eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2013-09

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週刊新潮「御用学者と呼ばれて 第7弾」について

しばらく前に「第6弾」が掲載されていたことに気付いたが(新潮32号)、まだ読めていない。週刊誌はいったん買い逃すと案外読めないんだよね。図書館に行ったら、最近のバックナンバーは軒並み貸し出されていた。

さて、第7弾の参加者は澤田哲生・東工大助教、奈良林直・北大院教授、岡本孝司・東大院教授のおなじみの3人。
記事内容は基本的にメディア批判、とくにサブタイトル「原発のリスクを高める朝日新聞の偏向報道」とあるように朝日新聞批判に終始していて、それ以上の内容はあまりない。一方、原子炉破損の現状把握、汚染水問題、除染、除染廃棄物の貯蔵施設といった根本的な問題にはほとんど答えていない。
対談中、朝日新聞等の論調に対して非常に批判的なのは、別に良いと思う。事実、新聞社をはじめとする主要マスコミは、福一原発事故前は基本的に原発に反対していなかった。むしろ、2000年前後は、温暖化に対応するための「原子力ルネッサンス」等という言葉も使われており、使用済み燃料の処理法もじき解決するような口ぶりであった。しかしそれはじつは嘘であって、使用済み核燃料の処理法は、ここ数十年一歩も前進しておらず、単に保管方法のバリエーションが多少増えた(ドライキャスク等)程度であった。使用済み燃料の処理法は鋭意研究中で、いずれ解決する(だろう)というような楽観的見通しを真に受けてしまった自分を恥ずるばかり。

しかし、このお三方は勉強は出来る人たちなのだろうが、以上のような肝心のことについて語っていない。意図してそうしているならまさしく「東大話法」(安冨歩)であり不誠実(というか嘘つき)である。意図していないなら、あんまり頭は良くないんじゃないか。
つまり、原発事故とその対応は、言ってみれば単なる物理現象である(引き起こした原因はそうではないが)。進行中の物理現象に対して、世事・人事であるマスコミ批判をいくらやったとしても、また批判された側がそれを組んで態度を改めたとしても、それとは無関係に物理現象は進行していく。
例えば朝日新聞が報道内容を改めたとしても、破損した原子炉部位の損傷が修復されるわけでもなく、メルトダウンした燃料の処理法が確立するわけでもなく、地下河川の水量が減るわけでもなく、いまだに発熱している燃料の温度が下がるわけでもなく、それを冷却するための水量が減るわけでもなく、結果として汚染水はダダ漏れ状態が収まるわけでもない。これらは単なる物理現象であって、人の思惑とは別に進行している。
それを物の言いようで糊塗するのは無理な話で、思えば原発自体の問題は解決しようとせずに、マスコミ対策だけで問題を隠蔽できると思っていたが、震災でその論法が破綻した電力会社の発想をそのまま踏襲しているのだろう

昔であれば大本営発表を信じていたら、ある日突然敗戦を迎えたということもあったわけだが、それを現代で再現しようとしているのだろうか。新潮御用達の御用学者を信じて、国が潰れていくのを黙ってみている人は少ないだろう。

さて、しかしどんな文章にも学ぶべきところはある。今回、「スラブチッチ市」というチェルノブイリ近郊の新興(人工)都市についてはじめて知った。この都市のことは、反原発派にとって都合が悪いから、ほとんど触れられていないそうである。
Wikipedeiaの記事を参照すると、
・1986年の災害後のチェルノブイリ原子力発電所の避難者を対象とする。
・プリピャチ市を放棄して避難したチェルノブイリ原子力発電所とその家族が主要な市民。
・労働者の健康を確保するために、発電所の約50キロ東に位置し、汚染土壌があるため2メートルの汚染されていない土の層で覆った。
・都市のインフラや公共施設は、ほとんどが発電所を運営する会社によって支払われている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Slavutych
つまりは、事故のために放擲されたプリピャチ市の代替であり、事故処理および事故後も稼動している原発労働者のための人工都市である。

