eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2012-09

最近のこと-2

・福島第1原発4号機の燃料プール瓦礫撤去作業で、遠隔操作のクレーンが操作を誤って、鉄骨をポール内にとり落とした。いずれ起こるとは思っていたし、これから長い年月をかけて瓦礫撤去を行い、その後さらに長い年月をかけて燃料棒を取り出すのだから、似たような事故は起こるのだろう。なんとか、大きな破綻を招かぬよう作業を進めてもらいたいものだ。このへんで触れています↓
https://twitter.com/Happy11311/status/250906389004828672
https://twitter.com/Happy11311/status/250907045635706880
https://twitter.com/Happy11311/status/250907411433545728
それにしても、茨城県や福島県でちょくちょく地震が起きて、そのたびに原発の状態が気になって仕方がない。いつまでこんなことが続くのだろう。俺が死ぬまで続くかもな。
※それにしても9月30日は台風直撃ですな。心配だが、どうすることもできない。

・小熊英二さんという論客(でいいのかな)がいて、あまりにイケメンなうえに慶応大教授だったりして、嫉妬の炎に身を焼かれるので、著作はほとんど手にしなかった(というか分厚すぎるので読む根気が続かないのです)。先日ニュースを見ていたら、官邸前で金曜夕方毎に抗議行動している人たちが、野田総理とあっている場面で、デモをやっている側に小熊氏が座っていて、なるほどと思った。
この方の最近の著作で「社会を変えるには」(講談社現代新書)というのがあるが、そのコピーに「デモは社会を変えられるのか」という設問がされていた。そういえば、柄谷行人だったかと思うが(この方もほとんど読んでない、済みません)、反原発デモで何が変わるかといえば、とりあえずデモが出来る世の中に変わる、とか言ってた(と思う)。なんか同語反復のようであるが、けっこう大事なことを言っているように思う。
官邸前のデモは、昔のデモと違って、官憲とぶつかりあったりしないし、党派性も薄い。そこが問題だという人もいる。このへんを俺なりに整理すると、デモによって社会のシステムが変わらなければ、デモの意味がないという立場と、システムがすぐには変わらなくても、そういう表現(デモ)ができるだけでも既に世の中が変わってきているという立場があるのだろうと思う。
これについて大学時代に聞きかじったロシアフォルマリズムの考え方をもとにさらに言葉を足すと、こうなる。
例えば、ロシア革命で社会体制は変わったが、人々のものの考え方は変わらなかったので、けっきょく最終的に赤い貴族と皇帝が生まれた(=共産党指導部と書記長)。1920年代ころに、その危険性に気付いた人たちが、芸術運動としてフォルマリズム等を展開したが、つまりは社会体制ではなく、ものの考え方の面での革命を行おうとしていた。だから、けっこう前衛的なことをやっても「同伴者」(cf.同伴者文学)として、トロツキーあたりはサポートしていた。革命は社会体制は変えられるが、社会を構成する人々の考え方まではなかなか変えられない。その部分は芸術の仕事だろうという発想である。
これを参照しながらデモについて考えてみる。デモで社会体制が変わることを云々するのは、デモ賛成派もデモ反対派も実はいまだにロシア革命ごろの発想と変わらない。自分で官邸前に行ってみた感想だが、体制を変えるというよりは、自分なりに考えてみた結果、官邸前に来るべきだと思った人が集まっているように思えた。もちろん、なんとなく来たとか、たんなるセクトとか、ただのお調子者も多いわけですが、それが中心ではない。普通の人が、これはおかしいのではないか、筋道が違っているのではないか、ということをこのように表現してもいい、というふうに「考え方」が変わってきた。そこに意味があるのではないかと思う。

考え方が変わる、というのが不適切であれば、その前提となるだろう「感性が変わる」という言い方のほうが良いのかもしれない。考え方という言葉の本質は、基本的には個人のなかの論理性と感性の対話のようなものだと思うので。

ちょっと俺にはまとめきれない話題だったかな。


・自民党総裁選の演説会が仙台で開催されたとき、うちの子が、こんなことを言っていた。
「震災と原発事故の話をするなら、福島市で話した方がいい。なんでそうしないのか」。
「東北の中心は仙台市だから、そこに行ったんだろう」とは答えたが、たしかに一理あるので、こう加えた。「福島県内で自民党の人が演説すれば、原発推進の責任を問い詰める人が集まるだろうから、こわくて行けないんだろう」。
野田さんの良し悪しは別として、いまだに東電に娘が勤めている石破氏あたりが平気で党首選に出てくるのだから、救いようがない。
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最近のこと-1

