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eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

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2019-04

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「硝子戸の中」は「うち」か「なか」か

以前から疑問に思っていたのだが、漱石の随筆「硝子戸の中」の読み方は「がらすどのうち」か「がらすどのなか」か。というのは、以前から「がらすどのうち」と読んでいたのだが、近代文学館刊行の初版復刻版を手にしたところ、本文1Pのタイトルに「なか」とルビが振ってあった。さてどうしたものか。
いろいろ調べたら、以下のURLにて疑問が解けた。正解は「がらすどのうち」。ただし、漱石自身も揺れ動いていたようである。

「道浦俊彦/とっておきの話」
http://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/0401-0500/0401.html#5

以下引用となります。

◆ことばの話402「"いえ"と"うち"」

岩波文庫から出ている、「硝子戸の中」というエッセイ集。これも新聞に連載されたものを集めたもの(1915年=大正4年1月13日~2月23日まで全39回、「東京朝日新聞」と「大阪朝日新聞」に連載)で、本文114ページ、解説も含めて138ページと手頃です。

ちなみにこの本のタイトルは「ガラスどのうち」です。「中」を「なか」と読まずに「うち」と読む。そうルビが振ってあります。これは新聞社側の意志ではなく、明らかに漱石の意志によるものでしょう。なんせタイトルですから。竹盛天雄さんという方が解説で、「中」を「うち」と読むか「なか」と読むかについて書いています。竹盛さんは「硝子戸の中」をそれが新聞に連載された順に、一から三十九までに分けました。少し長い引用になりますが、それによると、

原稿を調査し「翻刻と校訂」
(*「硝子戸の中」について画期的な調査研究をした岡三郎氏の「夏目漱石研究・第二巻・硝子戸の中~校訂と解明」国文社1986、12)を遂行した岡三郎氏によると、漱石は、タイトルだけに限っていえば、一(*序)の場合には「うち」のルビをつけ、二・三・四・五にはルビをつけず、六から以下の七・十三・十四・十五・十六・十七・十九・二十五・二十八・三十・三十三・三十八・三十九には「なか」のルビをふっている。それ以外の八以下の各回では、ルビをつけていない。
しかし、漱石の気持ちでは「なか」とよまれることを前提としたものであろうと岡氏は推定している。「うち」から「なか」に変っていったのは、「朝日」が原稿にしたがわないで最初から「なか」のルビですすめたのに、漱石が妥協したのであろうともいっている。(荒正人氏もおなじように推定)
・・・(中略)・・・
「うち」と「なか」のよみわけは、いずれにせよ難しい。だが、この作品において漱石が連載進行につれて「なか」というよみを指定するようになったことは明らかである。漱石のユレがあるわけだが、それはまた作品の世界が、「中(うち)」から「外」をみての感想をかくということよりも、「中(なか)」にいて回想や瞑想にしずむ傾向をしだいに強くしていったこととかかわっているに相違ない。

(*部分は道浦が加筆)

エッセイ連載が進むなかで、漱石自身が「中」という漢字のルビも「うち」から「なか」へ変っていったそうです。ガラス戸の"うち"から"そと"の世界(=世間)を見ていた漱石の目線は、病が進むにつれて、自分の"うち"を見るように変っていき、遺作「明暗」につながるのではないでしょうか。「硝子戸の中」の最終回は、このように締めくくられています。

以上、引用終わり。

道浦俊彦様、疑問を解いてくれてありがとうございました。
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