これについて奈良林氏は、以下のように述べている。
・事故後1年8ヶ月で作られた。
・コンセプトは「こどもたちのおとぎの街」
・民芸品を作る工場もあって雇用も創出
・11階建てのアパートにただで入れ、子供が3人以上いると一戸建てに入れる。
等とすばらしい町のように書いているが、普通に考えれば、さまざまな優遇策をとることによって、被災者保護および原発労働者の確保を目指しているように思える。
チェルノブイリ原発の裏づけにより快適な都市生活を送ることは、リスクと利便性をのバランスを考えると「あり」なのだろうか。
これは人によって判断が違うだろうが、無理にこのような都市に住みたいという人はいないだろう。そのせいか、これほど恵まれたこの都市の人口は、25,000人程度らしい。ちなみに事故前のプリピャチ市の人口は約49,000人で、スバブチッチ市の人口の約2倍であった。

週刊新潮が反「反原発」のプロパガンダをはることにより、原子炉事故の物理的側面が収まればいくらでも応援するのだが、何をどう言いくるめても、放射性廃棄物の半減期を短くするような方法が出てくるわけではない。

そのへんも含めて、もうちょっと説得力のある御用学者の弁を聞いてみたいものですが、どんなもんでしょうか。
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あまちゃん 社会に開かれた物語

あまちゃんが今日で終わりました。残念だけど、ちょうど良いタイミングでもある。
さて、以前あまちゃんの終わり方についての妄想を書いたが、実際の終わり方はあれで良かったと思う。
最後のほうで、主人公アキと親友ユイがまだ復旧していない線路の先にあるトンネルに向かう。かつてそのトンネル内でユイは3月11日の大震災を経験し、トンネルの向こうには津波の惨状が広がっていた。
そのトンネルの向こうに、あらためて今度は二人で向かうのだが、トンネルの向こう側が逆光になって真っ白になり何が映っているか分からない映像になっている。

さて、トンネルの向こうには何があるのか。
それは現実の世界であり、未来だろう。
トンネルのこちら側は物語の世界であって、限りなく現実を踏まえているが、あくまでもフィクションである。
※物語は2008年の時点から始まって、次第に時間が現実に近づき、最終回では2012年の7月まで追い付いている。これが2013年でないのは、物語/フィクションと現実を明確に分けるためだろうが、しかし見ている方としてはまるで2013年の夏の出来ごとのように見ていた(俺はね)。普通であれば、最終回(2012年時点)の1年後、つまり今の主人公たちはなにをしているだろうかと自然と想像されると思うのだが、そう思わせないのは、フィクションと現実の線引きが絶妙であるからだろう。

では、トンネルの向こうに何が見えたか。
それは、見る側にゆだねられた、と見るのは穿ちすぎかもしれないが、そう思った。
つまり小説でいう「オープンエンド」である。これは作品の結末は明確にされておらず、判断は読者にゆだねられるという形式である。しかし、たいていの場合、著者は結末を文中で暗示しているので、読者は何を想像してもいいというわけではなく、やはり作者の手のなかにいるといってもよい。
例をあげると、意外にも漱石の中期、後期の作品はこの形式が多く「彼岸過迄」「こゝろ」あたりはそうである。「こゝろ」など、主人公が汽車に飛び乗って手紙を読むのはよいが、さてそれからどうするのかは、どこにも書かれていない(が、それは漱石の仕掛けをきちんと読めば分かるはず、なのだが、いろいろ意見があるようです。俺は熊倉千之先生の説をとる)。

以前書いたように、アンゲロプロス「アレクサンダー大王」では、最後に時間を100年間飛び越して、現代のアテネの町に登場人物がたどり着く。川島雄三「幕末太陽伝」では、本来ならば主人公が現代の町に飛び出して終わる(はずであった)。
あまちゃんの場合も同様で、フィクションの2012年から、たぶん現実の現代に飛び出して終わる。しかし、現実の現代がどうなのかは具体的には描写しない。つまり、この現実の世界がどうなるかは、見ている側の意志によって、どのようにも変わりえる。だから愛すべきアキちゃんとユイちゃん、北三陸町の人々を「現実と地続きのフィクションの世界で」幸せにするかどうかは、見ているあなたたち(視聴者)にもかかっているのだよ、という製作者の意図があると深読みしてみた。
物語をハッピーエンドにするか否かという点において、見る側も物語に参加している。そういう意味で、社会に開かれている物語ではないかと思った。

