eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2012-07

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7月27日にも官邸前に人が集まったそうです。で今日も。

先々週は官邸前に行こうとして結局あちらこちら迂回させられてたどり着けなかったが、あの周辺にはいたので、参加者の人数は若干増えたかと思うw。先週は母の見舞いに行っていた。今回は金曜日ではなく本日日曜日に集まるということであったが、ただいま仕事中ですwww

で、昨日twitterを見ていたら、やはり7月27日の金曜日に官邸前に集まった人がちゃんといたようだ。動員をかけられたり、行けと言われて集まっているのではないのだから、主催者が今日はやらないと言っても関係なく集まるんだろう。それで良いんだと思う。こういうのマルチチュードというのではないかな。誰が中心なのかも分からないから脆弱といえばそうだが、「大人」同士で手打ちすることもできないようだ。
誰にいわれるまでもなく、自ら良かれと思う行動をするのが大切であって、偉い人、声の大きい人の言うとおりにして幸せになれる時代はもう過ぎ去ってしまったのだろう。

ちなみにUstreamを見ると今日は国会前にだいぶ人が集まっているようです。天の声は人をして語らしむとも言います。地震国で原発を稼働する無謀は、それなりに平均的知的レベルの高い国民が多い日本では、さすがにもう許容できないようです。

マスコミはオリンピックを隠れ蓑にして報道しないのかもしれないが、まあ東電、原発推進派の官僚、学者に次ぐ恥知らずではある。
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アンゲロプロス「永遠と一日」

例によって、また北千住でアンゲロプロスの映画を見てきた。

実はその前の週に、「ユリシーズの瞳」を再度見てきたのだ。そちらの話を最初に。
「ユリシーズ」は、前回みたとき自分のなかでなかなか消化しきれないものがあって、とくに最後のシーンについては、再度見たら耐えられないような気がしていた。
とはいうものの見たあとからずっと頭から離れないというところもあり、自分なりにオデッセイアを読んでみたり、シナリオを読んでみたりして、いろいろ考えた結果、最終日に行ってみることにした。
前回ははっきりと分からなかった幻想シーンと現実の区切りの部分も分かるようになり、最初よりは内容がのみこめたと思う。最後のシーンが近づくにつれて、気持が乱れるところもあったが、その場面その場面に浸りこみ見続けるようにして、ストーリーを先走りせずに見ることができた。
時間をおいてもう一度見たい映画です。
いろいろな意味づけができるのだが、むしろたんなるメロドラマとして見てもいいのかもしれない。そのようにいろいろに見ることができるということ。

さて、「永遠と一日」だが、死の影が非常に強く映し出されていているのに驚いた。「蜂の旅人」の場合は、死というよりも老いがテーマだった。
さて、「永遠と一日」は、いろいろな要素が詰め込みすぎかと思う。幻想と現実が等価のものとして同時に映し出されるところはやはり美しい。バスのシーンなど、聖と俗、過去と現在がないまぜになっていながら、やはり「今」を生きている(現実の世界をバスが走っている)。主人公は詩人であるが、それ以上に難民の少年の言葉がすでに詩であった。
いろいろな点でもう少し煮詰めてもらいたかったところだが、それは次作につながるのではないかと思う。
ということで今度は、渋谷で「エレ二の旅」を見る予定。それを見れば、「永遠と一日」が良く分かるのではないかと期待している。

恒例の暫定ランキングは以下の通りです
1.旅芸人の記録 アレクサンダー大王
3.ユリシーズの瞳 霧の中の風景
5.シテール島への船出
6.永遠と一日 こうのとり、たちずさんで
8.蜂の旅人

Chic賛江

先日chicのベスト盤を買って以来、そればかり聞いております。2枚組で1000円、名曲ぞろい。なんでこんなに安いんだろうか。ベースとギターがとにかくかっこ良い。

さて、youtubeでいろいろと映像を見ていたら、こんなのがあった。
ナイル・ロジャースのギター教室であるが、見ていたらコルトレーンの「至上の愛」の話がでてきて驚いた。Chicの”I Want Your Love”は名曲ではあるが、そのようには聞こえなかった。
たしかに、それっぽいコード進行です。



ちなみにこれがJohn Coltrane A Love Supreme「至上の愛」 (Full Album)


他の名曲もリンクしてみるか、と。

続きを読む »

野田さん、あんまり人をバカにするなよ。

原発の将来比率の公聴会に、電力会社社員やらOBが来ていた問題であるが、政府は電力会社の関係者は発言させないようにすることで収束を図っている。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20120718-00000052-jnn-bus_all

