eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

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2014-01

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渋谷区松濤美術館にて六田知弘写真展「3・11 時のイコン」開催(1月18日~2月2日)

以前何度か書いたが、写真家六田知弘さんの写真展「3・11 時のイコン」が渋谷区の松濤美術館で開催される。
先日平凡社から写真集が出たばかりでもあり、心ある方にぜひ見てもらいたいものです。

とは言いながら、今週~来週はアンゲロプロスの映画を見るのが忙しいので、月末くらいに行こうかと思っています。

ところで、六田さんのblogの記事、2014.01.17 松涛美術館 「時のイコン」がはじまります。 に注目すべき文章がある。
「そのときモノたちが私に向かってある波動を発していて、その波動を私のなかの受信機が受信して、それをカメラで記録した。その記録されたものを見て綺麗だと感じるのなら実際綺麗と感じさせる要素がそのモノの中に存在したということなのでしょう。これらの写真は私の美意識の表現だというつもりはありません。ですからこれを「アート」だと主張するつもりないし、人からアートと捉えられてもそうでなくても私にとってはどっちでもいいのです。ただひとつ、これは物理的現象を写すカメラという機械を介して初めて成立する、私が愛する「写真」という行為の一つのかたちだということだけは疑いありません。」

写真は単なる記録の具なのか、はたまた芸術の一端に居場所があるのか、いろいろと話はあるが、すべてに先立ち確認しなければならないのは、写真は「物理的現象を写すカメラという機械を介して初めて成立する」ということである。
カメラが機械であることによる限界もあるが、しかし機械だからこそ写しえたものもあるだろう。機械であるということは、人の思惑を越えて、人の気付かないものまでカメラは撮影してしまうことがあるということだ。今回の写真展では、震災瓦礫が図らずも美しさにつながるという事態に撮影者が戸惑うということだろうが、写真とはたぶんそもそもそういうものだ。
(悲惨な)現実を写しながら、しかしときに現実を越えてしまう(美を見出してしまう)。

現実を越える写真がありうるというところから、シュールレアリズムにつながっていくのが大辻清司であり、牛腸茂雄畠山直哉に受け継がれていくと思うのだが、この話はまた別になるのでここでは書かない。

関連するリンク
六田知弘写真展「3・11 時のイコン」
六田知弘写真展「3・11 時のイコン」-2
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台湾で10年くらい仕事していた人から聞いた話。

ホントかどうかは確かめようがないので、与太話として読んでください。

李登輝・元台湾総統という方、日本から見ていると民主化を進めたり、政権交代を穏便に進めたりして、なんとなく立派な人だなという印象があるが、台湾で暮らしていた人から見るとそうでもないらしい。
たしかに実績はあるし京大卒で親日家だし、あまり悪いことは言いたくないが、老化現象なのか、深慮遠望があるのか、最近はとんちんかん(という言葉を使っていたな)な言動が目立つらしい。それで台湾の人も、過去の実績もあるので無碍にはできないが、現役政治家としては見ておらす、生温かく見守られるようなタイプの人になっているそうだ。

台湾といえば産経新聞だが(でいいのか)、上記の人が産経の支局の記者と知り合いで、記者が言うには、李元総統がちょっとアレなのはじゅうぶん分かっているが、日本の産経読者には李元総統のファンが多いのでそういう記事は書けない。やはり新聞も商売があるので読者に嫌われることは書きにくい、と言ったそうだ。
今の時代、新聞社に社会の公器という意識が薄いのは仕方がないとは思うが、それにしてもあまりあからさまな売文根性はかえって広い読者層を失うことにつながり、商売が危うくなるような気もするが、どんなもんだろう。

個人的には映画週間のはじまり。まずは「旅芸人の記録」から

今日(15日)は9:30から新宿バルト9で、アンゲロプロスの「旅芸人の記録」を見た。
これで何度目かは数えないと分からないが、見るたびに発見がある。
というか疑問がわき出る。きっとギリシャ語が分かって、さらに時代背景まで知らないと分からない部分も多いんだろう。
それでも、大事なところは十分に伝わってきていると思う。
だからだろう、映画館はけっこう人がはいっていたように思う。

