eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2012-12

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今年最後の「旅芸人の記録」

12月29日~1月4日まで、キネカ大森で「旅芸人の記録」を上映している。
今年の見納めとして、さっそく行ってきた。
結局今年は4回見たかな。
何度見ても良いのだが、さすがに今年はこれでもう良いかもw
今回の上映は途中で休憩が入るので、ちょっと楽かもしれない。
といいつつやはり4時間近くあるので大変ですが。

さて今回の上映は、今年亡くなった若松孝二監督に捧げたものだという。
以下引用。

“ギリシャの巨匠、テオ・アンゲロプロス監督、事故で急死” のニュースが流れたのは2012年1月24日。テオ・アンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」を敬愛していた若松孝二監督も、2012年10月に突然の事故で逝ってしまいました。生前、若松監督は「俺も『旅芸人の記録』のように拍手で送って欲しい」と発言されていました。葬儀の際、最後の旅立ちはこの映画のワンシーンに倣った万雷の拍手が湧き起こったそうです。今回は追悼を越える意を込めて上映いたします。


「旅芸人の記録のように拍手で送って欲しい」というのは、エレクトラ(主人公、だろうな)の弟オレステスが山にこもってゲリラ戦を続けていたが拘束され、拷問によって転向を迫られたが拒み、最後は死刑になる。
その亡骸を旅芸人の一座が埋葬するとき、みんなが拍手で送る。芝居が終わったときのように。そのことを指しているのだと思う。

若松監督の映画は、勉強不足で一本も見ていない。
しかし、昨年のNHK教育「ようこそ先輩」に出ているのを見て、感ずるところがあった。
原発事故の映画を撮って欲しかったな。




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冬の町をふらふらと

先日誕生日を迎えたが、天気が悪く、例年のように町をふらふらと歩いて写真を撮ることができなかった。
日は過ぎてしまったが、改めて町を歩いてみた。
※ちょっと前の写真も入っております。


護国寺、黒猫様のお出迎え
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久しぶりの免許証更新 都庁
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雑司ケ谷霊園界隈
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浅草へ
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神谷バーに入り、ビールと電気ブランで我が生誕を一人祝す。

浅草寺のお御籤は良くなかったが、永井荷風にならってもう一度ひいたら今度はまずまずだった。
荷風は大吉が出るまでお御籤をひいたらしい。


上野公園
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国立博物館
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国立博物館で「中国 王朝の至宝」を見る。お土産に金製仮面がほしくなったが、ガチャガチャに仕込んである。1回400円。気合いを入れてやってみたら1回で大当たりだった。

広尾
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六田知弘さんの写真展
「ひかりの素足 シェルパ 再び」@広尾YYZギャラリー(12/17-12/24)

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民主党と排除の構造

以下、けっこう適当に思い付きで書いたので、さらっと読んでください。妄言ですw

人間集団のとらえ方に、「理念追求型集団」と「利益追求型集団」に大別されるという説がある。もちろんこれ以外にもいろいろ言えるのだが、ひとまずそう前提する。
例えば行政組織は、市民の幸福を追及するという理念を追及する集団であるはずだし、普通の企業は利益を追及する集団であろう。
ただし、往々にして理念追求型であったはずの集団が、自らの利益を追及する集団になってしまうことがあるという。例えば「省益あって国益なし」というような、省庁の独善性をいう言葉があった(ある)。自らの省庁の保身と拡大ばかりが念頭にあって、仕えるべき国民が不在になっている。さて、現状はどうか。