どうもまとまったことが書けない状態なので、思いつくままに。
と思ったが、身辺雑記的なことと、原発関係のことに大きく分かれるようなので2本立てとしてみました。

・母の認知症が落ち着いてきた。つまり進行が遅くなって、最近では思考もはっきりしてきてちょっと以前に戻ったかんじではあるが、相変わらず統合的にものを話したりするのは難しいという状態。
良くなってきたのはうれしいような、ちょっと困るような。
認知症が進めば、自分が思っているような母の姿とはどんどん離れていく。それは悲しい。しかし頭がはっきりしてくれば、なぜいま東京にいなければならなくなったのか、改めて説明することになるが、それは母の実家付近が津波に襲われたことを知らせることでもある(実家自体は無事ではあった)。また、元気になってきて相馬で暮らしたいと言い出したら、正直にいえば対応に困る。今は介護施設で楽しくはないだろうが安全には暮らすことができているので、子供としては現状維持のまま暮らしていってほしい。手探りで日々を過ごしていた昨年に比べれば、贅沢な悩みだとは思うのだが。
関係ないが、最近は母の見舞いに行ったとき、かならず隣駅の「黄金や」というお店で食事をし、帰りにはコーヒー豆の焙煎所でコーヒーを飲むことにしている。なにか楽しみを作らないと、いろいろ考えすぎて母のもとに行く足が重くなる時があるので。
まあ、たんに食い意地がはってるわけです。

・新井薬師
ときおり中野に行って、中古カメラや古本を見てくる。そういえば北口も工事が終わって、駅からアーケードまで雨に濡れずにまっすぐ行けるようになって、とても良くなった。
さて、中野ブロードウエイの長いオタク魔境を抜けると、早稲田通りであった。夕方の空が明るかった。信号で立ち止まった。いつもはここで駅に戻るが、先日、なんとなく新井薬師に向かう通りに行ってみた。「薬師あいロード」とかいうらしい。昔ながらの商店(布団屋、せんべい屋、総菜屋等)がシャッターを閉めずにちゃんと商売していて、一方では若い人向けの不思議雑貨屋、輸入家具屋、カフェがあったりする。その混在ぶりが心地よい。この商店街を北に向かって西武新宿線方面に歩いて行くと、新井薬師こと梅照院に行きあたる。つまり門前町なのですな。まちの中心がちゃんと存在しているので、いい街並みがあるのだろう。薬師様にお参りすると、井戸があって、ペットボトルを何本も積み込んだ人が水を汲んでいく。白龍権現水という立派な名前があって、名水のようです。順番を待って飲んでみたら甘露でした。
この先を新井薬師駅に向かって歩いて行くと良さそうなそば屋があって、小腹が空いたので入ってみた。「うた」という店で、蕎麦とハーブティの店とのこと。とろろそばを食べたら、とてもうまかった。量は多くないが(とはいえ、浅草のやぶそばほどさみしくはない。あれは2枚ほしくなる)、満足感がある。もう年なので満腹感よりは満足感が好ましくなってきた。
で、どうやら音楽好きのお店らしく、70年代ごろのロックがかかっていて、どうもストーンズらしいがこんなに引き締まった演奏をするとは思えない。ところがCDのジャケットを見たら、やはり「Get Yer Ya-Ya's Out!' The Rolling Stones in Concert」であった。Mick Taylorの居た時期で、ずいぶんとかっこいい演奏であったので、さっそく入手して最近ではこればかり聴いている。
ところで、「悪魔を憐れむ歌 Sympathy For The Devil」という名曲があり、ブルガーコフの小説「巨匠とマルガリータ」に触発されてできた曲だという。詩の内容は小説を上手にダイジェストして、そこに当時の世相を盛り込んだものになっていて、Mick Jaggerはたしかに頭がいい。しかし、この邦題、むしろ「悪魔への共感」と訳すべきだったと思うが、まあ、今の題のほうが妄想が膨らんでいいのかもしれぬ。


それにしても、新井薬師はいい町のようです。若い時に住んだら楽しかったろうな。

掃除は上から、除染も上から

原発事故後の除染について、いろいろと話題になっている。というよりも問題が大きすぎて解決できないことにだんだん気付き始めているというか。

昨年3月の原発事故の放射性物質は、もちろん東京にも飛んできた(3月15日は外に出たあと顔がひりひりした。また口のなかで金属の味がした)が、相当の量が福島県の阿武隈山脈を中心に南東北に飛散した。
このあたり、市街地を離れればほとんどが山である。里山もあれば、人がほとんど脚を踏み入れなさそうな山岳地帯もある。たしか福島県全体の山林の割合は70%くらいだったか。放射性物質は、太平洋側から山側に吹く風に乗って、阿武隈山地にぶつかり上昇気流となって雲となり、雪や雨となって浜通り、中通りに降りそそいだ。