また、フィクションの世界と現実の世界の間に、震災を体験したという共通基盤があるということも、開かれていると思わせる一因ではないかと思う。面白いことに、あまちゃんは東日本では人気があったが、西日本では通例よりも人気がなかったそうだ。方言の問題もあるだろうが、震災を一緒に体験したか否か、というところもあったのではなかろうか。

ところでトンネルの次の場面では、オープニングにも出てくる堤防を2人が走っているシーンであった。ということは、トンネルの向こうを見てきて、また戻ってきたのか。
そんなにちゃんと見ていなかったので(とばした回もけっこうあるし)、トンネルと袖が浜の位置関係がはっきりしないのであるが、トンネルの手前に海女クラブのある袖が浜があり、トンネルはその先になっているようである。
https://www.nhk-ondemand.jp/share/pickup/interview_archives_asadora.html
http://compression-modelling.com/production.html
いずれにせよトンネルの向こうは、あまちゃんの世界とはまた別であることが示されているとは思う。

ちなみに、NHKに井上剛プロデューサーの言葉が載っていた。
(劇中歌「潮騒のメモリー」の歌詞に宮藤官九郎が込めた思いとして)「来てよ、その“火”を飛び越えて」というのは、多分「来てよ、その“日(3.11)”を飛び越えて」。「また東北に来てね」ということだと思います。
http://www1.nhk.or.jp/amachan/special/0928_3.htmlなるほど、そうかもしれないね。

いろいろ考えさせられて、希望もないわけではなくて、いろいろ困難な出来事も起こるけれども、見ているとやっぱり元気が出てくるドラマでした。
見ていて良かったな。

電波塔についての妄想、もしくはゴジラ招来祈念

大正12年9月1日、関東大震災が起きたときに、世界にその第一報を配信したのは福島県浜通りの原町市(現南相馬市)にあった電波塔(原町無線塔)であった。
しかし、電波の方式が変わったり、震災の揺れによる被害・損傷もあり(と聞いている)、この無線塔は10年程度で使用が中止された。そしてあまりに頑丈に作られていたため、その後数十年も解体できずに廃墟として原町市に立ち続けた。

この話を子供のころから知っていたせいか、東京スカイツリーが造られはじめてから、あまり良い気持ちがしなかった。
俺の頭のなかでは、関東大震災と原町無線塔がセットになっていることの連想からか、スカイツリーを見たときに何らかの災厄の予感、とは言い過ぎではあるが、なんだかいやな気持ちがあった。そして東日本大震災が起きた。
そして今ではスカイツリーと東日本大震災が結びついている。まあ、あきらかに言いがかりなのだが、あの天を突き刺すようなデザインを見たときに、なんとも邪悪なものを感じてしまったのを覚えている(いまは慣れてきたが)。

そうなると、もう一つの電波塔である東京タワーはどうだったのかということが気になる。
東京タワーは1958年(昭和33年)に竣工したが、東京はそれ以降、現在までそれほどの大災害(の直撃)は受けていない。それはなぜか。

以下、単なる妄想。
東京タワーは怪獣映画のなかで、ゴジラやモスラによって何度も破壊されている。また、その映画のなかで、何度も東京は破壊されている。
たしか文化人類学の概念で、災厄を逃れるために「形代 かたしろ」(≒身代わり)を作り、それを川に流したり(流し雛)、破壊したりして、擬似的に被害を負わせることにより、本当の災害を逃れるという考え方があった。
俺の見立てでは、映画中で東京タワーおよび東京の市街が破壊されることにより、実際の災害からの厄逃れになっていたのではないか、ということ。
つまり映画中で東京タワーが何度も破壊されているうちは、東京には現実の大災害は襲わないという発想である。

