eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-07

アンゲロプロス監督「アレクサンダー大王」と「クリトン」

先日、早稲田松竹にてアンゲロプロス監督追悼特集ということで「旅芸人の記録」を見てきた。神話と現代、ギリシャの近現代史、政治抗争史等が重層的にストーリーを構成していて、感想めいたことをいうのさえなかなか難しい。一度ではあらすじを追いかける程度のことしかできなかったので、何度か見ないといけないとは思うのだが、上映時間が休憩なしで4時間(実はあっという間だった)なので、なかなか思い切りがつかない。

さて、「旅芸人」を見たからには、他の作品も見たい。早稲田松竹では今週「永遠と一日」「霧のなかの風景」の二本立てだが、時間が作れないので、これは無理。
調べると北千住の東京芸術センターhttp://www.art-center.jp/tokyo/ でアンゲロプロス追悼特集をしているhttp://www.art-center.jp/tokyo/bluestudio/schedule.html
さっそく、「アレクサンダー大王」を見に行った。びっくりするほど人が入っていないので悲しくなった。この作品も一言では何も言えないのだが、ちょっと気付いたことを。

冒頭、20世紀を迎えるためのパーティ会場で、ギリシャに来たイギリス公使が、ギリシャの政治家にプラトン「クリトン」の一節を口にする。「おそかったな、クリトン」とかなんとか。でもギリシャ人はその出典を知らないという皮肉めいたシーンがある。
※こちらhttp://www.e-freetext.net/critoj.htmlでは冒頭の「なんで今ごろ来たんだい、クリトン」 にあたるか。
ストーリーとしては、政治犯のような山賊の親玉でもあるような「アレクサンダー大王」と呼ばれる男が、イギリス公使たちを誘拐し山に幽閉するというものだが、そのあいだにもイギリス貴族である公使が「クリトン」の一節を口にしている場面がある。
そのときは漠然と見ていたのであまり考えなかったのだが、なぜ「クリトン」を引用するのか改めて考えると、なるほどと思うところがあった。
「クリトン」はプラトン初期の作品で、「ソクラテスの弁明」(=ソクラテス裁判)のあとで、古い友人であるクリトンが、ソクラテスを脱獄させようと説得するがソクラテスが断るという話。ちょっと人情話的でもある。クリトンが骨を折って牢番も買収済みだったのに、ソクラテスは獄を出ず、結局毒杯を仰いで死ぬ。なぜ脱獄できるのに、そうしないのかという問答がこの著作の目玉であるが、詳細は実際に読んでみてもらいたい。短いですが面白いです。

※なお、このあと映画のストーリーを書くので、映画を見るつもりの人は以降を読まないほうがいいでしょう。
誘拐されたイギリス貴族は、イギリス政府の圧力とギリシャ政府の努力にもかかわらず結局助からない。つまり、「クリトン」のように牢から出ることなくそのまま死んでしまう。

アンゲルプロス監督はクリトンを引用することによって、この囚われ人は結局は脱出できないことを冒頭から暗示していたのだろう。といって、アンゲロプロス監督としては、ギリシャをひっかきまわしたイギリスが憎くてしょうがないはずなので、ソクラテスやクリトン的人物としてまでは描かれていない。

このように、アンゲルプロス監督の映画は、それぞれの画面にいろいろな意味が込められている気配があって、それが濃密な映像になっていると同時に、普通に見ただけでは明かしきれない謎があるようで、それが強烈な魅力になっているように今は思っている。

とりあえず、「ユリシーズの瞳」は写真家のクーデルカがスチルを担当していることもあって、これだけは見逃せない。
お時間がある方は、ぜひ一度見たらいかがだろうか。
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