eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-05

相馬市に帰郷

20110419
明日から一泊の予定で相馬市の実家に行くことになった。どうなっているのだろうか。相馬にいる親戚と話したら、市民生活は戻りつつあるが、やはり原発のことが心配、相馬も警戒区域になるのではないかと思うと、復興の作業も気持ちが鈍るとのこと。

さて、相馬行きについて道中を占ったら、大吉が出た。モナー神社
【大吉】。願事 : 思いがけぬ人の助けありて叶う。旅立 : 利益あり 行きて吉。ありがたや。

20110420
9時すぎ、家を出発。カメラは(笑)、CANON T70+NFD50/1.4+TAMRON90/2.5。広角用にNIKON mini600、予備にROLLIE35。フィルムはフジのカラーネガ400。その他、着替えを少々。念のためカロリーメイトも。これは余震用。
1040、東京発東北新幹線やまびこ自由席にて乗車。

1230ごろ、JR福島駅着。福島市も線量が高いはずであるが、町の人たちはごく普通の様子。妊娠前の妙齢の婦女子も無防備に闊歩するように見えるが、心なしかマスクをする人が多いように見える。相馬行きバスまで3時間も待つため、タクシーで行くこととした。too expensive.

昼食後、駅前のタクシー乗り場で相馬まで行ってくれるか聞いたところ、1台めで快諾。運転手さんは、相馬に友人がいるそう。まずは出発。窓外を見れば、屋根の傷んだ家が多い。屋根職人が足りなくて、半年待ちの人もいるという。今年は花見山も寂しくて、満開でも地元の人しかこないらしい。

運転手さんによると、しばらくのあいだ、相馬、福島間は公共交通期間がなかったため、タクシーを使う人が多かったそう。なかには福島‐相馬往復という人もいたそうだ。最近は、NTTが工事のためによく使うとのこと、宿舎は福島市内らしい。ということは余震が怖いからなのか、原発が怖いからなのか。
相馬に向かう車は一般車両の他に、自衛隊やトラック等。また、海沿いは渋滞する時がある。中途半端な写真家が撮影に来るらしい。野次馬が多いということか。自分がそうならぬよう気を付けねば。玉野近辺、積雪のあとあり。この辺線量高いらし。20110420tamano.jpg


15時すぎ相馬着。16,000円くらいだったか。
ちょうど向かいのおばさんにあったのでご挨拶。「見たところ、普通に戻っているようですが」と言うと、「目に見えないものが怖いからね」と険しい顔。

我が家のうちそとの掃除開始。
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ブレーカーを切っていったので冷蔵庫内が悲惨だった。
まずは、落ちた瓦の片付けから。屋根屋さんが、既に瓦をふいてくれた。非常にラッキー。赤土の掃除に手間取る。その後、近所のスーパー・ヨークベニマルへ。一見豊富な品物。ただし鮮魚コーナーは哀れ。近海もの一切なし。北海道シシャモ、アラスカ鮭、解凍さんま程度、相馬は魚好きの人が多いのでつらかろう。

1700頃、旧友来宅。彼の奥様から頼まれていたマンガを渡す。奥様は公立病院看護婦として奮闘中なれど、このくらいのサポートしか出来ず。我が身恥ずかし。友の会社は南相馬市であるが、指定地域外で昨日より再開。地域指定について半径で線引きする無意味さを語る。
友の話によると、飯館村には屋内退避地区だが線量が低いところと、退避地区外だが線量が高いところがある。前者の飯館牛は販売できず、後者の牛肉はブランド牛として売れている。これは線量ではなく一律に距離で指定するから起こる。他も推して知るべし。福島県産の産物については風評被害とばかりは言い切れぬ。
もう少し話がしたいので、時間があるか聞いたところ、これからお子さんの迎えに行くとのこと。原発事故以来、学校への送り迎えをしているという。この手のことは、気にしない人はまったく無関心だが、ある程度考える人は自衛をする。
じわりと日常生活が変わってきた。