ところで、そもそも塔とは何であるか。実際の使用目的以上に、自己の権勢や国威を発揚するという目的があるだろう。しかし、それをやりすぎると、奢りを手ひどく戒められる。
旧約聖書中のバベルの塔の記述には以下のようにある。
・又曰けるは去來邑と塔とを建て其塔の頂を天にいたらしめん斯して我等名を揚て全地の表面に散ることを免れんと (文語訳旧約聖書 創世記11)
・彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。(新共同訳聖書 創世記11)

このなかの「我等名を揚て」「有名になろう」は、英語では"let us make us a name"(欽定訳聖書 King James Bible)、"we may make a name for ourselves"(New International Version 1984)、"This will make us famous"(New Living Translation 2007)となっているそうだ。祝子川通信「バベルの塔」新釈より引用。
そこでmake nameを英英辞典で引く(dictionary.cambridge.org)。make a name for yourselfとはto become famous or respected by a lot of peopleとあり、さらにfamousを引くと、known and recognized by many peopleとなる。
これらをみると、名を揚げる/有名になるということは、many/a lot of peopleにrecognizeされrespectされることであり、権勢をひけらかしたということになるのだろう、それが神の逆鱗に触れたようである。

ところで、この文書をまとめているときに、以下の文章を読んでなるほどと思った。
「ゴジラが皇居を襲わなかった本当の理由」(木走日記)
たしかに関東大震災以降の東京の大災厄といえば東京大空襲であろう。B29の航空路とゴジラの東京上陸ルートが同じというのは卓見だと思う。
そして東京大空襲の66年後に放射性物質が東京を襲った。

そういえばここ10年くらいゴジラ映画は作られていないという(2004年「ゴジラ FINAL WARS)。東映は、東京映画配給社と東横(東京横浜)映画社が合併したものだそうで、社名のとおり東京に根ざした映画社である。だから東映は最低5年に一度はゴジラ映画を作って、東京の厄払いを行うという社会的使命を果たしてほしいものだ。
そして、次のゴジラ映画では、ゴジラが福島県沖に出現し、福一原発に突入して、放射性物質を撒き散らすことなく、むしろ栄養分としてすべて吸収しつくしたうえで、満足したまま太平洋の深海へ帰っていくような話にしてもらいたい。その際、行きがけの駄賃で、新橋の東電本社、霞ヶ関の経産省、文科省あたりを踏み潰していってもらいたいものだ。個々の原発推進者は、ゴジラへの人身御供として差し出すのも面白い。ジジイばかりでゴジラは閉口するだろうが。
しかしゴジラの本質は現代版スサノオノミコトであり災厄神であるから、まあ浜通りはただではすまんだろうね。

この文末を(笑)で締めたいのだが、冗談とも言い切れない気持ちがあって、そうもできない。

Contax TVSとの死闘 もしくは修理覚書

Contax TVSというコンパクトカメラがある。TVS3まであり、それなりに人気のある機種であったが、新品では高嶺の花であった。
しかし、フィルムカメラの人気が急落し、また構造的な欠陥もあるためか、価格も急落した。

以前、極楽堂(新宿区)で格安品を買って、写りがいいので重宝していたが、突然死した。原因はズームリングの付け根にある電源スイッチのようだ。ここは先にも書いたように構造的欠陥ともいうべき部分で、電源という重要部分である割に、ズームリングも兼ねていて、いかにも壊れそうな部位であったが、案の定電源が入らなくなった。

いろいろ復旧法を探ったが、とりたてて情報はない。またメーカーでは修理も打ち切り済み。修理するよりも、別の中古を買った方が安い状態でもある。
写りが良く、広角28ミリが使え、オートストロボも便利なので、中野フジヤのジャンク館で2号機を入手した。しかしピント不良。しばらく寝かしておいて調整を試みた。