昨年から始まった除染だが、まずは人のいるところということで市街地を中心にはじめられた。しかし、山間部などは除染してもしばらくするとまた数値が上がるという。それはそうだろう。山に残っている放射性物質が流れてくるのだから。

うちの家族はどうも掃除が下手なようで「四角い部屋を丸く掃く」というくちである。それでも「掃除は上から」というくらいは教わった。下を掃除しても、上を先に掃除しないと後からほこりやゴミが落ちてくる。
除染も実態は掃除だから、同じことだろう。上の方から除染をしないと、いくらやってもきりがない。いまのところ、住宅地と田畑周辺くらいの除染だか、田畑に流れてくる水の出どころは当然ながら山である。やっと里山の除染が話題になってきたのが現在。しかし、本来なら山頂部から、場合によっては木をある程度伐採してでも除染しなければ解決しない(根本的にはその際の廃棄物の処理が出来ないので、掃除をしてゴミを集めただけだが)。日本が旧ソ連のように広大な土地を持っているのであれば、強制移住により土地を放棄させることもできたろうが、もともと小さい国土だからそれもできない。
セシウム137の半減期は30年ほどという。例えば30年後にどうなっているだろうか。腹を決めて山頂部から除染開始したとして、どの程度終わっているだろうか。
そもそも人口が少ない地帯のうえに流出も進んでいるので、30年後には人がほとんどいない状態かもしれない。そうなったら実家に戻って、大きな音でギターを鳴らそうと思う。たぶん福一原発の収束作業が果てしなく続くので、それに関連する人のための電気・水道のインフラくらいは残るだろうから。

「相馬弁研究所」復活の烽火(実は神旗争奪戦の花火)あがる

相馬弁研究所というサイトがあって、ばかっぽいふりしながら、ずいぶんおもしろいこと書いている。昨年3月11日以来、一度だけ更新があって、しかしそれもすぐ消されて、ずっと更新されなかった。
しかし、先日「更新テスト」という書き込みがあったので、さっそく俺もコメント残した。
ところで、この本文をみると「テスト、テスト、只今更新テスト中」とあるが、これは「交信テスト」と「更新テスト」の洒落かと思うが、いかがなものか。
主催者の影武者所長は昨年3月以来どうやら相馬にいたらしく、また公の仕事に携わる立場らしくどのようにすごしていたか、気にかかる。

このサイトのなかで「調査・研究・考察・仮説」というコーナーがあり、そのなかに「新相馬節における♪ナンダコ~ラヨ~ト」という秀逸な記事がある。昨年以来東京に逃げてきたうちの母が認知症もあって、なんで東京にいなければならないのか、何度説明してもすぐ忘れる。そのとき母が「遥かかなたは 相馬の空かヨ」と歌っていて、涙がこぼれた。そのときこの記事を思い出した。


ともあれ、まずは本格復帰を待ってますが、以前のように面白おかしく書き進めるのも難しかろう。とはいいながら必要以上に深刻になるのもどうかと思う。状況はすでに十分深刻になっているのだから。
さしあたっては、所長は相馬にしばらくいたらしいので、小高と相馬の文化的な微妙な違いなんぞから始めたら面白かろうと思う。たぶん小高のほうが本家という意識があると思うので、その本家意識をぷんぷんさせた鼻持ちならぬ面白記事を期待します。

「旅芸人の記録」再び

結局、北千住の東京芸術センターで最終日にもう一度「旅芸人」を見てしまった。
さすがに、同じ映画を3回も見るといろいろと考えるようになります。

まず分かったのは、アンゲロプロス監督には非常に鋭敏な時間感覚があるということ(みんな既にさんざん言ってますな)。時間感覚といっても、2つ以上の意味がある。
ひとつには時代的な歴史感覚。これは映画自体の全体構成に関わる。これについては後でもうちょっと書く。
もうひとつは、4時間近い上映時間内での、撮影および編集に関わるもの。例えば長回しのカメラワーク(途中でカットが変わらない)などであるが、これもさんざん分析されていますな。エイゼンシュタインのモンタージュ理論とはまったく逆の方向性で、これについて「ユリシーズの瞳」のなかで主人公の映画監督が旧友と交歓する際のセリフに「エイゼンシュタインに乾杯するが、彼からは嫌われた」と言って笑うシーンがある。多くのカットを繋げて映像を構成せずに、数分にわたってカットなしに一度に撮影するというもので、独特の息詰まるような緊張感があったりする。