明日は「アレキサンダー大王」。今日見た宣伝用の映像ではほとんど退色していなかったが、やはり上映用のプリントは、何回か見ているあの色がすっかり落ちたプリントなのだろうか。
一度ニュープリントで見てみたい。

アンゲロプロスのあいまに「ブリキの太鼓」(早稲田松竹1/18-24)も見たいので、時間のやりくりを考えないと。

今日「旅芸人」を見ていて気付いた点。
・冒頭のエギオン駅に一座が降り立つ場面。画面右後ろからバイクに荷台をつけたような車両が走ってくる。同じように最後のやはりエギオン駅(時代を遡っている)の同じ位置に、このときはバイクではなく馬が荷車をひいている。
・駅からホテルに向かう場面。途中でホテルを間違えてある建物に一座が入ってしまう。ちょどそのときパパゴス将軍を称揚する宣伝カーが走り去るのだが、一座はその車を直接は見ないでやり過ごしたかたちに見える。これはホテルを間違える=道から外れている=時流に合わせていないことによって、右派の台頭からかろうじて逃れる(だろう)ということを暗示しているようにも見える(勘ぐりすぎか)。
・エレクトラが、軍人と逢引する場面。以前はたまたま駅で出会ったのかと思ったが、それでホテルまで行くのは無理があるので不思議に思っていた。今回見ると、やはり以前からの知り合いで、軍人が休暇を取ったときに合わせて駅に行ったのだろうと思われる(見落としているかもしれないが、このことについて映画中で説明はされてないような気がする)。このとき、軍人は靴下以外全裸になるのだが、最初は局部を丸出しにしていて(上映版ではぼかし入り)、後で恥ずかしくなって前を隠す。このとき、男の局部の状態がどうなっているかはあんがい大事な意味があるような気がするのだが。例えば、最初は久しぶりに女性に合うので屹立していたのが、萎れるとか。または終始萎れっぱなしとか。見方によっては笑える場面になるのかしれないし、寒々しいような場面になるのかもしれない。いまだにこの場面が挿入されている意味がわからないので、いろいろ気になってしまう。
・母と愛人を暗殺する前に、ゲリラになった弟と仲間たちはバーの前を通り過ぎる。バーではバンドが最初はリリー・マルレーンを演奏しているが、次にジャズっぽい曲を演奏する。このときのリズムと管楽器の演奏のねちっこさが、いかにも米英が進駐してきたというかんじなのであるが、この曲をエレクトラの妹がアパートにいったん帰って、また進駐軍と出かけるために身づくろいをしているときに口ずさんでいる。どうも当時の有名曲なのだろうか。

弟オレステスがゲリラのまま投降せず、捕縛されるが、拷問に屈しないために死刑になる。その遺体を埋めるシーンで、参列した一座は埋葬されるオレステスを拍手を持って送る。
亡くなった若松孝二監督は、自分が死んだときに同じように送ってほしいと言っていて、葬儀の際はそのように送られた。
そんなことも思い出して、映画の葬儀のシーンでは、俺も拍手したい気持になった。

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年末年始

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ミノルタ単独距離計の調整

先日、世田谷のボロ市でミノルタ製の単独距離計を見つけたので、なんともなしに買ってみた。
ボロ市というだけあって、まったくのジャンクで使えないかもしれないのだが、試してみたところ悪くはなさそうであった。とはいえ、無限遠がずれているので調整が必要、しかしそのやり方は分からなかった。
ものはこういうものです。※ページの下のほう。
http://camera-wiki.org/wiki/Semi_Minolta_P
どうもセミミノルタ用の距離計であったらしく、脚部に「SEMI」と彫られている。

最近時間が出来て、やっと調整をしてみたが、例によって危うく地獄を見そうになった。
以前も単独距離計をいじりすぎて、調整ねじをねじ切ったような状態(調整できない状態)にしてしまったことがあった。

