eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-07

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神保町 古本祭

に初日からいったところ、前方から人だかりが移動してきた。
見ると、タモリが背の高い白人と話しながら歩いてきているのを撮影していた。
どうやらNHK「ブラタモリ」の撮影らしい。そういえば、アシスタントらしい女性もいたが、彼女の印象は薄かった、というか、この番組自体に興味がなさそうなアシスタントではある。

道端に露店を出している古書店の人たちは、さすがに専門家らしく、「ロバート・キャンベルが、タモリと歩いている」と携帯で仲間に伝えていた。
俺は、ロバート・キャンベルの名前は、すぐには出てこなかったな。尤も「J文学」なるものに興味がないからでもある。

この日は休日ではないため、すずらん通りに露店は出ていなかった。実はここの露店で飲み食いするのが楽しみ。ミルクティー、ホットワイン、ローストビーフサンド、グリーンカレー、餃子、焼きそば、書いているときりがない。

靖国通り沿いの露店をひやかしながら歩き、小宮山書店に至る。これまで店に入った記憶がないのは何故だろうか。いつもスルーしていたようである。写真関係の書籍が多いので、すなわち入店す。4階に行くと高価な写真集がおいてあった(俺の持っているようなものもいくつかあったな)。そこで悪いことに鬼海弘雄氏の写真をあしらったTシャツが置いてあった。柄は3種類。「東京迷路」の表紙の眼鏡屋の写真のTシャツがあったので購入した。5000円だったか。この時点で貧書生である俺の本日の予算は尽きかけている。さらに小宮山の露店で荒木「冬物語」が1000円だったので購入。しかし家に帰るともう1冊あった(w。刊行当時、金がなくて買えなかったので、安く売っていると条件反射的に買ってしまっているようだ。

さらに源喜堂を目指して歩を進める。店内の品揃えはいつもどおりかな。特に触手は動かず。

さて、ここからがこの日のハイライトです。

靖国通りを本郷通り方面に少し進むと、優美堂という古い額縁屋がある。富士山の看板で有名。まずは、とおりの向こう側から、ヤシカML80-200/F4のズームで数枚撮影。卓上三脚を使ったが、たぶんブレてるだろう。道を渡って、広角で数枚撮影。そのとき、店のおばさんと目が合った。撮影させてもらったので、こちらは目礼する。と、「あんまりボロだから、撮影したのかい」と話しかけられた。
「いえいえ、富士山がいいから撮ったんですよ」
「富士山よりもすごいのは、この店の防空壕だよ」
「なんですか、それ?」
「ここを見てごらん、この床のところ(鉄の格子あり)が防空壕の入り口で、出口は後ろの部屋のほうにあるよ。そして、これが息抜き用の穴(丸い穴に、風呂場にあるような丸い金属の格子つきのふたあり)。入り口があって出口がないと、中で蒸し焼きになってしまうからね。うちは70年前に立てた家で、これは60年前に作った防空壕」。ちなみに御年90歳とか、そう見えないほど若々しい。いろいろとお話を聞かせてくれた。メモをとっていたのではないので、以下、年代とか多少つじつまが合わないかもしれません。
「この扇風機見てよ、60年前のもので、今でもしっかり動いてる。こういうの、見たことあるかい」
「田舎育ちなので、似たようなものを見たことがあるが、これほど大きいのは見たことないです」
「そうでしょう、これは羽もプラスチックでないし、しっかりできているから、今でも動くくらい丈夫なんだ。お金がなくなったら売ろうと思って、あと10台くらいしまってあるよ」
「看板の富士山は、いまはちゃんと描ける人がいなくなって、あのままになっちゃった。あんた、トタンて知ってるかい。トタンだから、ペンキを剥がすのもちゃんとやれる人がいないし、トタンにしっかりとくいつくペンキで描いてもらわないといけないけど、いまはそういう人がいない。それに、うちは額縁屋だから、ちゃんとした富士山を知っている。だから、中途半端な人には描かせられないので、こうなっているんだよ」
「このあたりは、空襲で焼けちゃったけど、うちから後ろは焼け残った。それはニコライ堂があるから爆弾を落とさなかったという話だよ。このあたりもいまは古本屋さんがなくなって新しい店ばかりになった。でも古本を見に来る人には、店がかたまっているほうが見やすくていいかもしれないね」
「私は車の免許を取って50年以上たっている。そのころはこの界隈で車は1台しかなかった。うちは額縁屋だから、配達に必要なので、お父さんに免許を取れといわれて、とった。試験もあまりなかった。なにしろ、車の台数が少ないんだから。このお父さんは怖い人だったが、先を見る目はあったので、手広く商売をしていた。
赤坂の参謀本部にも額縁を届けたよ。遺影用の額縁。戦後は進駐軍にも納入した」
「それにしても戦争はやるもんじゃない。病院船というのは、どの国も手出ししていけないのに、撃沈された事件があった。戦争は勝ったもんには口を出せないけれど、そういう事件があったのは知っている」
そばにあった写真(モノクロの4つ切りくらい。誰かが撮影して進呈したのだろう)を手にとって、
「これはいつごろの写真かね。このころは、店のシャッターも両方開けていたね」
このときは半分だけあけていた。長野?オリンピックののぼりが写っていたので、10年位前ではないかというと、
「このころは、電話番号に3がついたころかね。うちの電話番号は『ニクイ、けどヤサシイ』と覚えると楽なんだよ。でもいまは『ミニクイ、けどヤサシイ』になっちゃった。でも、やさしいからちゃんと商売になるんだよ」。
もっといろいろお話を聞かせてもらったが、残念ながら忘れてしまった。このとき、おばさんのポートレートを撮ったりできれば、おれもエライ人になれるのだが、お話だけで満足してしまって、挨拶だけして帰りました。

神保町、やっぱりいい町です。
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