
 多くの人は3日たてば帰れると思って
 ちいさな手提げ袋をもって
 なかには仔猫だけをだいた老婆も
 入院加療中の病人も
 1100台のバスに乗って
 4万5千の人々が2時間のあいだに消えた

 鬼ごっこする子どもたちの歓声が
 隣人との垣根ごしのあいさつが
 郵便配達夫の自転車のベル音が
 ボルシチを煮るにおいが
 家々の窓の夜のあかりが
 人びとの暮らしが
 地図のうえからプリピャチ市が消えた
 チェルノブイリ事故発生40時間後のことである
 1100台のバスに乗って
 プリピャチ市民が2時間のあいだにちりぢりに
 近隣3村をあわせて4万9千人が消えた

 4万9千人といえば
 私の住む原町市の人口にひとしい
 さらに
 原子力発電所中心半径30㎞ゾーンは危険地帯とされ
 11姫の5月6日から3日の間に9万2千人が
 あわせて約15万人
 人びとは100キロメートルや150㎞先の農村にちりぢりに消えた
 半径30㎞ゾーンといえば
 東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
 双葉町 大熊町
 富岡町 楢葉町
 浪江町 広野町
 川内村 都路村 葛尾村
 小高町 いわき市北部
 そして私の住む原町市がふくまれる
 こちらもあわせて約15万人
 私たちが消えるべき先はどこか
 私たちはどこに姿を消せばいいのか
 事故6年のちに避難命令が出た村さえもある
 事故8年のちの旧プリピャチ市に
 私たちは入った

 亀裂がはいったペーヴメントの
 亀裂をひろげて雑草がたけだけしい
 ツバメが飛んでいる
 ハトが胸をふくらませている
 チョウが草花に羽をやすめている
 ハエがおちつきなく動いている
 蚊柱が回転している
 街路樹の葉が風に身をゆだねている

 それなのに
 人声のしない都市
 人の歩いていない都市
 4万5千の人びとがかくれんぼしている都市
 鬼の私は捜しまわる
 幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
 台所のこんろにかけられたシチュー鍋
 オフィスの机上のひろげたままの書類

 ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに
 日がもう暮れる
 鬼の私はとほうに暮れる
 友だちがみんな神隠しにあってしまって
 私は広場にひとり立ちつくす
 デパートもホテルも
 文化会館も学校も
 集合住宅も
 崩れはじめている
 すべてはほろびへと向かう
 人びとのいのちと
 人びとがつくった都市と
 ほろびをきそいあう


 ストロンチウム90 半減期 29年
 セシウム137  半減期 30年
 プルトニウム239 半減期 2万4000年
 セシウムの放射線量が8分の1に減るまでに90年
 致死量8倍のセシウムは90年後も生きものを殺しつづける

 人は100年後のことに自分の手を下せないということであれば
 人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか
 捨てられた幼稚園の広場を歩く
 雑草に踏み入れる
 雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない
 肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない
 神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない

 私たちの神隠しはきょうかもしれない
 うしろで子どもの声がした気がする
 ふりむいてもだれもいない
 なにかが背筋をぞくっと襲う
 広場にひとり立ちつくす


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