eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-10

ことさらに大声を出そうとするのものへの違和感(嫌悪感含有)

自分の滑舌が悪いせいか、それとも根っからの柔弱文系野郎のせいか、昔から大声を出す奴が嫌いである。これは老若男女貴賎都鄙を問わずそうである。子供は大目に見るべきだという人もいるでしょうが、もちろん普通の大声くらいはほほえましく見ているけれど、常軌を逸した大声(時々こういうことをやりたがる)のときには、一声かけたりした。

先週金曜日、仕事帰りにまた官邸前に行ってきてみた。文字どおり「行ってみた」というだけで、スローガンを叫んだりすることもなく、警察による姑息な道路封鎖や会場への遠回りにも文句も言わず、やはり国会記者クラブ前(ここが所謂「官邸前」だろう)にもたどり着けずに、「ファミリー・コーナー」と「スピーカーズ・コーナー」に行ってみた。
途中何箇所かで、ハンドマイクを設置して「再稼働反対」と叫ぶ(PA通しているから叫ぶ必要なし)人たちが何組かいた。あるグループは、いくつかのスローガンを若干、節をつけて繰り返していたのだが、なんだかマイクを通して語ることに酔っているようにも見えて、あまり良いものではなかった。そしてそれに賛同して声を出す人もほとんどいないようであった。
スピーカーズ・コーナーではドラム隊がリズムを合わせて叩いていたが、あれは悪いものではなかった。リズムがあっているということは統制がとれているということであり、ということは手前勝手に喚き散らすようなことはないということでもある。まあ十分にうるさいので、そうとも言えないか。

一人ひとりの、機械的に増幅されない、生の、普通の声が合わさって、結果として大きな声になるのはもちろん良い。というかそうあってほしい。
しかし、最初から大声を出そうというのは、なにやらある種の「権力」への志向、そして一人一人の意志や考えを一色に塗りつぶそうとしているようにも見えてくる。大声を出すというのは「俺の言うことを聞け」ということであり、そこから「俺の言うとおりにしろ」までは、あまり距離がない。
それに、ハンドマイクでスローガンなんて、ありきたりの組合運動みたいで嫌やではないですか。組合自体を否定するものではないけれど、別に動員かけられてここに来ているわけではない。既成の運動へいつの間にか呑みこまれてしまうようなことはあってほしくない。

やはり大声出す人ばかりが目立つのであるが、じつはごく一部である。大半を占める、ことさらに大声を出さぬ、しかしやはり何らかの意思表示をしたいと思って官邸前に来た人のほうに自分は立っていたいと思う。というか、文字どおり立っているだけだけど。

城山三郎の座右の銘(他の作家の言葉らしい)に「静かに行くものは健やかに行く。健やかに行くものは遠くまで行く」というのがあって、ときどき胸の中で繰り返している。
原発の問題は時間がかかるものだ。大声出して消耗するよりも、遠くの目標までたどり着くことが大事である。そのために健やかでなくてはならず、やはり静かに行くべきである。

それにしても、警備をする若い警察官にも一言。といって別に苦言めいたことではない(言いたいけど)。
今、再稼働反対の声がでているが、それが通らずにこのまま他の原発も再稼働したとする。しかし昨年以来、日本列島は地震が頻発する状態になってしまったようだ。再び大地震が来て稼働中の原発に何らかの問題が生じないとも限らない。原発事故が起こる確率は低いとして、しかし大事故が起きれば、いくら確率が低くても被害が極端に大きいので、確率の話は無意味である。
そのとき、福島第一原発事故のように全国から消防隊、自衛隊、警察、機動隊が招集され、原発付近に派遣されるだろう。一地方自治体の扱える問題ではない。
実際に前線に行かされるのは、ひょっとして総理官邸付近を警備している警察官たちかもしれない。仕事とはいえ、自らを害そうとするかもしれないものを警備しているように見えて、なんだか少し気の毒にも感じている。
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