eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

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2017-07

週刊新潮2011年10月13日号「御用学者と呼ばれて 第2弾」について

週刊新潮は、自ら「第2弾」と銘打つくらいで、力を入れた記事なのだろう。
週刊新潮8月11日号では養老孟司×中川恵一対談をやっていて、似たような内容であったから実際には第3弾だろうが、養老氏は自ら東大飛びだしたような人でもあり、御用学者とはいいにくかったので、カウントしていないのだろうか、どうでもいいことだけど。

さて、今回は、被曝医療関係の重鎮といわれる長瀧重信・長崎大学名誉教授が目玉で、他に前回も出ていた松本義久・東工大準教授、澤田哲生・東工大助教ら3人での鼎談である。

最初に私のこの記事に対するスタンスを書いておくと、どちらかといえば、このお三方が言うように「健康上、原発事故の実際の影響はほとんどない」というのを信じたい気持である。そうであればどんなにいいだろうか。5年後、悲観派はみな安全派に対して「攻撃してすまなかった」ということになれば、大団円であろう。でも、なんだかそうならない予感もして、考えるのがつらい。この予感が外れればいいと願っている。

また、医学的な話題は扱いが難しい。例えば、同じストレスを与えたからといっても、具合が悪くなる人と悪くならない人がいたりする。また確率で語らなければならない部分もあったりで、正直言って手に負えない。工学系のように、爆発しないと言ったのが、現実には爆発しているというような分りやすい話ではないので、いろいろな人がそれぞれの論拠で語っているのに対して、時間がたってから被曝した人たちがどうなっているかということでしか語れないようにも思う。とはいえ5年後には発症していた、というような話では手遅れでもあって、悩ましいところである。

このあたりについて、自分の考え方を書いておきたい。
学生時代に西江雅之先生から聞いた以下のような話を聞いた。「戦争をやっていたとして、500人の部隊が出動し、1人が戦死しただけで戦闘に勝って帰ってきたとする。これは一般的にいって大勝利といっていいが、もし戦死した1人が自分であったとすれば、勝利ではなく敗北でしかない」(大意)。
放射性物質による健康被害が、この座談会にあるように「100ミリシーベルトの被曝でも上限で0.5%のがん発生率のアップでとどまる」ということであったとして、たまたまその0.05%増加分のほうに入ってしまった人にとって、重大な問題であろう。医師にとっては単なる症例としての数なのかもしれないが、現実の人間にとっては0.05%upではなくて100%の話になる。これはむしろ宗教が扱うべき話題とも思うが、人間を数字に換算して「だからほとんどの人は大丈夫」というのは、あまりいい言い方ではない。もちろん「ほとんどの人は大丈夫」という部分は重要で、ヒステリックに騒ぎ立てる人々にもある種の違和感は感じている。もっともこのへんは宗教に関係する部分でもあるとは思っている。
もうひとつは素朴な話で、たしか作家の渡辺淳一氏だったと思うが「寿命は遺伝子と環境によって決まる」そうで、妙に納得させられる。たしかに過酷な環境でも生き残る人もいるし、安楽な環境でも早死にする人もいる。

さて、記事を読んでいくと、リード文に「信じているところを語りつくした」とある。「信じているところ」ではなく、「科学的事実」を語ってもらいたいわけで、編集者の付けた見出しだろうが、ちょっと不安になる。

さて本文では概ね以下のようなかんじで書いてある。
1.セシウム137を青酸カリの毒性に換算する人がいるが、基本的に比較できないもの。
2.科学者はサイエンス(科学)とポリシー(方針)を分けないといけないが、ポリシーをサイエンスのように語る人がいる。
3.暫定基準以下のセシウムを摂取しても大丈夫なのに、1のような学者によって風評被害が生じている。
4.100ミリシーベルト以下の被曝では、人体に影響は認められない。具体的には100ミリシーベルトの被曝でも上限で0.5%のがん発生率のアップでとどまる。年間1ミリシーベルトは防護目標で、これを越えたら死ぬわけではない。
5.セシウムとカリウムについて
6.政治不信が根底にあるので、専門家の意見も信用されない。
7.日本の原発事故の対応は素晴らしいと海外は評価している。
8.チェルノブイリのように被曝を恐れるあまり自立できなくなるのが心配。