でも、全然違うんだよな。会社の意見代弁者としてではなく市民として参加しているなら電力会社の人が発言してもいいのだ。だいたい電力会社のなかの人だって、原発支持派もいればガスタービン派もいるだろうし、地熱推進派もいるだろう。積極的原発推進派ではなく消極的推進派(止めたいけれどすぐには止められない)もいるだろう。それに電力会社の社員も社会の一員であって、当然発言権は確保されなければならない。

結局仙台、名古屋の発言者18人のうち4人が電力関係者だったそうで、22%である。市民の5人に1人が電力関係者のわけはないので、これはやりすぎ、人をバカにしすぎ。でも、全体で何人になるか分からないが、1,2人くらいは居てもおかしくないはず。
そこを批判されると今度は一転発言を一切封じるというのも、短絡的で、羹に懲りて膾を吹くというか、これも人をバカにした対応である。
野田氏というよりも、振付をする官僚なりなんなりがいるのだろうが、手抜きもいいところ。
真面目に仕事をしてくれよ。悲しくなる。

311以降について考えたこと まとめリンク

ログを見るとネットゲリラ様からのリンクで来てくださる方が多いようです。大震災と原発事故以降に考えたことは以下のURLにまとめてありすので、よろしかったらご覧ください。
ジャンル「311以降」http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-category-16.html

どうもありがとうございます。

そうは言いながらも、昨年3月11日以降の記事はすべて同じテーマで書いているともいえます。

アンゲロプロス映画と音楽

「アレクサンダー大王」を再度見てから気付いたのだが、アンゲロプロス監督は音楽シーンに特別の味がある。
監督自身も音楽好きだったのではなかろうか。「ユリシーズ」で旧友と会う場面で「ミンガスに乾杯」というセリフがある。ミンガス=チャールズ・ミンガスのこと。偉大なるジャズベーシストでバンドマスター。フランク・ザッパはむしろ「白いミンガス」といったらぴったりくる。

さて、「旅芸人」は細かいところは忘れたが、旅芸人だけあって、全編、歌舞音曲に満ちている。それだけでも高揚する。もう一度見る予定なので、その辺もじっくり見よう。
「アレクサンダー大王」は、大王が村に帰って歓迎パーティーが催されるが、そこで大王の義理の娘が踊るシーンがすばらしい。そのほかに、歌うシーンがいくつか出てくるが、いずれも意味が重い。イタリア人アナーキストは、イタリア人らしく、アナーキストらしく歌い、大王の手下は、山賊らしく武骨で野卑な踊りをし、イギリス貴族はパブリックスクールの歌を歌う。3人の楽隊(バイオリン、クラリネット?、タンバリン)は、アジア系の響きの音楽を奏でる。
「ユリシーズ」は、年越しパーティーの場面がすばらしい。曲は「蛍の光」だけど、「オールド・ラング・サインAuld Lang Syne」です。wikipediaに詳細あり。「シテール島」にも町の楽団がでてくる。
しかし、「蜂の旅人」「霧の中」になると、現代のポップスが使われているのだが、これが異常にかっこわるいように思う。前にあげた作品では、音楽のシーンは特別の意味が込められているように思うが、この2作品では単なるBGM的にしか思えない。

とかいいながら、実はギリシャの荒涼とした風景、貧しい家並みの場面が一番好きだったりする。
渋谷で「エレニの旅」をやるので今から楽しみです。

アンゲロプロス「ユリシーズの瞳」

例によって、北千住まで行って見てきました。この映画を見るのは10年ぶりくらいか。
見る前は2回くらい見ようと思っていたが、1回で十分という気がしている。なにしろ重いので。

この映画が初アンゲロプロスだったので、内容とは別に、長くて長くてしょうがない気持ちで見ていた記憶があるが、今見るとそれほど長く感じない(といっても3時間はあるが)。慣れたせいかな。
内容は未見の方も居ると思うのであまり書かないけれど、やはりすばらしいです。
とはいえ以前はレーニン像のシーンで感服したが、今は長すぎると思うようになった。霧の中のオーケストラや演劇のシーンはもっと長くしてほしかったな。美しい場面です。年越しのパーティーのシーンでは何故だか胸が熱くなりました。

さてユリシーズは長い放浪の果てに、妻のもとに帰還することができた。別の名前、別の服を着て。
しかし、この映画の場合、再び帰る場所はあり得るのか。これからは目的地を喪失した旅となるのだろうが、その点では「霧の中の風景」に重なる部分があると感じた。