ところで、先日の選挙では民主党が大敗した。そうだろうなとは思ってはいたが、これほどの大敗とも予想しなかった。一方自民党は大勝した。

民主党のこれまでの経緯をみると、人集め担当の小沢氏、出資担当の鳩山氏の二人が中心となり、保守系の政治家から、リベラル~多少左翼的な労働組合関係者までを幅広く糾合させ、大きな集団を作ることに成功した。
しかし、2009年の衆院選に大勝して以降は、理念に合わない(民主党らしくない)とされる人々をどんどん排除しだし、最終的には創設者の2人までを追い出した。
これでは、人間集団の内容が浅く薄くなり、魅力と能力がなくなる。そして今回の選挙では大敗した。
このようなことは理念追求型の集団には時折あるようで、例えば連合赤軍事件など理念(とされるもの、実態は思い込みや感情のもつれなど)に適合しないと思われる人をどんどん排除していった。この場合の排除はリンチであったので凄惨な事件となった。これの大規模なものが文化大革命であり、スターリン主義であったともいえる。
しかし、スターリン台頭以前、トロツキーが元気であったころは、社会主義リアリズムとはむしろ反対であるような文化活動をするフォルマリストらの芸術家たちも「同伴者」として排除しなかった。

一方自民党は保守政党であり、保守であるということは基本的には現状肯定・追認であろう(そこからの改善による更なる利益が目標であろうが)。現状肯定的であることは、基本的には理念は不要である。また利益をおなじにすれば、排除よりはむしろ互いに集まろうとするだろう。例えば同業他社は本来ライバルであるはずだが業界団体を作れば互いにとって利益となるので、互いを排除し合わずに、むしろ集団を作ろうとする。

実態はわからないが、普通の市民からすると民主党は多様性を失ったように見え、その対照として自民党は多様性を失っていないように見えたのかもしれない。そもそもかつての自民党(小泉氏より前)は左右かなり幅広い人材をそろえていたことも合わせて思い出されたろう。
ちなみに排除の構造に陥った小泉氏は郵政選挙では大勝したが、その結果痩せた自民党は次の麻生内閣では大敗した。

今のところ、自民党政権下では原発廃絶は足踏みしそうに見える。自民党政権下でも粛々と原発廃絶してくれればそれでもいいが、そうでないなら政権交代が必要であろう。
そのためには、理念追求的でありながら排除の理論ではない政党・政治集団が現れなければならない、などと考えてみた。

逆風のときは

寝たままやりすごせ、というのが勝海舟風。俺の場合は、自分のやるべきところだけはしっかりやって、時期を待つというふうにしている。
逆風といっても、結局は原発政策しか考えていないので、再稼動を全面的に推進するように見える自民党が選挙で大勝したことがおそろしくてしかたがない。
昔風の自民党であれば、ポーズだけでも多少は頭を冷やすふりはしたものだろうが、今回はどうだろうか。原発の廃絶が後戻りすることは確実だろう。
近い将来、原発の限界が来るのは目に見えているが、それに気づいてから廃炉を進めるのでは遅すぎるし、地震多発の時代に入ったことを考えると、果たして間に合うのかという心配がある。地震が来ないことを祈るのみです。

幸いなことに?安部さんの地元では原発を誘致する声があるそうだから、新規に作るならば山口県にお願いしたい。そうすれば、原発推進派も満足するのではなかろうか。またアメリカとの関係を重視し、またアメリカも日本に原発をやめてほしくないそうなので、核廃棄物をアメリカに引き取ってもらうのもこの際だからいいように思う。親米派政権ができるので、せっかくだからお願いしたい。やはり原発は砂漠のような広大な不毛の場所(といってはいけないのかもしれないが)を持たない限り無理だろう。処理法が確立するまでモハーベ砂漠あたりに、ドライキャスクにいれた放射性廃棄物を預かってもらいたいものだ。

小沢一郎という人のこと

本日は選挙です。夕方に行く予定。棄権はこれまでしたことがない。

ところで、しばらく前から小沢一郎という人が気になっている。もともとは自民党の田中派で、黙っていれば安泰だったろうに、自民党を飛び出して以来、いろいろな党を作っては放逐されたりしている。
今回は滋賀県の嘉田知事を党首に日本未来の党を立ち上げ、(おそらくは)劣勢の選挙戦を行っている(いた)。
嘉田知事は、なんとなく日本版緑の党(もっと体制寄りだが)を目指しているようにも見え、そこでの小沢氏は裏方である(黒幕とも言われる)。
普通の人ならばそろそろ先行きの無さに絶望して、政治の世界から離れたり、もしくは大勢のほうに戻って権力に近づいたりするのだろう。そうではなく何度でも党を作って、選挙で信を問うあたり、非常に粘り強く、決してあきらめない人のようで、そういう意味では大したものである。