ガスを止めているので、夕食は外に出た。寿司きぶんは休み。近海ものがないのは津波で浜が壊滅したからだろう。和食まるきゅうに向かう。途中、カネボウ工場跡地に自衛隊仮設基地あり。おびただしきテント。頭が下がる。
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さて、まるきゅうは臨時メニューであった。うなぎとそばのセットをいただく。満腹なり、美味。
帰り道に、広島県警のパトカーを見る。また横須賀?の消防車もあり。全国からの支援頼もしい。実は、相馬に来てから口中に違和感あり。放射性物質は重金属の味がするというが、それとも違うようである。思うに屋根補修の土ぼこりの味か、そう思いたい。夜も掃除。冷蔵庫掃除辛い。

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早朝より屋根屋さん来る。有難し。父方の墓参へ向かう。小泉川べりの桜は満開。
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慶徳寺の山門壊れ、墓石も数多倒れ、見たことのない光景。幸いうちのお墓は、少しずれたが無事だった。気を取り直し、墓を清め、花を供え、線香を挙げる。
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地震(ない)のあと 墓石倒るる寺に立ち 去年(こぞ)とかわらぬ うぐいすを聞く

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墓参帰りに、喫茶サントップへ。いつもと同じメニュー、マスターもおばさんも、お変わりないようで嬉しい。常盤木の松の緑のめでたさよ、などと言ってみる。

税理士さんに電話し、今後の件を相談。確定申告の期限延長、原発収束後2ヵ月くらいまでか。
以下、取引のある原発下請け会社社長からの噂話とのこと。日当40万?でも人集まらず、外国人労働者を探しているらしい。また第二原発も楽観できない状況。信用すべき報道がないので困るそうだ。原発関係者から直接聞く情報と、報道が違いすぎる、収束への日程が信頼できない、放射性物質の流失が止まらず、相馬も避難地域になる可能性もあり、先が読めないので、イライラが募るばかりという。

昼食はヨークベニマルで弁当を。その後で相馬神社と中村神社へ向かう。父没後1年ぶり。満開の桜に涙がこぼれる思い。今、東京に避難中の母に見せたい。本殿はとくに被害もないようであったが、石灯籠が倒れていた。原発の収束と故郷の安泰を祈って帰宅。長友グランドにボランティアのパン屋さんが来ていた。
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海側の母方の墓参に向かう。タクシーで10分ほどのところ。墓地では隣の墓石が倒れていた。祖父祖母らの墓は少しずれていたか。降り積もった杉の葉を掃除し、強風のため線香に火は点さず墓参(一瞬だけ煙を出してすぐにバケツで消した)。帰りにおじ夫妻の家に寄る。先日まで娘夫婦宅に避難していたが、ちょっと前に戻ったそう。二人とも顔がやつれていた。時間もないので挨拶のみで早々に帰る。

中村までの帰りのタクシー運転手さんの話。いま忙しいのは不動産業、屋根屋、左官屋。運転手さんの自宅は磯部近くで床上浸水し、泥が30センチ堆積したという。臭いがきついとの事。また50センチ地盤沈下して家が傾いた。磯部でもだいぶ海から離れていたのだが、目の前の家まで津波で流されてしまい、遠くの海まで遮るものがなく、一番海際の家になった。波しぶきが飛んできそうで怖いとの事。
「浜の様子を見たか」と問われたので、「見るのが怖いからやめた」と答えた。「それで正解」とのこと。ある一線から先は地獄になっている。わざわざ見るもんじゃないという。浜の窃盗団被害はなはだしく、津波で残された箪笥で引き出しが開かれていないものはなかった。金庫も同様とのこと。警察も地元の人ではないので、金庫をいじっていても誰が持ち主か泥棒かわからぬという。

夕食は鳥久精肉店にてモツ煮込み定食。帰りにコロッケを買う。揚がるのを待っていると、隣のお客さんの話が聞こえた。声が大きい人なので、聞くともなく聞いていると不動産の話らしい。市営住宅は老人などを優先入居、ホテルは復興作業の人でいっぱいで大広間で雑魚寝している状態、とても泊まれるところはないという、しかし、電話の相手が飯館村の人と分り、結局市役所に問い合わせるという話となったようだった。

1830、福島交通のバスに乗り、相馬を離れる。バスは空いていた。福島まで1000円。福島駅からは新幹線、やまびこはほぼ満席だった。ビジネスマン風の客多し。
2230ごろ、東京駅着。やはり東京は暖かかった。
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