なんだかんだ言っているが、必見です。

で、勢い余って渋谷で再度「アレクサンダー大王」を見てしまった。

暫定ランキングは以下の通りですww
1.旅芸人の記録 アレクサンダー大王
3.ユリシーズの瞳 霧の中の風景
5.シテール島への船出
6.こうのとり、たちずさんで
7.蜂の旅人
異論も御座いましょうが。

Retina 3c様、復調の兆し

シャッター粘りと、絞り不調(F2開放にできない)のため、長らく寝かせていたKodak Retina 3cを久しぶりにいじってみたら、なんとかなりそうな気配。
このカメラは、前玉交換で広角と望遠レンズを装着できるため、前からシャッターにアクセスするのは簡単である。しかし、後玉は奥まったところにあって、カニ目も入れにくいため開けられないでいた。
先ほど思い立って、後玉をこじってみたら今日は簡単に外れた。まずは後ろからベンジン注射と綿棒でのふき取り。これでシャッターの油幕をふき取る算段。しばらく繰り返すとシャッター粘りが治ってきたようなかんじ。ただし、同じシャッタースピードでも音が違うときがある。ちょっと気になる(鬱)。
明日になって同じ調子ならたぶん実用十分なレベルになるだろう。

絞りは、いつのころからか開放F2にならず、どうしたものかと思っていたが、今日よく観察したら羽が一枚外れかけていた。ピンセットとドライバーで押しこむと復調。荒っぽいやり方だと思うのでこれでいいのか分からないが、今のところ問題なく稼働している。

たしかこのカメラは、はじめての中古カメラで銀座の三共で買った記憶がある。露出計のカバーが外れていて多少安かった。シャッターもちょっと怪しくてBの場合、シャッターボタンを話しても戻らないような状態であった。赤瀬川原平とレチナハウスの望月氏の影響が強かったかな。
露出系カバーは自作して、一時期はずいぶん熱心に使った。俺にとっては今は亡きリアラとの相性が抜群であったが、今は昔となりにけり、今あるフィルムで楽しもうと思う。

といいながら、今手元に、オリンパスペンSがテスト撮影中。これもジャンクで買ってシャッター不調を泣きながらなおしたもの。であとにはコニカⅡ50/2.8が控えている。これはヘリコイドが固いのだが、分解すると厄介そう。どうするか思案中。
カメラいじりにかまけないで真面目に写真を撮るべきなのだが。

アンゲロプロス賛江

ここのところ、ずっとアンゲロプロス監督の映画を見続けている。
今日は「こうのとり、たちずさんで」を見てきた。例によって観客は10人いなかった。最終日なのに。
http://www.art-center.jp/tokyo/bluestudio/schedule.html

ところで、現状でのアンゲロプロス映画ランキング(見た限りで)
1.旅芸人の記録 アレクサンダー大王
3.霧の中の風景
4.シテール島への船出
5.こうのとり、たちずさんで
6.蜂の旅人
ずいぶん前に東京写真美術館で「ユリシーズの瞳」を見て衝撃を受けたが(スチル写真を撮ったクーデルカの講演もあった)、今回は未見なのでランクに入れてない。なんとなく1位が3つになりそうな気がする。
「エレニの旅」「狩人」は見逃してしまった。残念です。
それ以外の作品について一言付け加えると、
「旅芸人」は、剛速球をど真ん中に投げ込まれたような映画。たぶん10回くらい見ても分かりきれないが、それだけの価値はあると思う。
「アレクサンダー大王」は、20世紀初頭と現代が一瞬で結びつく。時空を飛び越える歴史性と言えばいいのか。圧倒的です。
「霧の中」は、「旅芸人」と「アレクサンダー大王」の登場人物が出てきたり、それに関する言及があったりして、なにか集大成的な雰囲気もある。登場人物の姉弟は、そもそも存在しない目的地を目指す旅を続けるのであるが、そこのところがアンゲロプロス自身と重なるような気もする。
「シテール島」は、国境に関する考察という点で「霧の中」に通じている。マストロヤンニ=監督自身かな。
「こうのとり」は道具立て、舞台はすごいが、少し消化(昇華)しきれてないかんじがした。
「蜂の旅人」は、出てくるおねーちゃんが今一つ(それをいったら始まらないが)。むしろたんたんと養蜂家の最後の旅を追いかけてほしかった。

