eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2013-06

sexual fantasy

しばらく前に、ギリシャ・ローマの文物展を見にいったら、性器を露出したり、それを強調したりした彫刻や絵画がいくつかあって、それには「sexual fantasyであって実際にやったわけではない」というような説明がつけられていた。
まあ、昔の人も今の人もエロいことは大好物だということで、たわいもない話なのだが、ここからが本題。

先日、あるところで「田亀源五郎」という名前をみてしまった。タガメとゲンゴロウという水辺の昆虫の名前を並べているので、なんだか面白そうだと思って画像検索したのが間違いだった(いまでもちょっと後悔している)www
ここを見ている方にも検索することをお勧めしません(わりと本気)。

内容は、相当にハードなおとこいろの世界で、執念深いほど書き込まれた体毛やら筋肉やら陰部(というか陽物)を見てしまったときは、ちょっと驚いて、思わずまじまじと見てしまった。ちょっと鼓動が早くなったのは何故なのかwww
しかも、お話の設定が相当にアレな世界で、ちょっと本を買いたくなってしまったのは内緒。
俺からすると、あまりにすごすぎて、ある種のSFとかファンタジーの世界のようでもあるが、そこで先ほどの「sexual fantasy」という言葉を思い出した。
「銀の華」とか、良い子の皆さんは検索しないことをお勧めします。
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あまちゃんの終わり方

NHKの朝の連続ドラマの話題です。
けっこういろいろと話題になっていますね。じぇじぇ、とか。たしかに面白い。
ちょっと前の番組を見ていたら、2009年3月というテロップが流れたり、ナレーションで何度か繰り返したりしていた。
このドラマの舞台は岩手県の三陸海岸の久慈市(そうはいってないが、琥珀の産地だし)であり、もちろん2011年3月11日の震災と津波で被害を受けている。
あと2年経つと震災が起こるわけだが、登場人物はだれ一人そのことを知らないで、それぞれの人生を生きているのを見ると、ドラマを見て笑いながらも、胸が苦しくなってくる。

こういう記事があった。

岩手が舞台、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」脚本担当の宮藤官九郎さん語る(産経2013.4.1)
「震災をフィクションの中に入れることは抵抗がありました。フィクションを楽しもうとする人にとってどうなんだろうと。悩みましたが、やらないのも嘘、それだけをやるのも嘘。それが自分の結論でした。
(中略)ドラマは大半は震災前で、後半に震災が出てきますが、それも含めて全体の26週の中で、東北に限らず元気になってもらえるような作品を作りたいと思っています。」
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/130313/ent13031308030002-n1.htm

たしか、初回のときの最初のほうで、主人公が坂を下って海の方へ行くシーンがあったと思うが、その右側(だったかな)に石碑がちょっと目立つようなかんじで写っていた。たぶん「ここより下に家を建てるな」というような津波の教訓を彫りつけた石碑ではないかと思うが、確証はない。


さて、このドラマ、後半では震災がとりあげられるという。どういうふうになるのか見当もつかないが、俺なりに考えてみた。
2011年には、主人公たちは高校を卒業している。番組を見ているとどうやら上京するようす。脚本の宮藤官九郎は、震災の時、東京にいたようで、自分を主人公にダブらせて地元を離れる設定にするのかもしれない(逆に、だからこそ地元にいるようにするのかもしれない)。
このへんから、俺の妄想だが、遠洋漁業に出ている爺さんは、震災の後に物資を山ほど積み込んで久慈に駆けつけるのだろう。また、種市君はダイバーになっているので、捜索のためにやはり戻ってくるのだろう。
スナックに集う面々の中にも、震災で命を落とす人が出てきそうで、なんだか見ているのが辛い。俺は見ていないが、木野花がマイクで話すシーンがあり、それが津波のときに避難を呼び掛けてそのまま亡くなった女性とダブるという話も聞いた。夫であるでんでんも漁協の組合長であり、最後まで避難誘導をしそうなタイプに見える。この夫婦は息子を海の事故で亡くしてるという設定もあいまって、そのように見えてきて仕方がない。

