eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-08

戦争と平和と、自由

先日、ある先生の講義を聞いて知った。
「法」という字は「氵 さんずい」に「去る」と書く。語源から言えば、中国の大草原で馬などを飼うとすると、普通の柵では飛び越えられて逃げられてしまう(=去る)。そのため、堀を掘って水を張り逃げられなくする(氵=水)。ここから生まれた「法」という字には、もともと対象を抑えてコントロールしようという意味があるそうだ。
だからこそ、東洋的な理想社会では、あまり法や社会制度に支配されずに、自ずから上手く行くような「鼓腹撃壌」的社会が理想なのだろう。

一方、欧米的に考えれば、法の支配すなわち平和、治まる世ということのようだ。

ところで、ここで考えた。
戦争と平和を考え、戦争(それと圧制)は、人権が阻害され、自由がない世界と考えることできる。また平和とは法が支配する世の中だと考えてみる。しかし、平和には法に支配された自由はあっても、ほしいままの自由はない。むしろ、ほしいままの自由は、戦場、もしくは乱世にこそあるだろう。
となると、放恣なる自由を求める者は常に社会に一定数いるだろうが、彼らは平和に安んじられることがないことになる。
そこで、平和に安住できない人々は何を仕出かす(仕出かしている)のであろうか。社会の構造上、そのような人々の存在は避けられないが、ではそれに対する対応はどうあるべきか。擬似戦争とも言うべきスポーツで発散できるくらいの程度ならば良いのだが。

この項、もうちょっと考えたいが、頭が足らなくなりそう。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://eeldog.blog12.fc2.com/tb.php/249-461ef25a

人気ブログランキングへ

 | HOME | 

MONTHLY

CATEGORIES

     

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

鰻犬堂

鰻犬堂

FC2Ad