eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-06

責任について

戦争責任という言葉があるが、それは「誰」に対する責任だろうか。
いろいろ考えはあるのだろうが、自分としては、自国民に対する責任について少し書きたい。というのは、他国民に対する責任は、決着はついたのかどうか定かではないが、すでにさまざまな形で問われている。

しかし、先の大戦では、戦争指導者の無策による戦死、民間人を巻き添えにした戦闘の進め方など、あまりに自国民をないがしろにしていたのではないだろうか。
例えば、南方への輸送船はずいぶん攻撃されて沈没しているそうであるが、その死者に対する責任は誰がとったのだろうか。
「戦犯」という言葉がある。彼らの中にその責任を取った人もいるだろうが、国政に復帰した人もいる。「敗軍の将、兵を語らず」というが「死人に口なし」ともいう。また仮に敗戦でなかったとしても「一将功成万骨枯」となる。

レヴィ・ストロース曰く、日本の中心は「空虚」だそうだが、同じように責任の所在を求めて、組織の上部へとさかのぼるうちに、いつしかその所在が分からなくなることがあるようだ(何故「組織」とかといえば、一人では戦争できないから)。当時主権と統帥権を持つとされていた昭和天皇に戦争責任があるかどうかは、意見が分かれるところのようだが(これについては身近に両極端の反応を見ているので自分では何ともいえない)、南方への兵員輸送についてはその直接の責任者がいるであろう。個々の作戦の進め方については昭和天皇にさかのぼらなくても、具体的に検討できるのではないかと思う。それとも、それもできないのか?

ところで現在、政治に携わる人々は、誰に対する責任を感じてその仕事をしているのだろうか。疑問だ。まさか、目の前の自分の一番身内のサークルのことだけを考えているわけではないと思いたい。
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