eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-07

F&F掲示板 4月17日記事

No.23582 RE:東電劇場2 eeldog 04/17(日) 01:51

先日、新橋の東電本社を見にいきましたが、平日のせいかいたって静かなもので、警察の車両とTV局の中継車だけが目立ちました。初老のおじさんが一人だけ、胸に原発廃絶と書いて、反対側の歩道に座っていたくらいです。
東京の人の多くは、福島第一原発の事故についてけっこう騒いでいるようですが、結局は他人事だと思っているのではないでしょうか。

正しく怒るためには、(寺田寅彦ではありませんが)正しく恐れないといけないのですが、正しく恐れるためには、正しく知らなければならない。しかし、政府とマスコミからの情報は信用できないが、かといってインターネット情報の正否を判断するのは「自己責任」ですから荷が重い。だから、深く考えないので、深い怒りもわかないように思えます。
また何度も情報の訂正が度重なると、トレースするだけで疲れると同時に、最新の情報自体に信ぴょう性が薄くなり、やがて無関心になるとこともあるでしょう。まさかそれを狙ってやっているわけではないでしょうが。

以前、ヨード剤の配布およびそれがなされない場合のイソジンガーグル服用について、ある人が「もし間違っていたら、誰が責任取るの?」と言った件について再度考えると、「誰が責任とるの」の真意は、自分は責任を取る気はないということなのでしょう。地震から24時間もあったのに、なにも手を打てなかったということの根底には、地位ある人が自らの責任を放棄しがちである、という現在(だけか?)の社会の特質が表面化しているのだと思います。現場を持つ人は、必死に自らの持ち場を守っているというのに、政治家を含めて、指導する立場にある者が逃げ出したら、収まるものも上手くいかなくなる。

私の予想ですが、原発事故の件は、一進一退を繰り返すうちに(それでもまだましなのでしょうが)、日常の一部となって、意識されなくなるような気がします(現に放水の映像がマスコミで少なくなったので、もうやってないと思う人もいるようです)。しかし、5年後あたりから、福島県周辺で、「なんとなく」癌や、甲状腺異常や白血病が多いという話が出てきて、はじめてことの重大さに気付くのではないかと思います。そのときに例えば法医研の人たちは、どのような態度をとるのか。
この国のエリート層と呼ばれる人たちの劣化ぶりを見ると暗澹たる気持ちになり、もともと好きな文芸書の世界に引きこもりたくなります。それではいけないと思うのですが、気持ちが疲れてしまって、無感動無関心の状態になりそうでもあります。アノミー(anomie)結果、アパシー(apathy)になると言えばいいのか。




No.23588 RE:東電劇場2 eeldog 04/17(日) 14:04

> 平日の東電本店を外から眺めて、”東京の人の多くは結局は他人事だと思っている”というのは物凄い短絡思考ですね。

そうでしょうかね。

私は現在都内在住ですので、
> わざわざ東京まで見に来ようという発想や無意味な行動力
というようなことはしておりませんが、何を根拠にそう思われたのか、ちょっとわかりません。
もしかして「中」から眺めると違うのでしょうか。

今回の事故は私の地元近くで起こっているので、やはり身を切られるような思いがします。
断腸の思いという言葉がありますが、あまりに緊張状態が続くと確かにおなかのあたりがぎりぎりしますね。おかげで少し痩せました(笑。
ところで、東電本社を見に行った理由ですが、どんなかんじの人が勤めているのか見てみたくなっただけで、別に意味はない行動です。
デモなど期待はしておりませんし、あっても個人的なポリシーとして参加する気はないのですが、speakers cornerのようになにか言ってる人もいるのではないかと思ったりもしていました。
まあ、出入りしている人は、普通の社員の方でしょうから、やっぱりごく普通の人でした。当たり前ですな。
でもそうであれば、なぜああいうことになったのか。
一般社員と上層部に大きな断絶でもあるのでしょうか、それとも出世するうちにそうなったのか、やはり分からないところがあります。

というわけで、
> 東電本店前で原発反対の大規模デモとか繰り広げられていれば大いに満足されたのだと
> お察ししますが、
べつにデモがあったからといって満足することもないでしょう。デモで原発が鎮静化するわけではないので。また、デモで土地の浄化が出来るわけでもないし、コミュニティが復活するわけでもないし、後発性の罹患が減るわけでもない。でも、休日の東電前にデモが行っても、やってる方の自己満足だとも思いますね。

ところで阪神大震災の際、ニュース的には悲惨さを知ったつもりでしたが、やはり今回のように身に迫るものではありませんでした。
だから、今回の件でも土地の人以外には分からないものがあるでしょうし、それが当然なので責める気もありません。ただし、方丈記に次の一節があります。
「京のならひなに事につけても、みなもとは田舍をこそたのめるに、絶えてのぼるものなければ、さのみやはみさをも作りあへむ。
念じわびつゝ、さまざまの寳もの、かたはしより捨つるがごとくすれども、
さらに目みたつる人もなし。たまたま易ふるものは、金をかろくし、粟を重くす。」
こちら
こちら
結局、東京の電力を支えていたのは、僻地である福島県双葉郡であったわけで、
「みなもとは田舍をこそたのめる」状況は、昔も今も同じということです。
これを忘れてほしくない。だから「他人事だったんだな」という言葉も出るわけです。

> ボランティアって、足りてないはずですよ。
まったくそのとおりですね。浜通りから母と姉を引き取った我が家にボランティアを派遣してほしいです。
先日まで共倒れ寸前でした。いまは何とかなりましたが。
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