一方で検察審査会による起訴について考えると、検察が裁判をいったんあきらめた案件を再度持ち出して、起訴しなおすあたり、ある方面には蛇蝎のごとく嫌われ、あるいは恐れられているようである。

ご本人にとっては逆境続きだろうが、そこまでして政治を追求しようとするその理由が分かるようで、まだ分からない。あからさまに理由を言うと身が危うくなるというような陰謀論的発想を言う人もいるし、単なる権力の亡者という人もいる。
一つ考えておきたいのは、菅氏と小沢氏の民主党の党首選に、検索審査会の案件をぶつけてきたことである。あれ以来民主党の凋落が明確になったように感じている。
※鳩山氏(出資者)と小沢氏(権力、人)を提供した創業者を追い出すというのは、普通の感覚ではあまりに情がないので、民主党からはどうしても民心が離れるのだろう。

いろいろ考えているが、既に投票日を迎え、自民党に政権がかえりそうな風向きではあるが、原発事故について総括してない党であり、自らの一票をここに入れることだけはない。ではどうするか。あと数時間考えてみたい。

GRDの使い方

今となってはだいぶ型遅れのGRD(初代)を使っているが、最近やっとこのカメラの使い方がみえてきた。
このカメラは28ミリレンズが固定で、21ミリのワイドコンバージョンレンズと40ミリのテレコンバージョンレンズがある(ただし40ミリは一種の欠陥商品で使い方に注意が必要)。
このコンバージョンレンズをつけたり、28ミリにレンズフードをつけるときに、アタッチメントをつける。
これまでは、28と40ばかり使っていたので、交換するたびにアタッチメントごと外していたが、久しぶりに21ミリを使うときに、アタッチメントを外さず、ねじ込み式レンズヘッドだけを交換していたのだが、考えてみれば28ミリのときもアタッチメントは外す必要はない。
ということは、標準28ミリとして、レンズ交換の際はくるくると10回程度ねじ込んで使えばいい。そうすればLマウントライカやM42スクリューマウントレンズのように使える。
やっと自分なりに使いこなせてきた。

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ポピュリズムを逆手に取れ。

選挙が近づいていますが、いろいろな党が出ていますな。

今月の講談社G2を読んでいたら、こういう記事があった。
「小沢一郎妻に「離縁状」を書かせた男」。けっこうおもしろいです。
http://g2.kodansha.co.jp/17703/17875/18694/18695.html
今回の選挙でも、小沢一郎が突然滋賀県の嘉田知事を持ちあげて日本未来の党をつくるあたり、やっぱり台風の目といえるのだろう。
橋下さんは、台風の目になる前に、慎太郎前都知事と組んで失速してしまったように見える。

この小沢一郎という人、世紀の大悪人のようにいう人も居て、裁判もあったりしたが結局起訴されなかった。検察に代表される官僚やあの裁判を後押ししたマスコミたちは一体何をしたかったのだろう。
一方で、心酔している人も居て、よく分からない。
G2の記事のように、買被りせず、悪党と決めつけもせず、冷静に見ていかなければならないと思っている。
まあ、でも震災後一番先に岩手県に被災者住宅ができた件、さすがだとは思っている。

ところで、日本未来の党は、原発を10年以内に廃止するといっており、その点で大衆迎合的であり、ポピュリズムであるという意見がある。
経済のことを考えれば、そんなにすぐには止められないはずで、むしろ無責任な発言であるということのようだが、果たしてそうか。
福一原発の収束もできず(政府は宣言したが、メルトダウンした以上そんなにうまくいくはずがない)、除染も進まず、さらに処分できない使用済み燃料をこれ以上増やすのは自殺行為である。
また嘉田党首が、選挙の第一声を飯館村であげたという。ちなみに聴衆は10人だったそうだ。これを意味あることと考えるか、大衆に受けることを狙ったスタンドプレーと考えるかまだ判断がつかない。
が、ほかでもない飯館村に行ったことは非常に象徴的な意味があると感じた。