まずは本体を見てみる。
正面右側に凹みがあって、なかにマイナスネジが見えている。
ドライバーでちょっとまわしてみると、左右に二重像がずれる。しかし無限で像が重ならない。
よせばいいのに正面カバーをはずしてみた(ここから地獄、とはいかないが、ちょっとましな煉獄の始まり)。
凹みのネジからすると正面右側が距離の調整部らしい(しかし実際は違う)。
ネジで動かないならと、ミラー部の付け根をちょっと指で押してみると、合わなくない。しかし上下像が大幅にずれた。
これでは二重像が合致しても非常に使いにくいので、修正したい。
指で押したので、今度は戻してみるが、ダメ。
いろいろ触ったり、やさしく押したりしたが、一向に改善の兆しなし。またも壊したかと思ったが、何気なく背面部距離盤の真ん中のネジを回すと、ネジが外れてその奥にさらにネジがあった。
これを回すと左右像がきちんと調整できる。
ということは、本体右側の凹みのネジはひょっとして上下像かもしれない。
ちょっとまわす。だが上下像は動かない。もうちょっと力を入れてみると、がくりと動き出して上下像も何とか調整できた。

さて、室外に出て、再度無限遠を調整する。目標は遠くの高層ビル。5キロ以上はあるだろう。
ついでに月も出てきたので、そっちでも合わせてみた。問題なさそう。

部屋に戻って手近なところを計り、さらに巻き尺で確認する。
3mのはずだが、2.5mの表示となる。
またダメか、と思ったが、15メートル以上先はすべて無限と割り切れば、むしろ近距離を優先すべきである。
それにこの距離計を使うのはローライ35とかオリンパスPENなので、レンズが広角寄りだから、絞ればそれで済む。
ということで、3mを基準に再度距離計を調整した。
再度巻き尺で、1m、2m、3m、5mを計り確認したが問題なし。
しばらくはこれで使ってみよう。

ということで、くだくだしく書いたが、この距離計の調整点は以下の通り。
・左右像は、背面の距離盤中央の銀色のマイナスネジを外し、その奥にあるネジで調整する。
・上下像は、本体正面右側の凹み部のネジで調整する(けっこう固いかも)。

けっこう質感がある距離計で、意味もないのにあちこち距離を計ったりしているww


雑司ケ谷の猫

2014011201.jpg そろそろ見廻りにでるそぶり。

2014011202.jpg 悠然と歩みつつ

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2014011205.jpg にらまれました。

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この後、別の黒猫と入れ替わったような(妖術か?)

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2014011212.jpg この後、見失った。

2014011215.jpg もうすっかり暗い

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と思ったら、振りかえると別の猫に監視されていた…。

EOS-RTの修理 第三話

第二話では、EOS-RTの古いほう(旧RT)の液晶破損について、EOS650の液晶を移植して修理しようとしたが、液晶自体の表示およびバッテリー表示に問題があったというところまでだった。

先日中野のフジヤへ行く機会がありジャンク品のEOS630(デートバックE付)を315円で購入。残念なことに、デートバックの液晶は状態が良くなかったが、本体液晶は問題なしなのでこれにした。

さっそく帰宅し、まずはEOS630の正面カバーを外し、次にトップカバーを外す。さらに液晶を外して、部品とり終了。630の液晶の裏面は白っぽい樹脂製であり、650のものはなんだか半導体らしきものが露出していたので、やはりものが違っていたようだ。
つぎにRTを同様に分解し、630の液晶と交換する。仮止めして通電テストすると、表示のかすれもなく、バッテリー表示も問題なし。
ということで、各部をとりつけて修理完了とした。

これでEOS-RT2台体制になったが、部品取りになったカメラが気の毒です。

もし、EOS(フィルム)の液晶に問題がある方がいた場合、参考になれば幸いです。

鷺坂のぼる人、下る人

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文京区音羽近辺に鷺坂(さぎさか)という坂がある。けっこう急です。この坂の名前は堀口大学、佐藤春夫、三好達治らが名付けたそうだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/satoshebeb/32309220.html

小さい話

以前、職場のおじさんに聞いた話。
昔、軍隊では背の低い人を隊長にするなと言われていたそうだ。理由は、功を焦って無理をしがちになり部隊が全滅することが多いからだという。
陸軍なのか、海軍なのか、はたまた出所はどこなのか、自分なりに調べてみたが真偽は不明だった。