それにしても、このドラマがどのように終わるのか、なんだか心配でもある(勝手に心配しているわけだが)。
震災でたいへんな目にあったけど、みんな何とか頑張ってます、と終わるのかもしれないし、原発事故で海に潜るのが怖くなったとか言い出すのかもしれないし、2011年の3月11日午前中までで終わるのかしれない(それはないか)。
また、震災がなかった別世界のファンタジーとして、そのまま終わってくれても良いように思うが、そういうこともないだろう。

俺としては、こういう常識や人の思惑を越えた出来ごとがあった以上、当たり前ではない終わり方をしてもいいように思う。

例えば、川島雄三監督の「幕末太陽伝」(昔銀座並木座で見た)の終わり方は当初のプランでは、フランキー堺扮する居残り佐平次(肺病やみ=病弱だった川島監督と重なる)がスタジオを飛び出して、現代の町を走り去っていくというものだった。
※詳細は末尾にあり。

また、アンゲロプロス監督の「アレキサンダー大王」では、20世紀初頭の山賊(通称アレキサンダー大王)が死ぬとき、群衆に踏みつぶされるが、後には死体は見当たらずに大王の頭部の彫刻(トルソーみたいなもの)が残される。しかし、混乱の中、馬の背に乗せて逃がされた、おなじくアレキサンダーという名を持つ少年(山賊の娘が世話している―山賊の幼少期と重なる)が、忽然と現代のアテネの郊外に現われて終わる。
http://movie.walkerplus.com/mv11318/

NHKの朝のドラマで、この二つの映画のような無茶なことはできないと思うし、現代劇なので、過去から現代に飛躍することはできない(その逆はありそうだが)。
よくあるように、ドラマでは描写しにくいところはとばして、いきなり50年後の未来から過去を振り返るようなかたちで終わるというのもありそうではある。
しかし、クドカンには俺の予想もつかないような、そしてなにかを慰撫するような、あからさまではない控えめな希望がかんじられるような離れ業的エンディングをお願いしたい。
ほんとうにどのように終わるのかね。その終わり方は、あんがい世相に影響を与えるような気がする。

なんか、まとまりがつかないままだが、考えていることを書きとめておきたかった。


※「幕末太陽伝」の最後の部分、脚本段階では、主人公佐平次は海沿いの道ではなく、杢兵衛に背中を向けて走り始めると墓場のセットが組まれているスタジオを突き抜け、更にスタジオの扉を開けて現代(昭和32年)の街並みをどこまでも走り去っていくものであった。佐平次が走り去っていく街並みはいつかタイトルバックに登場した北品川の風景になり、その至るところに映画の登場人物たちが現代の格好をして佇み、ただ佐平次だけがちょんまげ姿で走り去っていくというものだったという。これは川島がかねてから抱いていた逃避願望や、それとは相反する形での佐平次に託した力強さが、時代を突き抜けていくというダイナミックなシーンになるはずだったが、現場のスタッフ、キャストからもあまりに斬新すぎると反対の声が飛び出した。川島が自らの理想像とまで見なしていた佐平次役のフランキー堺まで反対に回り、結局川島は現場の声に従わざるを得なかった(但し、フランキー堺は後に「あのとき監督に賛成しておくべきだった」と語っている)。
wikipediaより

早稲田古本市 今回の戦績

早稲田大学で古本市をやっていると聞き及びまして、とりあえず行ってみました。
以前は正門のすぐ内側にテントが出ていたのだが、今年は建築工事をやっているので、大隈さんの銅像のさらにうしろのほうでやっておりました。

まずはテント内を物色。あまり目ぼしいものはなさそうだが、目を凝らすと(乱視&老眼なので)、「アンゲロプロス 沈黙のパルチザン」(ヴァルター・ルグレ フィルムアート社 1998)が1,200円であった。すかさず購入。
この本はほとんどないか、あっても高価です。amazonだと最安値で3200円くらい。
とりあえず1勝です。
この古本市、あんがい掘り出し物があって、以前、鬼海弘雄の「やちまた」も見つけた。
期間中にもうちょっといろいろ探したいですな。


ということで、後日また行ってきました。
収穫は、荒木亨先生「木魂を失った世界のなかで―詩・ことば・リズム」(朝日出版)を1,000円で見つけた。
というか、荒木先生の本は訳書も含めてなかなか見かけないので、値段はいくらでもいいのだ。
それと、阿部謹也「自分のなかに歴史をよむ」(ちくま)。これは機会があれば若い人のぜひ読んでもらいたい。
写真関係の掘り出し物が見つけられなかったのが残念だが、次回が楽しみです。

