eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2013-01

バカはサイレンで泣く、というらしいが

なんか、雑誌にそういう記事があったな。別に見ることもないのだが、ちょっと思い出した。

先日、母を連れてうちの子の(つまり孫ですな)発表会に行ってきた。出演時間は15分くらいか。母の暮らす介護施設のある町のほど近くなので、車で連れて行った。
無事出演も終わり、それなりの出来に、それなりに拍手して母は満足そうであった(が、孫本人は出来が思うようでなかったらしく、後でけっこう荒れていた)。
さすがに年なので、ホール内の階段を歩くスピードが遅く、席に着く前に演奏が始まりそうですこし冷や冷やしたが、まあ仕方がない。

ともに夕食をとろうと思ったが、寒い日なので用心して、遅くなる前に介護施設に連れて帰った。
介護施設に送り届け、そとに出ると、だいぶ日も落ちている。
すると、突然サイレンの音が鳴り響いた。時間は6時を少し過ぎたころで、6時ぴったりの時報ではないようだ。田舎だと、朝夕定時にサイレンが鳴ったりするところもあるようだが、この都下西部の市ではそういうことはないだろう。
母が住んでいた相馬市では、火事が起こるとサイレンが鳴ることになっていて、回数によって発生した場所が分かるようになっていた。例えば、1回なら町うち、2回なら海沿い、3回なら山沿いというような。
今日のこのサイレンは何だろうか。緊迫感がある音だったので、火事のサイレンを思い出した。
そんなことを考えていたら、なんだか目のあたりがもやもやしてきて困った。

なお、後で調べたら、やっぱり火事を知らせるサイレンでした。東京でもこういうことがあるんだな。
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最近の朝日新聞を読んで

1.1月14日付けの朝日歌壇にて、朝日俳壇賞2012年の金子兜太選の入選句として、

 三月十一日去年(こぞ)となす初明り   (横浜市)猪狩 鳳保

という歌が選ばれていた。

作者の詞書として、「毎年元旦には、日帰りの旅をしている。車窓から見る初富士に、昨年は特別の想いがあった。この大震災の記憶だけは、決して風化させてはならないと」とあった。
この方は横浜在住の方のようであるが、「猪狩」という姓は、福島県双葉郡に非常に多い。震災前から横浜に居られたのか、それとも3月11日を期に横浜に移られたのか分からぬが、どうもそのへんも相俟って、なにか気になる歌であった。もっとも金子氏はそこまで考えずに選歌したと思うけれど。

2.1月15日夕刊の新聞小説「私はテレビに出たかった」の吉田戦車の挿絵は、どうも間違いのように思える。
この挿絵の中央に、パーフォレーションつきのフィルムの数コマが描かれていて、そこに蛇の絵が描いてある。このコマの向きが問題である。普通のカメラでフィルムを詰めて写真を撮ると、縦24mm、横36mmの画面となる(パーフォレーション8個分)。しかし、映画の場合、横24mm縦18mmの画面サイズ(パーフォレーション4個分)となり、コマの向きが逆になる。
吉田戦車は、エドワード・マイブリッジ(Eadweard Muybridge)の馬の連続写真あたりと混同してしまったような気もするが 。「eadweard muybridge horse

ちなみに、マイブリッジというと、Philip Glass の The Photographerという作品を思い出す。
全曲はこちら。


お急ぎの方はこちらで。




それにしても、手抜き除染の問題を早く「プロメテウスの罠」で取り上げてほしい。

NHK「こころの時代」

1月17日の前後から、阪神大震災の写真がいくつか取り上げられていて、そのなかでも生田神社の拝殿が壊れた様子が目に残った。
例えば、このなかのはじめの3、4枚のような写真です。「生田神社 震災
これを何というべきか。まるで飛び立とうとした鳥が崩れ伏したような、悲惨とも崇高ともいえるような有様だった。

