eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-09

わかるかなぁ〜 わかんねえだろうなぁ〜

だいぶ昔、松鶴家千とせという芸人が、ジャズ風のBGMに合わせて、こういうセリフを絡めた漫談をしていた。
♪オレが昔、夕焼けだった頃 弟は小焼けだった
母さんは霜焼けで 父さんは胸焼けだった
わかるかなぁ〜 わかんねえだろうなぁ〜
というやつです。

先日、実家の伯父と話していたら、「日本中の人が被災地のことを考えてくれているのに、云々」という言葉がでたので、ついこんなふうに言った。
すでに東京でさえ、震災や原発事故のことはだいぶ忘れている。本屋だって、しばらく前に震災関連の書籍が、店頭の目立つ場所から奥に移動していた。昨年は一番目立つところに平積みされていたのに。また会社にいる関西出身の人と話したが、そもそも原発事故なんてほとんど気にかけていなかった。
すると叔父は、こんなふうに応じてくれた。
そうかもしれない。聞いた話だが、桜島の噴火はたまにニュースになるけれど、本当はしょっちゅう噴火していて、現地の人はそれが当然だと思っているのでニュースにならないし、よその人はニュースにならないのでそんなに噴火しているとは思わない。こっちが当然だと思っていることも、ちょっと離れればそうは思わないのかもしれない。


また、311から数週間相馬市から脱出出来なかった姉と話したときに、つくづくと思った。やはり現地で被災した人の本当のところは、そのとき東京に居た俺にはやっぱりどうしても分からないところがある。むしろ、軽率に「分かる」と言ったりする方が不遜なのだろう。
自分では、被災地に自分の親族がいるので、東京に暮らす他の人よりは良く分かっていると思っていた。親族が福島第一原発からさほど遠くない相馬市にいるぶん、より切実に分かっているつもりではあったのだ。
しかし、その時の恐怖感、逃げたくても逃げられない(公共交通の崩壊、車で避難したいがガソリン不足)ことや近所の人がいつの間にか居なくなっていた(=人に言わずにそれぞれ静かに避難していた)時の焦り、収束しない原発事故がどのように進展するのかという恐れなどは、やはり想像でしか分からない。
さらにいえば、姉からすると、浜に住んでいて津波にあった人の気持ちは、やっぱり最後のところは分かりきれないという。
たぶんそういうものだろうと思う。

この話を聞いたとき、冒頭の「わかるかな~、わかんねーだろーな~」というフレーズを思い出した。けっこうこのフレーズは哀愁漂う歌い方で、そのニュアンスは、分かってほしいのは山々だが、しかしたぶんダメだろうな、という風に聞こえるのです。
俺の場合は、理解しようとしても出来ないないもどかしさと、理解されないだろうというあきらめがないまぜになっているのであるが。

ちなみに、松鶴家千とせは旧原町市、今の南相馬市の出身で、ここは福島第一原発の隣町です。
わかるかなぁ〜 わかんねえだろうなぁ〜

ところでこの動画、2011年3月12日にアップロードされている。さすがわかってらっしゃる(大橋巨泉)。

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