別に古本屋さんと対決しているわけではないが、なんとなく狩りのような気分が毎回あって、なんでかこのような書き方になってしまった。

藤城清治「影絵横丁」展

銀座教文会書店で開催しているので、見に行った。
テレビで、福島第一原発のそばの影絵を作成したとやっていたので、それを見たいと思って行ってみた。
会場は、せまいところに沢山の作品があって、ちょっと窮屈であったが、見応えがあった。
ところで驚いたことがいくつか。
ひとつは、藤城清治と東郷健(ゲイ文化の旗手?)が親戚だったということ。小人の影絵の人が、ゲイの雑誌の表紙を(暮らしの手帳と並行して)描いていたというのもちょっと不思議なもんですが、けっこう反骨心が強いらしいことを考えると、なるほどとも思う。
藤城氏は戦争中にもかかわらず、女の子の絵を描き続けたそうで、軟弱そうでいて太いところがあるのではなかろうか。
またケロヨンというカエルのキャラクターも藤城氏のものだったのは知らなかった。

ところで、震災に関する作品とデッサンがいくつかあった。とくに南三陸町の防災庁舎は、カラーのデッサンから、写実的な影絵として作品化され(折り鶴が空に飛んでいく)、さらに小人がいるような藤城ワールドの作品に変化していくのを見ることができた。

2013060201.jpg

2013060202.jpg

また、福一原発あたりを描いた大作の右側には、宮澤賢治の言葉が添えられていた。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。」

作品に添えられた言葉のなかに「がれきは美しい」と書いてあった。
俺は、写真家六田知弘さんの「時のイコン」展でガレキの写真を見て「美しくないとは言えない」とまでしか言えなかったが、藤城氏は「がれきは宝石よりも美しい」と言っていた。
思えば、藤城氏はあまり口にはしないが、戦争体験、とくに東京在住だったので空襲の体験をもっているはずで、さまざまな修羅場を見たうえでの言葉なのではないかと思う。
そういえば、軍艦島の影絵のシャープな表現は、メルヘンを裏打ちするなにか硬質のものの存在を感じた。

藤城氏は、猫や小人などかわいいもの、美しいもの、か弱いものを大事にしているのであるが、それを守り抜こうという意志は非常に強靭であるのだろう。

それにしても、もうちょっと広いところで見たかったです。
まあでも、猫と小人はかわいいですね。




藤城清治さん:個人美術館プレオープン 被災地再生を祈念 毎日新聞 2013年05月02日
http://mainichi.jp/feature/news/20130502k0000e040172000c.html

「南三陸町防災庁舎・がれきは宝石」
 影絵作家の藤城清さん(89)の作品を集めた個人美術館「藤城清治美術館」が先月26日、栃木県那須町にプレオープンした。展示作品は童話やメルヘンの世界だけでなく、東日本大震災の被災地を描いたものも。「生きる喜びや希望というメッセージを次世代に伝えたい」という藤城さんの強い意志が、一つ一つの作品に込められている。
 藤城さんは「光と影の詩人」として、透明感のあるメルヘンタッチの作風が幅広い年代の人に愛されてきた。
 今、東日本大震災を描くことに力を注ぐ。美術館の一角には、被災地を題材にした作品が並ぶ。震災後、被災地に何度も足を運んだ。思いを寄せたのは、今も残るがれきや建物の残骸だった。
 宮城県南三陸町の防災対策庁舎を描いた「南三陸町防災庁舎・がれきは宝石」は、鉄骨だけが残った庁舎が青白く光り、色とりどりのハトが飛び立つ。藤城さんの分身でもある「こびと」たちが笛を吹き、ろうそくを掲げ、大地からはオーロラのような光が湧き出る。鎮魂と再生への願いを込めた作品だ。
 「すべて生活していた人々の生活の土台だったもの。いろいろな思いが詰まっていて、美しい風景よりも美しく、尊い。芸術にするにはあまりに現実的過ぎるけれど、絵描きなりに目を背けずに描かなくてはいけない」
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