今日NHKの教育テレビ「こころの時代」で、生田神社宮司の加藤隆久氏が、震災からの再建について話をしていた。そのなかで、この崩れた拝殿について、こう詠んでいた。

うるはしき唐破風持ちし拝殿は 地上に這いて獣のごとし

加藤宮司の目には「獣のごとし」とうつったのだろう。

加藤宮司の父上は、あちこちの神社を再建したという。生田神社は水害、空襲、地震でなんども壊れ、そのたび再建された。なにやら因縁めいたものを感じた。
この番組では、ほかに祭りの大切さや日ごろの心掛け等について話されていた。
祭りはもともとイデオロギーや利害等関係なく、老若男女が集うことによって活気が生まれるということで、阪神大震災の翌年、シンディー・ローパーがコンサートのときに神戸が好きになったので、豆撒きにやってきたりしたという。
また「清く正しく美しく」とはよく聞くが、加藤宮司は「清く明るく正しく直く」と言っていた(神道ではよく言うらしい)。

他に紹介されていた歌は、以下だったと思う(TVは録画せず、あとでネットから歌を拾いだした)。

朝まだき 床持ち上ぐる上下動 怒濤の如き南北の揺れ
マグニチュード七・二てふ大地震(なゐ)は 神戸の街を崩(く)ゑ散(は)らかせり
あのビルもこの家もまたかの店も 瓦礫と化して蹲(うずくま)りたる


この番組、見て良かったです。

年末年始

年末年始を、全く帰省せずに過ごすというのは上京以来初めてのことだったと思う。
昨年から母が東京に移ってしまったので、帰郷する理由も薄れたのだが、それにしてもさびしいものです。

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2013011205.jpg 藝大の構内の大樹

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ここまで年末。


ここから新年。
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長谷川等伯「松林図屏風」の特別公開を見に、上野の博物館に行ってきた。先年の特別展では、混みすぎてよく見られなかったが、今回も正月なのに(だから?)人が多かった。夕方4時ごろになると人も落ち着いてきて、ゆっくり見ることができました。
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等伯のこの絵の右隻 左隻 をずっと見ていると、なんだか起承転結の流れがあるように見えてきた。全体としては、木立が4ブロック、合間に遠方の山が入る。
まず右隻の右端の木の枝ぶりの左側、ムード歌謡のコーラスの人のように手招きしているように見える(デュワワワーと歌いながら)、いわば「起」。そのすぐ左が空白であるが、無ではなくて霧がかかっているわけなので、木々と霧でひと組ということを最初に示しているのかなと。
次の木立は、「起」を受けての「承」。Tシャツの図柄になっているくらいで、最初の頂点だろうか。
次に左隻に行くと、まずは遠方の山に視線が移る=「転」、そして遠方から左に木立伝いに移動しつつ手前に戻ってくる。
最後にまたひとむれの木立があって根元までしっかり描いてあり、現世(というか俗世・人の世)にも戻ってくる、みたいな。

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落ち着いた静かな1年であることを願っています。

相馬弁研究所というサイトがあって

昔NHKで、「ダーマ&グレッグ」というコメディを放映していて、なぜかボブ・ディランが出演したりして、面白い番組であった。
しかし、なんだかよくわからないうちに終了してしまった。たしか、NHKのとき、はっきりしたエンディングはなかったように思う。話がまとまらないうちに、唐突に来週からは違う番組が始まることが表示された。
あとで調べてみると2001年の911テロ後の世情の変化により、コメディを放送し続けることができなくなって、終了したという。
たわいもないといえばそれまでの番組であったが、無くなったときはさびしかった。

ところで、相馬弁研究所というサイトがあって、311の震災以降は更新が休止し、いちど途中経過を説明したがすぐに削除、昨年末に「更新テスト」という書き込みがあって、コメントもだいぶついたが、その後は書き込みなし。いまはコメントも書けない状態になっている。
内容としては、やはりたわいもないものであったが、相馬近辺の出の人にはとても面白いものであった。しかし、311以降、そのようなことを書くというのは、とても難しいことだろう。
また、まちBBSを見ると、職務(公務員らしい)を放棄して逃げたことを批判されている
俺はむしろ正直な人だなと思うだけだが。