また、昔、新宿のピットインで山下洋輔を見ていたのだが、一緒にいた友人が、そのとき共演していた坂田明、渡辺香津美と3人並んだのを見て「みんな小さいな」と言っていた。たしかにフロントの3人は非常に背が低かった。ちなみにベースとドラムは誰だったか忘れたがとくに小さくはなかったと思う。
これは関係あるのかないのか分からないが書いてみた。

とろこで、先日辞めた猪瀬知事が都議会議場に現れた姿を見たら、言っては何ですが、非常に背の低い方だった。
やっぱりいろいろ無理したのだろうな。「ミカドの肖像」あたりまではけっこう読んでいて、「日本凡人伝」あたりは何度も読み返した。
もう一度あのへんにもどってやり直したらどうだろうね。
もう政治にはかかわらないほうがいいと思うよ。
小さい人が軍隊の隊長になるようなもんで、やはり自爆してしまうだろう。

EOS-RTの修理 第二話

さて第二話は、旧EOS-RTの液晶補修である。これはすでに20年以上使ってるので手放せない。
第一話はこちら

年末に新RTを買ってきて、古いほうを見てみたら液晶の下方が真っ黒になっていた。
以前、液晶付きの機器に強いショックがあったときに、こんなふうになっていた記憶がある。さてはうちの猫殿がやらかしたか、はたまた経年劣化か。

このままでも動くことは動くし、ファインダーで必要な情報は得られるが、フィルムカウンターがはっきり読み取れないのは不便です。
ということで、第一話で検体になった650に今度は献体になってもらおうかと。
見たところ液晶のサイズは同じようだし、置き換えたら大丈夫じゃないかな。
ということで、まずはトップカバーを外す。こちらを参考にしました。
・トップカバーの外し方
http://www.est.hi-ho.ne.jp/suikodow/repair/eos630.htm
文字情報ばかりだが、分かりやすいです。

で、液晶にたどりつく。
650の場合は、金色の金具2個で固定している。外し方は、正面側の金具はネジ2本で固定されているので、それを外し、さらに背面側の金具を少し開くと液晶が外れる。
同じようにRTも液晶にたどりつくが、650とはちょっと違う(あとでよく考えると、けっこう大きい違いのようであるが、未検証)。
RTの場合は、固定金具は1個で、ここのネジ2箇所を外すとすぐに液晶が外れる。
ここに650の液晶を移植する(というか載せて固定するだけ)。
通電すると、液晶表示がうつしだされる。良さそうなので、カバーをはめて元通りにする。

テストとしてシャッターを切りながら液晶表示を見ていると、文字がかすれているところがある。変ですな。
さらにいえば、バッテリーがからという表示が出る。新RTでは満タンですが。
ついでに言えば、交換前は問題なかった(と思う)ファインダー内の表示も薄くなっている。つまりバッテリーがあがってきたのか?
ということで、新品のバッテリーと交換したが症状は改善せず。

ここで、改めて考える。
EOS600シリーズは、650→620→630→RTと進んできた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A4%E3%83%8E%E3%83%B3_EOS_650
よく読むと、650から620に変わるとき「世界初の有機EL照明付き液晶パネル」を搭載したとの記載あり。
http://shimanami.yu-nagi.com/slrcamera/slrcamera/eos620.htm
「イルミネーション液晶の装備」とも書いてある。
ということは液晶の種類(もしくはその周辺)が違うのではないか。
となると620か630を再度調達してテストしなければならない。もっとも今は捨て値で売っているのですぐ入手できると思うけど。

ただし、これで直らなければ、回路自体の故障ということになり、もうお手上げになるでしょう。
さて、正月休みも終わってしまったので、いつやろうか。

EOS-RTの修理 第一話

第一話
昨年末に渋谷のキタムラで中古のEOS-RTを入手した。
すでに年季物のEOS-RTを持っているが(キヤノンにてシャッター修理済み)、液晶部分の下1/3が真っ黒になってしまったのでサブが欲しい。
キタムラのRTは美品だが例によってシャッターにはダンパーゴムの油がべったりついていた。
見たところ、ほぼデッドストック品のままで、たまたま少し使ったら油がついてしまいジャンク品となったようにも思えるくらいきれいである。
ショーケースから出してもらってしばらく手にとって悩んでいたら、お店の方が若干値引きしてくれて、ありがたく購入した。