試行錯誤の途中だが分かったところまで。

まず、ピント問題の解決のためには、鏡胴の正面から2列目のねじを外す。ネジは3個あり、イモネジで極小であり失くしやすいので注意。
※1列目はねじが小さくて外せないし、そもそもフィルター枠が回転するように出来ているので分解にはほぼ無関係。

すると、レンズ前玉と、ピントを検出すると稼動する部分(円弧状に動く)がある①。この個体の場合、レンズとこのパーツが連絡していないようす。
前玉を外そうと試みる。すぐに外れた(実はこれが問題だった)。
よく見ると前玉回転式で、レンズに固定されたかんぬき様のパーツがあり②、ピント移動時の稼動部分①とかみ合い、一緒に前玉が回転しつつ前に動くはずであるが、②が固定されていない状態になっていた。
つまり、②が固定されていないことによって、すぐに前玉が取り外せた。

ということは無限遠を目で確認してから②のパーツを前玉に固定しなければならない。
しかし、TVSにはシャッタースピードの調整はない(絞り優先+プログラム)。
マニュアルをダウンロードすると、露光時間16秒以上は自動的にバルブになるという機能がある。

そこで測光窓(正面右から2番目)を指でふさぎ、16秒以上の露光としてバルブとする。
この際ピントはオートではなくマニュアルにしておかなければシャッターが切れない(切れにくい)。
この状態で、フィルム室側から摺りガラス+ルーペで無限遠を調整し、適切な位置で接着する。
接着は瞬間接着剤を刷毛で隙間から薄く塗る。
まずは修理完了(と思った)。

しかし、翌日明るい場所で再度無限遠を確認すると明らかにずれている。
ということは、昨日接着した①と②を分離しなければならない。そこで、瞬間接着剤の剥離液を買ってきたが、これが曲者だった。

さっそく、剥離液を流し込むが、びくともしない。さらに流し込む。駄目。そこでネットで剥離液の使い方のコツを読むと、「有機溶剤なので、プラスチック部を溶かす恐れがある」とあった。
しかし、前玉は金属とガラスなので問題なかろう、と思って、再度前玉を強引に回すと、急にパーツが外れた。しかし、パーツ周辺がべたべたする。どうやら剥離剤が接着剤を溶かして、それが再度周辺に飛び散り、べたつき始めたらしい。ここで、本体側のヘリコイドネジを触ると、プラがとけたらしくべたべたする。そして前玉がねじ込めなくなっていた。どうやら、本体側ヘリコイド(受け側)に溶けたプラが流れ込んだらしい。半泣きになりながら、ドライバーで少しずつ削り取る。黒いプラの削りくずが出てきた。
しばらく続けているうちに、受け側ヘリコイドが滑らかになり、再度前玉をねじ込むことができた。
しかし溶剤とヘリコイド削りのためだろうか、①がぽっきり折れてしまった。たんなる細いプラの棒であるから、折れても当然ではあったのだが。

ここで諦めるかどうかの思案橋というところで、頓挫中。
①のパーツの代用品を考えればいいのだが、接着するには面が小さいので持たないだろう。細いドリルで①の根元に穴をあけ、そこに金属棒を差し込んで固定すればよさそうだが、それだけのスキルはない。
とはいえ、ここで諦めるのも癪なので、ちょっと考えよう、と思ったカメラが既に数十台www