アンゲロプロスの研究書さがしてみるか。
明日からの「ユリシーズの瞳」が待ち遠しい。

福島県立美術館でベン・シャーンを見てきた。

今回のベン・シャーン巡回展は、福島だけ特別である。
というのは、アメリカの美術館が福島での作品の被爆を恐れて、貸出を拒否したのだ(これについては以前書いた)。
今年初めに鎌倉で見ればよかったものを、福島で見たいなぞといっておったら、2月になったらアメリカ側がそういうことをいってきた。いったんは名古屋会場で見ようかとも思ったが、癪に障るのでやめた。
それで福島で見ようかとかいっているうちに会期の終了が迫ってきた。会期は7月16日までだが、それなりに社会生活を送っているので、諸般の都合で7月6日しか時間がなかった。
この日は金曜日で、6月29日に引き続き総理官邸前に行ってみたいと思っていたのだが、こちらを優先した。官邸前は警官隊にガードされて、人は分断されたようですが、それでも相当の人数は来ていたそうです。

さて、行くと決めたら細部を詰めようか、と。陋巷にひそむ俺様にとって新幹線での往復は血を吐くよりもつらい、コポォ(←なんか血を吐いている擬音に聞こえるww)。
そこで貧民の友、別名乗るのも命がけと言われる高速バスを探したが、深夜便しかない。それだと翌日の仕事もあってつらい。いろいろ探したらJRの高速バス昼間便があって、朝一に出ると昼過ぎに福島市到着、夕方17時のバスで戻ると22時過ぎに東京着というのがあった。料金は新幹線片道分くらい。さっそく申し込んでチケット入手した。

7月6日(金)は休みをとって、まずはJR代々木駅わきのバスターミナルへ。バスはあまり混んでいません。定刻に発車したら、池袋を過ぎたあたりでもう眠ってしまった。順調に進んで定刻通り福島駅東口に到着。けっこう揺れるバスだった(帰りはそうではなかった)。
滞在時間が短いので、タクシーを奢ってみたが、道を間違えて遠回りになってしもうた。
さっそく美術館に入る。が、お客さんは誰も居ない。けど、お昼だから当たり前か。
アメリカからの作品が複製になったせいか、1000円のはずが600円に変更になっていた。しかしうれしくない。1000円払って全部見たい。
さて、人のいない館内でシャーンの作品を満喫したのだが、そのなかで心に残ったものをいくつかあげる。

・4人の検事
http://www.encore-editions.com/ben-shahn-the-four-prosecutors-sacco-vanzetti-case-1931-32
・トム・ムーニーの母親に挨拶するジミー・ウォーカー ※事情が良くわからないが。
http://benshahn2011-12exh.info/information/ex-composition.html
・砂嵐
http://www.archives.gov/exhibits/new_deal_for_the_arts/images/work_pays_america/years_of_dust.html
・WPA Sunday ※左端のおじさんの顔付き
http://xroads.virginia.edu/~am482_04/am_scene/shahn/sunday300.jpg

画像検索しても出てこないのでタイトルだけだが、壁画運動(シケイロスとかリベラの影響)の習作・下絵がすばらしかった。下絵といっても、壁画とは別種の完成された作品になっている。図版買わなかった(買えなかった)ので、記憶だけ。
・ニュージャージー州ホームステッドのコミュニティセンター壁画 習作
・信仰の自由 習作 ※右はアッシジ風、左はアメリカの田舎教会風等いろいろ書かれているが、中央に自由の女神のたいまつの手が描かれている。
・民衆の声 習作 ※投票に行く人々など
・移民 習作 ※左端にナチス、そこから右側に逃げる人々
・河船 ※労働者の姿、外輪船等

・ピーターと狼のLPジャケット(不採用)
http://benshahn2011-12exh.info/2012/06/post-15.html
その他レコードジャケット等、楽しくなる小品がたくさんあった。

・小麦を摘む男
・小麦畑
・実り
・至福(木版とテンペラ画の2種類)
これは一連の作品で、もとはドロシア・ラングの写真を見て、そこから描いたもの。最初の「小麦を摘む男」は、片手で小麦をつかみながら、どこか虚ろな目をしている。「小麦畑」はたしかリズミカルな小麦の線描だけ。「実り」はそれでも両手で小麦を摘んでいる。「至福」の木版画は、全体的にちょっと悲しげであるが顔は微笑んでいる。テンペラの「至福」はタイトル通りになっている。

・生命の樹 習作 ※宗教性の非常に強い作品だったような。やっぱり図版買おうかな。
・黄金のアルファベット ※ヘブライ語らしきものが書いてあったが、たんなる文字ではなく生きているような印象を受けた。中島敦「文字禍」を思い出した。この小説のなかの文字はたしかに生命を持っているように書かれていたので。