では最初から読んでみる。
・ある大学教授が「セシウム137の50%致死量は0.1ミリグラムで、青酸カリの2000倍危険」といっている。
→これはTVによく出ているらしい武田邦彦氏が言ったことらしい。武田教授のことは話題になっているがじつはよく知らない(というか発言に関心がない、信用できる他の人もいるし、この人でなければできない発言もあまりないように考えている)。もっとも武田氏のこの発言は、さすがに言い過ぎだという受け止め方のようである。ちなみにここで例とし出されている「ブラジルのゴイアニア」とは「ゴイアニア被曝事故」
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-03-02-04である。このへん説明あってもいいと思うが。
ということで、今回の座談会の仮想敵は武田氏のようにも思える。
・「科学者はサイエンス(科学)とポリシー(方針)を分けないといけないが、ポリシーをサイエンスのように語る人がいる」という重要な発言が長瀧氏から出されている。
長瀧氏については、毀誉褒貶あるようです。
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&source=hp&q=%E9%95%B7%E7%80%A7%E9%87%8D%E4%BF%A1&lr=&aq=f&aqi=g10&aql=&oq=&gs_rfai=非常に困るのは、例えばこの議論の前提となっているチェルノブイリでは、一方では被害者100万人という説と、長瀧氏のいうような「チェルノブイリでは、27万人は50ミリシーベルト以上、500万人は10~20ミリシーベルトの被ばく線量と計算されているが、健康には影響は認められない。例外は小児の甲状腺がんで、汚染された牛乳を無制限に飲用した子供の中で6000人が手術を受け、現在までに15名が亡くなっている」の差があまりに大きすぎて、何を信用していいか分らなくなることだ。
http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85#.E6.AD.BB.E8.80.85.E6.95.B0

私としては、写真家・本橋成一氏のチェルノブイリでの仕事を見る限り、長瀧氏の言うほど被害は軽くないように感じた。
この件の事実認定については自分の手に負えないのであるが、それよりも気になるのが、長崎大学の被曝研究者の系譜である。重松逸造氏→長瀧重信氏→山下俊一氏と続くのであるが、重松氏のチェルノブイリの仕事については、こういう意見がある。http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65718884.html
ちなみにこの番組で原発推進派の桜井アナウンサーが批判的なことを言っているのが今となっては笑わせる。
また、山下氏については、いろいろ言われている方なのでこのへんを見てください。http://kingo999.web.fc2.com/instant/yamashita.html

さて、話を戻して長瀧氏の「科学者はサイエンス(科学)とポリシー(方針)を分けないといけないが、ポリシーをサイエンスのように語る人がいる」という発言について考えてみる。行政側に立つ医学関係者についてこれまでの実績を考えると、水俣病、薬害エイズ、C型肝炎問題など、これまでなかった重大な問題が発生した場合、科学よりもポリシー(というかこの場合は政策)を優先している事例が少なくない。さて、国策によって進められた原発について、行政側の医学関係者が純粋に科学的見地から考えてくれているか、過去の事例を見ると必ずしもそうではなかった。むしろ事実の隠ぺいに動いた傾向のほうが強いように思う。今回は大丈夫か、それが心配だ。
それともうひとつ。このお三方が悲観派を責めるのはいいが、そもそもその原因となった東電と政府についてはほとんど言葉がない。やっぱりお金もらってるのかなと思いたくなるw。そもそも、原発事故が起こらなければ、こんな話は必要なかった。
つまり彼らは対処療法を語るに過ぎなくて、例えば、栄養失調で風邪をひいている人に、風邪薬だけ与えるようなもの。こういうところが(意図的に、それとも本質的に?)視野が狭くて、いわゆる専門バカ的で、やっぱり信用しきれない。
この記事に関して言いたいのは、このあたりが中心なので、あとはさらっとふれることにします。

・ガン患者を放射線治療する場合、1回で照射したら死んでしまう量を、10回に分ければ患者さんはもつ。生物には治癒能力がある。
→放射線治療の場合、治癒期間には放射線を浴びることがないので、治癒が可能であろうが、常時放射線を浴びて生活する環境の場合、治癒のために放射線から離れることのできる時間はとれないだろう。そうなると充分な治癒が可能なのか、疑問である。屋内であれば線量は低いから大丈夫ということだろうか。山間部の木造住宅だったりすると屋外と線量はあまり変わらないようであるが、この場合はどうなるのか。そういう家は少なからずあるだろう。

・海外で福島原発事故の経過について話をすると「日本の対応は素晴らしい、あんな事故を起こして死者が一人も出ないなんて奇跡だ」。これはたぶん社交辞令か実態が良く分らないだけで、その言葉が本当かどうかは、そういってくれた人の国に行って同じように原発事故を起こしたらよく分るだろう。それと事故直前もしくは直後に子供たちにヨウ素剤を飲ませなかったことは、どうしてもまずいはずだが、それも説明したのだろうか。

「正常性バイアス」という言葉があって、非常時であっても現実を受け入れられずに大丈夫と思い込みたいという心的傾向のことを言う。じつは、自分にもその傾向があるのは分っていて、最初に書いたように、このお三方の(実績は別にして)言うとおり、何事も起きなければいいと願っている。しかし信じたいが信じきれない、そして数年後にもし問題が来た時には、その時点で手遅れである。
どう考えるべきか、いまだに答えは出ないが、信用しきれないもの、理性的に納得しにくいものについては早計に判断せずに、判断保留・宙ぶらりんのまま考え続け、局面ごとにその時点で最良と思われる自分なりの判断をしていくしかないだろうと思っている。
そうは言っても、線量の高い地域の妊婦、乳幼児、青少年層は、可能な限りその土地を離れたほうがいいように思う。
ふるさとは中高年が守れば良いのです。私も子育てが終わったら、福島県浜通りに戻ろうかと時折考えたりするようになった。
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