もう一度極楽堂で買った方が早いのだが。

東京へのオリンピック招致決定で、福島第一原発汚染水問題の解決は国際公約になった。

つい先日まで、東京でオリンピックを開催したいなどと、何を世迷い事を言っておるかと思っていたが、途中から原発事故処理に話題が集まってきたので、かえって悪くもないのではないかと思うようになってきていた。
それにしても、まさか東京が選ばれるとは思っていなかったが、こうなるとまずは喜ぶべきだろう。
というのは、各国の優秀なアスリートたちが、放射能まみれの東京に来るのは気の毒であることに変わりはないが、一国の首相が、原発事故は問題ないレベルに抑え込むと言った以上、それは守られなくてはならない。
つい一月ほど前までは、原発汚染水漏れはその重大さにもかかわらず、あまり注目されていなかった。俺は、一人でやきもきして、ほとんど心が折れそうになったよ。
しかし、オリンピック招致問題が大きく取り上げられるにつれて、汚染水問題についての辛辣というか当然すべき質問が日本の委員会になされてくるようになった。
そのおかげで、世界中が汚染水問題をどれほど重大視しているか、やっと政治家や官僚も分かってきたのではなかろうか。
原発の爆発はその国周辺で収まる可能性もあるが、汚染水が海に流れ込めば、どこまでも広がる。となると、否応なしに当事者となる国も増える。

日本政府として、世界に対して大見得を切ったのだから、約束を守らなければいけないよ。
かといって現場にしわ寄せをするのはやめてくれ。それではノモンハン事変~太平洋戦争と同じになってしまう。現場がいくら頑張っても、エライ人がバカだとすべて帳消しになり、それを挽回するためにさらに現場にしわ寄せが来る。それが過ぎれば、また敗戦となる。
今度敗戦すれば、文字通り国土を失うことになる。東日本だけで済めば御の字だが、それにしてもそれだけは避けなければならないと思っている。

70年目の米本土攻撃(実際は69年目)ってか

太平洋戦争中に、物資に乏しく劣勢明らかな日本は、ジェット気流に爆弾付きの風船を乗せてアメリカ本土を爆撃しようとした。このころアメリカはB29をバンバン飛ばしていたわけだが。
昭和19年(1944年)11月に、この風船は発射?され、翌年5月オレゴン州に飛来し、民間人が爆死した(女性1名子供6名)。貧弱極まりないくせに、非戦闘員を殺傷するなど、バカバカしいようにみえて悪質である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E8%88%B9%E7%88%86%E5%BC%BE

この風船爆弾以来、2001年の911、アメリカ同時多発テロ事件まで、アメリカ本土は爆撃されたことがなかったという話を聞いたことがある。

さて、現在は平成25年(2013年)、2011年の福島原発事故以来、原子炉冷却によって生じる汚染水の問題は、ずっと問題視されてきていた。しかし東電と民主、自民両政権は真剣に向き合わず、オリンピック招致の段になって、やっと諸外国が重大な問題視をしていることに気付いたが、すでに手の打ちようがない段階に近づきつつある。このことは「あるいは酒、ではなくトリチウムでいっぱいの海」や、「太平洋の黒潮と親潮がぶつかるあたり」でとりあげている。

さて、福島第一原発事故による放射能汚染水がとうとう太平洋に流れ出した。その結果、太平洋は汚染された海となり、1177日(約3年)後にアメリカ本土西海岸に到達、3854日(約11年)後には、むしろアメリカ付近のほうが汚染がひどくなる(ようにも見える)。
http://i.imgur.com/EK143VO.jpg
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-2309.html
http://www.geomar.de/en/news/article/fukushima-wo-bleibt-das-radioaktive-wasser/

これをどう見るか。
東京電力と日本の政治家と官僚によって、誰のものでもないはずの大洋が汚され、また日本に限定せずとも、太平洋に面した国々の食卓を支えた食材の供給が困難になる(もしくは覚悟して食べる)ことは、悲しく、また他国の方々と未来の人々に対して申し訳ないことだと思う。

しかし、一方で開き直った悪魔のささやきがないでもない。
というのは、日本に原爆を落として「頻りに無辜を殺傷し」、また戦勝国のごり押しによって原発を押し付けたのはまぎれもなくアメリカ合衆国である。
東京電力が、日本国に抱き付き心中を仕掛けているのと同様に、日本はアメリカ合衆国に抱き付き心中を迫っているようにも思える。
言い方をかえれば、風船爆弾70年目にして、再び米本土を汚染水によって攻撃しているように見えなくはない。
この結末は、再び日本が焼け野原(もしくは同様の状態)になるのか、それともアメリカ様が無理心中に付き合ってくれるのか。
ちなみに風船爆弾の発射基地のひとつは、福島県いわき市の勿来で、これは福島第一原発にほど近いところである。