第五福竜丸関連では
・瑠璃色の怪物 ※原爆実験のキノコ雲のなかに怪物がひそんでいる。実は福一原発爆発の瞬間の映像を見たとき、怪物が飛び出したようにも見えたので、この作品を見てとても納得するものがあった。
・ラッキードラゴン ※大作です。こういう状況になって、ここ福島で見ることになるとはちょっと前まで予想もできないことだった。なんとも言えなくなります。でも、次の
・なぜ? という墓の前に白菊がおかれた作品のほうが、今日は感ずるところがありました。

ところで、ベン・シャーンはアメリカ大恐慌期にFSAで写真家としても活動した。その写真作品も見もののはずであったが、ハーバード大Fogg美術館がひよって、美術館提供のデータをカラープリントしたものが展示されていた。
これは複製のはずであるが、あんがい上出来のもので、セピアに変色したものなどうっかりしなくてもオリジナルと間違えそうであった。複雑な気分になった。ハーバード大はそれでも気を使って高精度のデータを出してくれたのだろうか、よく分からない。もともと写真は複製芸術だから、これで良いとも言えるのだが、どこか釈然としない気持ちもあって、しかしプリントアウトされた図版は、実用的には十分である(他に資料的なパネル写真等は質は低かった)。この妙なかんじ、ゆっくり考えてみたい。

おまけであるがFSA参加の写真家が使ったカメラの資料がでてきたので、面白いからリンクする。
http://secondat.blogspot.jp/2009_10_01_archive.html

それほどゆっくりしていたつもりはなかったのだが、すでに16時近い。少々焦って、常設展を駆け足で見て、美術館を出た。ほんとうはもう少しゆっくりしたかった。

後は蛇足。
美術館からは、福島交通飯坂線という超ローカル線が走っている。「美術館図書館前」という駅名もさることながら、駅舎を見たときなんだか夢のなかの舞台のようであった。が、電車はごく普通であった。機会があれば、この電車の駅舎をひとつずつ見ながら、最後は飯坂温泉で一泊したいもんです。

2012070601.jpg

2012070602.jpg バスより安い

2012070603.jpg これは隣駅

明日夕方6時から総理官邸前で

明日も18時から官邸前に集まるようです。
先週行ってみて(でも途中で帰ってきた)、今週金曜日も行くつもりであったが、行けなくなった。
というのは、明日は福島県立美術館で開催中のベン・シャーン展に行くことにしたから。
http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-645.html
会期はまだあるのだが、勤務スケジュールと7月お盆の関係で、考えてみるとどうしても明日しか行ける日がなかった。
東京からそれなりの旅費を払って、しかもアメリカからの作品は放射能のため福島にだけ来ない(他の会場では展示されている)というのに、我ながら酔狂だとは思うが、なにかある種の意地のような気持ちもあって、どうしても福島でベン・シャーンを見たいのだ。
東京では官邸前で反原発のデモがある一方、私は線量の高い福島市の山のそばで「ラッキー・ドラゴン」=第五福竜丸について描かれた絵を見ていようと思う。

明日夕方からの総理官邸前はどのようになるだろうか。ご年配の方や女性が多いので、めったなことにはならないように主催者や警備側の方は十分に注意を払っていただきたいです。
この写真を見たけれどhttp://jipangnet.blog.fc2.com/blog-entry-35.html(オフィスマツナガのtwitterから知ったhttp://twitter.com/#!/officematsunaga)、官邸前のデモもいわゆる実力行使を伴うものではない。官邸前で暴れまわっても益になるところはなく、むしろ先週のようにそれぞれが意思表示をして、結果として世の中の多くの人の考え方を変えるほうが、迂遠であるかもしれないが、あるべき姿ではないかと思っている。甘いといわれるかもしれないが、条文や法令や前例や慣習や、勉強は出来るけど無責任な官僚等に対抗するには、柔らかな心で、といってあきらめることも後退することもなく、少しずつあるべき姿に変えていくのがいいと思う。

ところで、先週、大飯原発再稼動反対のデモに、お神輿に乗って金精様(こんせいさま)がお出ましになった。女性も乗っていますwww。
http://www.asyura2.com/12/genpatu25/msg/329.html
金精様は人間の生命力の象徴だから、この場にはむしろふさわしいともいえる。原発に対抗するためには、それだけの力が必要だろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E7%B2%BE%E7%A5%9E

といいながら、わしとしては、こういうご神体のほうが原発には向いているような気もする。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1385448423
http://www.geocities.jp/sjtsunoda/kisai/ooagatajinja.html
金精様の場合、陽対陽=力対力のぶつかり合いになりそうであるが、陰陽ひと組と考えるとこういう神様のほうが、すべてを包み込んで、力を中和してくれそうでもある。

まぁ何言ってるかよくわかりませんが。
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