eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

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2017-07

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官僚と政治家に、切腹と取りつぶし制の導入を

江戸時代の侍は、初期を除いて、ほとんどの時代、戦さなぞせず専ら行政をしていた。つまり現在の役人・官僚と同じである。それでも世の中は十分成り立っていた。侍はお役大事と思い、しくじれば腹を切る覚悟があったからだろう。

今回の震災の対応と、原発事故の不手際を見ると、とてもじゃないが、昔の人のほうがよほど立派だったと思える。
昔なら、班目春樹原子力安全委員会委員長などは、ぐずって自ら腹を切らなくても、周りが腹を切らせたはずである(酩酊状態にして、白装束を着せるらしい)。
明治の政治家と官僚は、江戸時代の気風が残っていたからだろうか、いざとなれば腹切る覚悟であったから、日清戦争、日露戦争のような無茶を何とか乗り切った(実際は乗り切れていなかったようだが)。
先の大戦では、阿南惟幾陸軍大臣らのように自分なりに責任を取った人々もいるのだが、辻政信など、しまいには選挙に出たりしている。何という恥さらしだろうか。

戦後、軍は解体されたが、官僚制は解体されず、戦前の体制を引き継いでいるともいわれている。つまり戦争責任を引き受けなかった。
それ以来、国政に携わるにもかかわらず、無責任なままで許される体制が続いている。
江戸時代の士農工商という身分制度においては、士が十分に責任を果たそうとしたから、農工商はそれを支えることを続けた(支えるべきでないと判断した場合は、一揆や打ちこわしが起きた)。
統治者(ヘーゲルのいう普遍的身分のようなものか)が無責任であれば、責任感を持たせればよい。その覚悟がない方には退場してもらえばよい。
とくに原発事故に関していえば、良民が文字通り身を危険にさらして除染や収束作業に従事しているのだから、為政者も身を賭して仕事をするのが当然だろう。
東大法学部や松下政経塾ではそのへんのお勉強はしないのだろうか。しないのだろうな。

ちなみに文武両道という言葉がありまして、これはスポーツと勉強ができますというような意味ではなく、平時においては筆を執り文官として働き、非常時においては武器を手にして武官として働くという意味だそうです。今の政治家・官僚はほとんど文官だろうが、非常時であるゆえ、武官的な仕事もしなくてはなるまい。日本で武官といえば侍だし、侍であれば腹ぐらい切れなくては仕方がない。
やっぱり切腹制の導入が当然なんだろう。

ちなみに「取りつぶし」は、政治家の子息が政治家になるという世襲化が進んでいること、官僚もまた同様であり、実質的に世襲職のようになっているのであれば、その世襲を廃絶すべきときがあるだろうという意味です。

以上、冗談のように書いているけど、実際はそうではない。
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