こういう事情もあると、新たに文章を書くにしても、何をどのように書くか、とても難しかろうと思う。

最近つくづく思うのだが、どうでもいいようなことでハハハと笑いあえるような人間関係はなかなか得難いものなのだが、無くなってしまわないとその大事さが分からない。
もういちどその状態を再現しようとしても、いったん失われると、後で似たような状態になってもわだかまりが残っていたりして、もう元には戻らない。

日常生活にあるものは、たいてい、ありふれていてそれほど大切に見えないようなものばかりなので、なかなか有難みが分からない。
相馬弁研究所は、そういう日常を前提にしていたように思うので、再スタートするのは難しいのだろう。

ここで大上段に振りかまえて、話を進めるか。それともさりげなく以前のように日常の出来ごとを書き始めるか。
原発の再稼働はすぐだったが、相馬弁研究所の再稼働には時間がかかるかもしれない。

近代美術館60周年記念特別展 「美術にぶるっ」(もうちょっとタイトルを考えたほうが)

昨日、竹橋の近代美術館60周年記念特別展 「美術にぶるっ」を見てきた。午後2時には入館していたのだが、あっという間に閉館の5時になってしまうくらい充実したものだった。

いくつか心に残ったもの。思い出すかぎりで。
第1部では、
・大観「生々流転」、全部追いかけるだけでもだいぶ時間がかかる。最後に龍が出てきてた。
・岸田劉生「麗子肖像(五歳)」「切通」「麗子宛の手紙」、切通の盛り上り感はすごい。手紙もかわいいです。
・関根正二「三星」、ちょっと離れると、みょうに生々しく見えてきた。
・橋本平八「幼児表情」、唇を突き出した表情で、うちの子の小さいころを思い出した。
・田村孝之助「佐野部隊長還らざる大野挺身隊と訣別す」
・藤田「アッツ島玉砕」「サイパン島同胞忠節を全うす」、戦争画を見ると、いつもなにかが沸きあがるのだが、それが何かまだよく分からない。
・写真では大辻清司「手相」、須田一政「夜の白馬」、スティーグリッツ「三等船室」等、名作多数。だが、このへんはちょくちょく見られます。
・速水御舟「丘の並木」「茶碗と果実」、とくに「並木」の4本の木の立ち具合が良い。葉が付いていないが、なんとなく赤みを感じて背景も明るいので、春先の景色か。「茶碗と果実」は日本がでセザンヌの静物画をやってみたようなかんじ。どちらも家に置きたいw。
・福田平八郎「雨」、有名作品だが、あらためて見ると、雨の降り始めの瞬間という時間性を強く感じる。なんとなく木村伊兵衛を思い出したり。
・草間弥生「冥界への指標」は相変わらず怖い。その他、60年代の初期作品(第2部)も良かった。
・舟越保武「原の城」、兜をつけた頭。正面のある角度(ちょっと下側から見ると、まことの亡霊のように見えてくる瞬間がある。
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・クレー「花開く木をめぐる抽象」、頭がぼーっとするくらい見ていると、紫陽花にみえてきた。なんか2次元なのに3次元的に盛り上がってきます。

しかし、本当のみものは第2部。
原爆後のニュース映画からはじまり、土門拳と川田喜久治を対比させ、50年代から前衛も花森の「暮らしの手帳」も巻き込んだ、たいへん力が入った展示だった。
詳細を書くときりがないので書かないが、時間が足りなくなったのは、この第2部のためかもしれない(他の人は第1部だけでも十分かもしれないが)。
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会期もわずかなので、行く場合はたっぷり時間をとって行くのがよろしいと思う。
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