それにしても、とばっちりを受けるまわりの人と未来の人に申し訳なくてしょうがない。

俺は俺で、毒水がいきわたらぬうちに、濃くなる前に、魚を食べておきたいと思ってる。ちなみにすでに近海物は避けてます。とくに戻りガツオとかおいしいけれど、福島県沖を通って、関東付近で獲ったものなんか、あんまり食べたい気持はしません。さんまなんかもどうなんだろうね。

あるいは酒、ではなくトリチウムでいっぱいの海

筒井康孝に「あるいは酒でいっぱいの海」という短編がある。あらすじは、水をアル
コールに替えてしまう薬品を発明した者が誤って、それを海に落としてしまう。
すると海の水がすべてアルコールになってしまい…というものだったと思う。

さて、事故当初から言われ続けていたことだが、福島第一原発事故処理の水がとうとうあふれ出た。
そのなかに「トリチウム」という物質がある。その性質は以下のとおり。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-02-20
「将来のエネルギー源として計画が進められている核融合(炉)にかかわる環境・生物影響、とくにトリチウムの人体への影響が注目される。トリチウムはトリチウム水(HTO)の形で環境に放出され人体にはきわめて吸収されやすい。また、有機結合型トリチウム(OBT)はトリチウムとは異なった挙動をとることが知られている。動物実験で造血組織を中心に障害を生ずることが明らかにされ、ヒトが長期間摂取した重大事故も発生している。
トリチウムは水素の同位体で、最大エネルギー18.6keVで平均エネルギー5.7keVという非常に低いエネルギーのβ線を放出し物理的半減期は12年である。
核実験や原子力施設などから主としてトリチウム水(HTO)の形で環境に放出され、生物体へは比較的簡単に取り込まれる。ヒトの体重の60~70%は水分…云々」
ざっくりと整理すると、
・トリチウム(3H)は水(H2O)に近い物質で、人体に非常にとりこまれやすい。そしてエネルギーは低いながらも人体内でβ線を発するため、結果として影響は大きい(らしい)。
・β線は人体に影響を与える、というか具体的には細胞中のDNAを破壊し、正常な細胞分裂ができなくなり、結果として悪性新生物(腫瘍)や白血病(造血組織の生涯)などが発生する場合がある。
・人体のうちの水分は60%~70%、ということは、体内に容易に広がるだろう。
・半減期は12年。ということは、ある程度安定した物質になるのに要する時間は12年以上かかる。

このソースは、一般財団法人 高度情報科学技術研究機構のもので、ほとんど公的機関とかわらないようだから、記述もある程度信頼できるだろう。つまり反原発派の記述ではない。
こういう物質が管理できない状態で自然界に放出されたら厄介なことになる。しかも回収は容易ではないらしい。
東電の資料を見ると、結局のところ、どの方法も難しいということが分かる。
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/roadmap/images/c130426_06-j.pdf
このへんはくどいので文末見てください※。

先にあげた筒井の「あるいは酒でいっぱいの海」の結末は、どうなっているか。たしか、地球上のすべての水がアルコールになってしまい、ついには自分の体内の水分もアルコールに変化し、「たちまちおれは酒になった」。
なぜなら体重のかなりの部分が水分だからね。

さて、福島第一原発の放射能汚染水のうち、トリチウムだけはどうしても除去出来ないらしい(もっとも他の物質も満足に除去されているわけではないようだが)。一方、汚染水は増える一方。だから太平洋に流しましょう、と日本原子力学会の事故調査委員会(委員長、田中知・東京大教授)は言った。
http://www.asahi.com/national/update/0903/TKY201309020521.html

この結末はどうなるか。筒井の短編のように人体にトリチウムが入り込んで、「たちまちおれは」一体何になるのだろうか。ガンか白血病か、はたまた何もなく無事なのか(そうならいいけど)。








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