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eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2019-06

「911から1年たったが…」抄録1(2002/09/11~2002/02/26)

「大きい物語」と「小さい物語」

以前、2chのカメラ板で「911から1年たったが…」というスレッドを立てたことがあった。
立てたのは、2002年9月11日。書き出しは、
「もちろん、自分の写真が特別変るわけもなく。
ただ、前よりも家族の写真が多くなったかな。」


これからそれを自分なりにまとめていってみようと思う。とはいえ、他の方の書き込みもあるので、それはできるだけ直接引用を避けるべきだろうか。

なぜこんなことをするのかといえば、このときに考えたことが、桑原甲子雄氏について今、自分が考えることと強く結びついているからだ。

以下、自分の書いた部分を適宜抜き出していってみる。
02/09/11
距離計のないカメラを称して「街が戦場のように撮れるカメラ」と言った人がいて (それはいいのだが)、それをまた、さもありがたい言葉のように書き散らしている人がいるが、実際に街が戦場になってしまう今の世の中では、世迷いごととしか思えぬようになってしまった。

02/09/11
マグナムの9/11の写真展(「マグナムが撮ったNY 9.11」)をやっていたが、なぜか見に行かなかったな。何故だか自分でもわからない。マグナムがらみの写真展はたいてい行くのに。見に行った人いる? どうだった? どう感じた?

02/09/12
自分があの事件で改めて気付いたことがいくつかあるので、それを考えながら書いていきたい。
ひとつは、自分というものは、本来的に、明日をも知れぬ身の上であることを思い出した。
よく言うけれど、これから1時間後に自動車事故にあって死ぬかもしれないが、それは誰にも分からない。
誰でもそういう立場であると思うが、それは日常的には考えないことになっているし、考えすぎるとつらい、日常生活を送れなくなってしまうかもしれない。
自分が家族の写真を撮ることが多くなった、ということを考えると、明日をも知れぬ身だからこそ、普段の生活がいとおしく感じるからかもしれない。

02/09/12
ところで、昨年、事故が起こったとき、おれはビルが崩壊する前にテレビを見ていられなくなって、消してしまった。正確にいうと、崩壊するしばらく前から、人が窓からばらばらと落ちてきている映像を見ているときに、つらくなってテレビを消した。
だから、ビルが崩壊したのを知ったのは翌朝だった。
そのとき、なぜテレビを消したのか改めて思い出すと、あの落ちてくる人は「おれだ」と思ってしまったからだ。正確に言うと、おれがあの場に居合わせても不思議ではないというべきか。自分も旅行でNYに行けば、おそらく貿易センタービルに行くだろうからね。たまたまそういうふうに居合わせた人もいただろう。

それと、目の前で惨劇が起こっているのに、何もしない(その場にいてもできないだろうが)でテレビを見ているのは、なにか不謹慎・不道徳のような気がしたからだ。
少なくとも、人が死ぬところを茶の間でお茶飲みながら(?)見ているのは、道義的退廃のように感ずる。もっとも自分が倫理的な人間ではないことは十分承知しているのだが。

そのことと、「マグナムが撮ったNY 9.11」を見に行かなかったことは、自分の中では、相通ずるところがあったのかな、と思っている。ただ、このことを突き詰めて考えると、グラフジャーナリズム的な写真を否定することにつながりかねないとも感じている。おれ自身は、現代でもグラフジャーナリズムは無意味ではないと考えるほうなので、それを自ら否定しかねないということに困惑気味でもある。

02/09/13
グラフジャーナリズム(フォトジャーナリズムというべきか?)は、写真は、事実を正確にわかりやすく伝えられる、という考え方が基本にあるように思う。だからLIFEや他のグラフ誌は写真中心の紙面になったのだろう(この辺は名取洋之助を読んで)。
しかし、現代では、「事実「正確」「わかりやすく」というそのどれもが、「誰にとっての?/誰から見た?」「スターリンがやったように写真の捏造もあるよ」「キャプションひとつで写真の意味が変ってくるよ」というように疑われる。
同時に、今回はまだ見に行っていないが、サルガドの一連の仕事を見ると、写真の力については一概に否定できないように思う。というかおれは意味があると思っている。

さて、「マグナムが撮ったNY 9.11」は一体誰に何を伝えたかったのだろうか。それに対する釈然としない気持ちがあって、見に行かなかったのではないかと、いまさらながら思っている。
単に「事実」を述べたいのであれば、リアルタイムで見た映像には敵わないのではないか。「悲惨な事件である」「犠牲者は無実だ」「犯人は許せない」等、については、アメリカ以外の国で起こっていることは、そうではないのか、という反論が来るだろう。「他の人と共有すれば、傷が癒えるかもしれない」というのは分からなくもない。
「もうこの世には安全な場所はない」という嘆きであれば、個人レベルで考えれば、そもそもそうだった、としか言いようがない。それ以外には、ショッキングな映像を繰り返し見ることによって、事件を消費しようとしているようにも思える。つまり一種の娯楽だ。
それが、以前書いた「道義的退廃」という意味のつもりである。
また、ショッキングな映像を見ると冷静に考えられなくなるということもあって、おれは見に行かなかったのかもしれない。おれが一人で考えつづけても意味がないのは分かっているが。
しかし、見ないで云々するのは気がひけるので、見た人がいれば感想を聞きたいのだが。