家に持ち帰り各部点検。シャッター以外問題なさそう。ということでさっそくシャッター清掃を実施。
ただしEOS-RTの場合、マウント(正面)側からは掃除できないので、紙にベンジンを浸してシャッター羽根の隙間に差し込んで掃除してみた。荒っぽいが仕方がない。
ところで、ダンパーゴムが無くなったということはどういうことを意味するか。シャッターが開いたときの羽根のショックを受け止めるものがないということで、いずれ羽根が壊れる可能性がある(がそれほどシャッターを切らないほうなので大丈夫だとも思うが)。これはやはり気になる。
調べると、ダンパーを自分で再装着する人もいるらしい。ちなみに業者でやっている人はいまはあまりいないようで(ほとんどの人がデジタルに移行したからだろう)、さらにいえばRTはキヤノン以外はやらなかったらしい。これはペリクルミラーが固定されているので作業しにくいからだろう。まして、修理代を払うのは懐の都合でとても厳しい。

となれば代用品を考える。自分で再装着する人は、そうとうの部分まで分解して行っているが、これは自分の技量を考えると無理。半田ゴテの扱いもうまくないし。
となると、あるところに記述されていた方法を試してみることにする。まあ人柱のようなもんです。
これは、シャッターユニットの隙間から、ダンパーゴムの代用品を押し込むという方法で、本来ならゴムがいいのだろうが、サランラップ的なもので試してみた。サランラップならうちに200m分くらいはあるはずなので、試し放題である。
とはいえいきなり実機に作業するのは無謀なので、以前入手したEOS-650に検体になっていただく。

まずは650のシャッターの動きを観察する。シャッターが開いているときは、下の部分に収まるらしい。これはシャッターに紙を挟んでシャッターを切ったときに分かった(良い子の皆さんはする勿れ)。こうするとまず羽根が外れますww、そのかわりシャッターがどのように動いているか分かります。とりあえずカメラに謝りながら、羽根を指で押し込んで復帰(「原状」ではないけど)。
ということは、下の部分の隙間にショック緩衝材を押し込めばよい。
で、まず650で、テキトウに実験する。幅10mmくらいに切ったラップを何度も畳んである程度の厚みを出す(これは目分量)。それをシャッターが閉じた状態で、ダンパーゴムのあったあたり(左下隅)に押し込む。最初は畳み方が少なくてすぐに外れてしまった。
厚みを増やして再度トライ。今度はいいようです。シャッターを切ってもとくに異音無し。バルブ~1/2000までなんどもシャッターを切ってみたが大丈夫であった。

今度はRTに試してみる。緩衝材は650に試したものがちょうど良いようなので隙間から紙を挟んで無理やり取り出した。
これを慎重に隙間から差し込む。まずはピンセットで差し入れ、そのあとは固めの紙で少しずつ押していく。止まったという手ごたえがあり、そこで止める。
おそるおそるシャッターを切ると、とりあえず動いているようです。
しかしバルブにしてみると、シャッターの一番上の羽根が下に隠れきっていない。頭のなかが真っ白になる。どうやら押し込みが足りなくて一番上の羽根が引っかかるらしいと思い、すこしずつ緩衝材を押し込む。再度テスト。今度はいいようです。

そのまま、再度バルブ~1/2000までなんどもシャッターを切ってみたが、いまのところ羽根が引っかかったりはしない。

この修理(破壊?)にどのくらい意味があるか分からないが、とりあえず心は落ち着いた。
でも真似はしないほうがいいと思います。大事なカメラを壊す可能性が高いです。

これでシャッター問題は自分なりに解決?したこととする。
となると次は漏電問題への対応もしておきたい。もっともこの個体は液晶パネルに問題なさそうではあるが、こればっかりは外観からは分からないので処置しておこう。

