eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-09

経済学ではなく、経世済民学を。哲学ではなく希哲学を。

Economyの翻訳語としての「経済学」という言葉は、どうやら明治時代に定着したらしい。また、philosophyの訳語の「哲学」は西周が「希哲学」、つまり「哲」を「希求」学と翻訳したところを、長すぎるので「哲学」となったようだ。
既に定着した言葉であるし、それはそれでいいようなものの、なんだか大事なところをとり落としているようにも思える。

希哲学から、「希」がとれて「哲学」になると「哲人」に関する学問というようにも見えてくる。それで、むしろ「哲」を「希求」しない=sophy(知・智・哲)をphilo(愛)しないで、古今の哲学者についての学問=哲学史を学ぶような意味合いが強いようにも思える。でも、哲学史は大事だが、やはり知識でしかなくて、ソクラテスが対話していたときのような「知」への憧れとは、似て非なるものではないかと思う。

同様に(と、つないでいいのかわからんが)、経済学といってしまうと、世を治めるという「経世」と、民を済(救)う「済民」の意味がどこかに行ってしまうように思える。だから、バブルとかマネーとか(いずれも横文字)で、一般人が迷惑するんだな。

言葉は一人歩きするものらしいので、常に原義に戻る必要があるだろう。なんでかというと、深く考える時には言葉で考えるわけだが、その言葉の表わすところが正確ではないと、考えもきちんとしたものにはならんだろう、と少々自戒もしながら考えてみた。
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