02/09/17
(セバスティアン・)サルガド展を渋谷に見に行ったのだが、やむを得ず子連れで行ったので、じっくりは見られなかった。とくに最後の子供のポートレートを見たかったのだが、うちの子が飽きてしまって、よく見ることができなかった。残念。また、点数も多く、おれのちからでは咀嚼し切れなかった。
この写真展自体は、いろいろな人が語っているので、全体的な話はいらないだろう。
いくつか好きな写真を上げると、アマゾンのヤノマミ族の写真(だったと思う)で、蝶が乱れ飛ぶ川沿いのポートレートと、やはり同じく、木漏れ日の川での写真。それとサンパウロの俯瞰の写真はなんだか胸に残ったな。何しろ駆け足で見たため、記憶も心もとない。また行こうかは思う。

 ところで、家に帰って改めて考えたのだが、ひとつは「EXODUS」というタイトルについて。唐突だがスティーグリッツの「3等船室」もたしか移民の乗った船だったと思う(違ったかな)。日本にいるから分からないのだろうが、自ら望んでか、他から強いられてかを問わず、移民・民族の移動というのは、写真のなかでの大テーマなんだろうな。
そういえば、横浜で数年前にやったローバート・フランクの「Moving out」を辞書でひくと「立ち退く、家を出る」という意味だそうで、なにか似通ったものを感じた。
クーデルカの「exile」もそうだな。
でも、自分の想像力では実際の様子は分からないというところがある。

02/09/17
それと、ロバート・キャパの写真展を見たときに考えたことをなぜか思い出した。キャパ展を見た人と話したことなのだが、キャパが他の戦争写真家と違う点についておれはそのときこう話した。
世の中には「大きい物語」と「小さい物語」があって、政治とか戦争とか、個人を超えて動いている部分が「大きな物語」、それに否応無しに巻き込まれるのが、個人の「小さな物語」。個人の人生とかね。
キャパの写真で心に残っているのは、例えば、ベルリン陥落間近なのに戦死した兵士の写真や、ドイツ兵の子供を産んだために追い出されるフランス人女性等、小さな物語が大きな物語に巻き込まれた際に生じる軋轢について取り上げているように思う (もちろんキャパの写真はこれだけではない)。
よくいる戦争写真家は「大きな物語」か「小さな物語」のどちらかだけの場合が多いように感じるが、キャパの写真が生き残っているのはその両方への視点があるからではないかという話をした。

変なたとえ話で恐縮だが、自分の大学の恩師(と勝手に思っている)が、こんなことを言っていた。
戦場に500人の部隊が行き、499人生還し、大勝利をおさめたとする。しかしこのとき唯一の戦死者が自分であったとしたら、自分にとっては勝利ではなく敗北である。
おれにとってはこの話は忘れられない話なのだが、さっきの話にあてはめると、「大きな物語」は部隊の大勝利、「小さな物語」は自分の戦死になるだろう。
ここまで考えて、自分がこのスレッドで考えてみたいことは、「大きな物語」「小さな物語」と写真についてなのだろうか、という気がしてきた。

02/09/20
柄にもなく「物語」などと大きな言葉を使ってしまったので、自分でも書きにくくなってしまった。ここで自分の写真を考えれば、まぎれもなく「小さな物語」に属する写真ではあるな。あくまでも自分の生活の延長上にある写真だ。
でも気持ちとしては身辺雑記だけではなく「大きな物語」があるということは忘れないようにしたいと思っている。だから、最初から「小さな物語」のみの写真(家)はあまり好きではない。おれの好きなアラーキーは「小さな物語」に固執しているようにも見えるけれど、肉親の死をとりあげたりしているうちに、図らずも、運命とか、生死のようないちばん大きな物語に通低してしまったように考えている。もちろんどちらがいいかという話をしたいのではないので、そのへんはよろしく。

02/09/20
ところで、コンポラ写真というというとき、その元になった"Contemporary Photographers: Toward a Social Landscape"展のタイトルの中に、「social」という言葉が入っている。ゲーリー・ウィノグランドやリー・フリードランダー(日本では牛腸茂雄らか?)の写真は、それまでの写真と比べるといかにもパーソナルで一見「小さい物語」のようだが、そこには「social」という視点があったということに、ある意味があったのではないかと思っている。

02/09/26
というようなことを考えていたのだが、とくに反応もないようなので、このへんで終わりにしようと思います。
自分と世の中の係わりについて、写真を切り口に考えようと思っていました。
(9.11を)見てしまった以上、やはり無関係とは思えない事件であり、それ以上に記憶に突き刺さる映像であり、出来事でした。でもどうもまだ力足らずのようです。自分の頭と言葉では考えがまとまりませんでした。
ただ、現状の結論としては、「大きな物語」の図式に頼り切らず、同時に「小さな物語」だけに固執することなく、ものを見ていこうと思います。

ということで、1=うなぎ犬でした。


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まずは、ここまででひとつのブロックだと考えております。
「大きい物語」と「小さい物語」というタイトルは、この部分の中見出しに当たるものです。
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