ところで、「旅芸人」についての文章を読むと、ストーリー展開のなかで時代が前後し、分かりにくいというようなことが書いてある。最初見たときはそう思ったが、シナリオを読んだり時代背景を学んだりすると、あんがい分かりやすく整理されているように思っている。それについて、以下ちょっと書いてみる。
そのまえに主要な登場人物と役どころを書いておく。
旅芸人一座の座長であり父であるアガメムノン、不貞なる妻のクリュタイムネーストラー。クリュタイムネーストラーの愛人であり裏切り者のアイギストス。アイギストスとクリュネタイムネーストラーに復讐する、アガメムノンの長女エレクトラと弟オレステス。オレステスの親友でありエレクトラの夫となるピュラデス。これらはギリシャ神話の設定そのままである。これを頭に入れておくと話が分かりやすくなる

話を戻して、ストーリー展開上で分かりにくいのが、冒頭と最後のシーンがほとんど同じ(ただし時代が異なり、人物も入れ替わっている)であるというところだろう。
冒頭は1952年秋、エギオンという駅に旅の一座が降り立つ。駅から中央広場に向かって歩いて行くのだが、広場につくと時代は1939年秋にさかのぼっている。
そして、最後のシーンも冒頭とほとんど同じ画面でエギオンの駅頭に旅の一座が降り立っているが、時代は1939年秋に戻っており、冒頭と結末で時間が逆転している。
実はここを除外すると、他のシーンはほとんど1939年~1950年までの時系列にきちんと並べられている。
ただし冒頭の1952年と同じ時間に戻る場面がいくつかある。気付いたところでは、1941年正月にエレクトラがファランギスト党員と連れ込みホテルに入った後の場面から、1952年にピュラデス(この時点でエレクトラと夫婦になっているようだ)が、一座とホテルを出て港を散策する場面に飛んでいる①。また、1945年正月に共産党シンパと王党派がバーで歌合戦(文字どおりの)をした後、王党派が夜明けの街を歌いながら行進しているが、いつのまにか1952年のパパゴス将軍の選挙演説のシーンにつながっている②。ここは1952年のパパゴス将軍派は、戦後直後の王党派と本質的に変わらないことを示すための時代の跳躍だろう。

これを整理して考えると、以下のようになるのではないか。
映画の基本的時代設定は、1952年当時が映画での「現在」となっている。場所はエギオン。1939年にも一座はエギオンに来た。一見すると1952年と同じようにも見えるが、座員がかなり入れ替わっている。なぜそうなったのか、その理由を1939年までさかのぼって1950年までかけて説明するというのが、基本的時間の流れであろう。

さらにいえば、1952年のある一日の長い回想を映画にしたともいえるのではないか。
その一日をトレースすると、まずエギオンに到着した一座は広場を目指す。パパゴス将軍の選挙宣伝が喧しい。一行は途中である建物に入ったが、笑いながら出てくる。どうやら宿を間違えたらしい(広場に着く直前に時代は1939年に飛ぶ。ここから1941年までの話が始まる)。そして宿に落ち着いたら一行は港に向かい、また戻ってくる(②の場面)(その同じ道をドイツ軍の車両が走り去り、1942年に戻ったことが示される)。そして夜になると一座は「ゴルフォ、羊飼いの少女」を上演する(これは映画のオープニングの場面)。
ところで、一行が駅から広場に向かう途中に建物を間違えるのだが、これはアンゲロプロスからのヒントなのではないかと思う。つまり、いろいろ寄り道しながら話を進めますよという意図で、なくても良いような一場面を入れたのではないかと思う(考えすぎか)。
また、彼らが港に行く理由は、おそらくこういうことだろう。1939年に一座がエギオンに降り立ち広場のバールに入る。そこでピュラデスとアイギストスが国粋主義者の行進をきっかけに反目する。ピュラデスはアイギストスに密告されて港から刑務所に連行される。そこからアガメムノンの殺害、オレステスの死等、すべての話が始まる。連行されていく港はどうやらエギオンのようである(このとき、エレクトラやオレステス、詩人等が見送っている)。つまりここから、すべての話がはじまったので、1952年にエギオンに来た時、その記憶をたどり直すために港へ行ったのではないか。

では、最後になぜ1939年に戻って終わるのか。
これは、エレクトラの甥(妹はアメリカ人と結婚して、息子は残った)が成長して、かつてオレステスが演じた「ゴルフォ」の恋人役になる。このときエレクトラは「オレステス(とそっくりだ)」と言い、いつものようにまた芝居が始まる。つまり時間が円環構造になっているのではないかとも思のだが、この部分は自分なりに納得のいく考えがまだない。もう少し考えたいが、今都内でアンゲロプロスを上映しているところはないようで、禁断症状が出そうです。


参考にした図書
「アンゲルプロス 沈黙のパルチザン」ヴァルター・ルグレ(1996フィルムアート社)
「テオ・アンゲロプロス シナリオ全集」池澤夏樹(2004愛育社)
「アンゲロプロスの瞳―歴史の叫び、映像の囁き」若菜薫(2005鳥影社)


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