でも、このポピュリズム(といわれていること)を逆手にとってもいいのではないかな。
今ならば、原発廃絶に賛成の人も多かろう。それが深く考えずに雰囲気だけでそう思っているのでも構わない。
地震国である以上、原発の安定稼働は難しい。まして昨年の大震災以来、地震の活発期に入っているそうなので、なおさら危ない。
だから、とりあえず今の勢いだけで原発を止めてしまうのが良い。後のことは、それから考えればよい。
経済活動は生活に付随するものであり、さらにいえば生活の後に来るものであって、生活が経済活動のために犠牲になっては意味がない。
経済の語源である経世済民は「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」が本義であり、のちにeconomyの訳語として経済という省略形が使われることになったようだ。さらにeconomyは、ギリシャ語オイコスから生まれた言葉であるが、オイコスとは家であり家政術であって、やはり生活が先にある。

そこまで考えなくても、子孫に災厄の種を残すのは普通の感覚を持つ人ならば恥ずべきことと思うであろう。その感覚が大事なのであって、これを仮にポピュリズムと呼び、それによって政治をおこなっても大きな問題はあるまい。
原発事故が再度起これば、(政体である以上に故郷としての)国を失うのと同じことだから、それと比べれば大した問題ではない。

悪党といわれる小沢氏の差し出した椅子に平気で座る嘉田党首もなかなかのしたたか者だろうし、何度叩かれても挫けない小沢氏もまともではない。
だが、それだけのものでなくては、悪魔的でもある原発問題に対処できないだろうと思う。歌舞伎の河内山宗俊(「天衣紛上野初花 くもにまごううえののはつはな」)では、「悪に強きは善にもと」というセリフがある(この場合の善は原発停止だが)。

それにしても自民党の原発停止については10年間考えます、ってのだけはないな。バカだから10年間思考停止するのだろう。その間に、また地震が来たらどうする気なんだか。
安倍さんの地元が原発を誘致したいという話があるそうで、それならば全国の原発を止めて、上関原発を作ればいいのです。
冷たいようだが、中国地方で原発事故が起きても東京や東北まで来なければ、それでいい。原発周辺の人たちはとても辛く悲しいことになるはずだが、この期に及んで新たに原発を作ろうとするならば仕方がないとしか言えない。

勘三郎が亡くなった。

勘三郎というと、まだ頭に先代が頭に浮かぶくらい歌舞伎から離れていたので書く資格などないのだが、それでもこれほど早く亡くなるとは。たしかに危ないという噂も聞いてはいた。
まだ60歳にもならず、これから円熟期だったろうに。

ところで、この方を見ると、かつて共演した藤山直美との連想からか、藤山寛美を思い出してしまう。
寛美は、長生きするよりも、舞台に打ち込んで太く短く生きたいと常々言っていて、その通り死んでいった。普通の人の何倍も濃密な人生だったのだろう。
勘三郎も、命を売り惜しみせず、舞台を駆け抜けていったのだろうか。せめて新しい歌舞伎座に出てもらいたかった。
なんでも出来る人の印象があるが、例えばきれいな人の役をやってもなんとなく町娘や若い衆風の風情があって、玉三郎のような気高さとは違う方向であったが、そこが歌舞伎らしくて良いように思っていた。
※玉三郎はむしろ文楽の人形のような、生臭さ(人間臭さ)を越えたところがあるように思う。

いまは自分自身が落ち着かない状態が続いているが、いつか落ち着いて、以前のように歌舞伎座の3階席にちょくちょく行けるようになったら、この方も当たり前のように出演しているのだろうな、と漠然と思っていた。
勘三郎だけがいなくなったわけではなくて、名付けにくいなにか良いものも、一緒に遠くに行ってしまったような気がする。

秋の様子

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