以前、一度やったことがあるが、すっかり忘れたのでまずは先人の足跡をたどる。やはり何事にも先達はあらまほしきことではある。
参考にしたのは、以下です。ありがたいことです。
http://ameblo.jp/caveman0712/entry-10272024301.html
書いてあるとおりに行えば、無事終了します。全面的にお世話になりました。

以上で新規購入EOS-RTへの作業は終了とする。

第二話もありますが、また今度。

近代美術館「ジョセフ・クーデルカ展」Josef Koudelka RETROSPECTIVE、再び

さて、正月休みということで再度クーデルカを見にいった(前回はこんなこと書いている)。
思ったよりも人が来ていますな。
今回見て、気付いたこといくつか。
・ごく初期のパノラマ風トリミングの写真は、35ミリカメラではなく、古いローライフレックス(1956年に入手とある、ローライフレックス・スタンダードあたりか)で撮影したものをトリミングしたらしい(図録36p)。
正方形の画面はトリミングをもともと前提としているので(と昔の本に書いてあった)、トリミングも自由に行った結果、ああなったようだ。そういえば植田正治も初期のパノラマ風の写真はトリミングによって行っていた。
・ジプシーのシリーズは、図録に載っていない作品が多数ある。図録を買ったとしても安心しないで目を皿のようにしてみるべし。そう書きながら、自分もまた見に行きたくなってきた。このシリーズはひとつの映画を見た後のように、充足感と疲れを感じます。
・そういえば、警察に連行される男の写真(図録69)。本になっているとよくわからないが、左端の警官が持っているカメラは、69くらいの古めかしいスプリングカメラ(皮ケースつき)のように見える。それとも2眼レフのFlexaretあたりか。気になる。
・プラハ侵攻の写真について。会場の年譜のところにそのコンタクトシートが図版として載っている。それには、どのようにして写真が撮られていったのか、時系列で分かるようになっているので、それも見落とさないほうが良い。
・エグザイルズの写真群では、海辺、船上の写真がいくつかある。とくに図録120pの写真を見ると、やはり流亡するスイス人、ロバート・フランクがアメリカにわたる際に撮った写真を思い出し、さらにスティーグリッツの「三等船室」を思い出す。つまり、自ら望むと望まざるにかかわらず、国境を越えなければならない立場を象徴的に表しているように思う。
・今回の目玉の一つは、パノラマ写真群であるが、これらの作品はけっこう粗粒子表現である。感度の高いフィルムを使って、大きく引き伸ばしているからだろうか。どの作品も見ごたえがあるが、とくに写真集「Chaos」の表紙になった図録132-133のフランス・カレーの写真はコンクリートの質感と粒子の粗さが相俟って、画面を舐めるように見ても、見飽きない。それと、アンゲロプロス「ユリシーズの瞳」のスチル写真を担当したときの作品はやはり別格であるように思う。図録138の雪原の枯れ木はなぜか長谷川等伯の「松林図」を連想させる。ちなみに上野の国立博物館では、この「松林図」が正月特別公開されている(去年もそうだったな)。これもまたゆっくり見たい。

そろそろ会期末です。未見の方は、ぜひ足を運ばれたほうが良いと思う。


おまけ、youtubeで見つけた映像。
Josef Koudelka 1/2
Josef Koudelka 2/2

早稲田松竹で「ブリキの太鼓」上映

以前から何度も見ているのだが、1月18日~24日まで早稲田松竹で「ブリキの太鼓」が上映される。ディレクターズ・カット版を見るのは初めてなので楽しみだ。
http://www.wasedashochiku.co.jp/lineup/2014/bagdadcafe.html

ところで、俺の小さな自慢。
以前、地下鉄有楽町線に乗ったら、斜め向かいの席に、わりと小柄な白人がいた。独特の顔つき、どこかで見たような顔だと思いながら家に帰った。
後で調べたら主人公・オスカルを演じた役者、ダーヴィット(デヴィッド)・ベネントDavid Bennentが、この時期に来日して演劇に出演していたことが分かった。劇場も有楽町線沿いだったのでまず間違いないと思っているのだが。

あらためて調べてみると、1991年、ピーター・ブルックの「テンペスト」(今はなき銀座セゾン劇場)のときのようだ。
http://homepage2.nifty.com/w-perc/theater.htm
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