eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2011-12

続報  福島県の自治に(たぶん)悪影響を及ぼしている総務省出向者

医療ガバナンス学会というところが発行しているメールマガジンで、南相馬市の医療問題、とくに先日取り上げた、南相馬市・村田崇副市長が医師の坪倉氏にたいして送った恫喝に近いメールについて、よく考えられた文章が掲載されていましたのでリンクを貼ります。
Vol.350 村田メールと旧内務省(その1/2) http://medg.jp/mt/2011/12/vol35012.html
Vol.351 村田メールと旧内務省(その2/2) http://medg.jp/mt/2011/12/vol35122.html
文中で、「ニュルンベルグ裁判」についてふれられているが、以前、映画化されたもの(「ニュールンベルグ裁判」)を見たときに自分なりに考えるところがあった。非常に素朴にいえば「どっちを向いて仕事をするのか」ということをよく考えるようになった。ナチスに従った医者は、患者・弱者ではなく政府に従ってしまった。公務員は上級官庁ではなく市民のほうを見て仕事をするべきだろう。

ところで、本日12月31日付朝日「プロメテウスの罠」によれば、坪倉医師による提案(給食の放射能検査)は、市によって受け入れられたとある。やはり記事による影響はあったのだろうと思いたい。

まあ、受け入れを決めたときの、村田副市長の顔が見たかったね。それと内堀副知事の顔もね。
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NHK「チェルノブイリ 再生の歴史」と「追跡!真相ファイル-低線量被ばく 揺らぐ国際基準」

12月25日夜、NHK教育テレビにて、「チェルノブイリ 再生の歴史」という番組をやっていた。
http://www.nhk.or.jp/jp-prize/2011/prize_audio_continuing.html
この番組の中で、気になったことがいくつかある。
ひとつは、放射性物質に対する耐性について、植物では松が影響を受けて変形しており、一方、樺の木は、あまり異常が出ていないということであった。また、動物では鳥類、とくにツバメに腫瘍や身体異常が発生していたが、野鼠には障害が現れていなかった。
※むしろ野鼠は他の地域よりも丈夫であり、「放射線ホルミシス効果」ではないかと研究者が言っていた。このときの研究者のなんともいえない目つきが恐ろしかった。

松はもともと放射性物質を吸収しやすいという性質があるとは聞いていた。また、ネズミは20年間で40世代を経ているが、ツバメは20世代であったりして、いろいろと相違がある。
とはいえ、どうやら生物の種類によって耐性がかなり違うのかもしれない。人間はどちらだろうか。

そう考えていたら、12月28日の同じくNHK「追跡!真相ファイル」で「低線量被ばく 揺らぐ国際基準」という番組で、生涯100ミリシーベルト以下の、いわゆる低線量被曝でも腫瘍等が発生しているという番組であった。
http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/shinsou_top/20111228.html
どうも、人間は(個体差はあるにせよ)放射性物質に対する耐性はあまりないのではないか。

先日、原発事故検討委員会(「失敗学」の畑中洋太郎委員長)による中間報告が発表された。
これらをあわせて、どう考えるべきか。すくなくとも政府による結論を鵜呑みにせず、発表されたものを自分なりに考えて、行動をとるべきだろうと思う。

もうちょっと煮詰めたいが、まずは番組の感想として。

愛想のない猫写真…

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こういうのは撮影者の性格が出るんだろうな。

で、Lマウントキャノンを使い始めたら、写真が下手になった。どれだけ機材に助けられていたのかw。

もうすぐ冬至

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夕方から出歩くと、すぐに暗くなる。寒いです。

福島県の自治に(悪?)影響を及ぼしているかもしれない総務省出向者

本日(2011.12.18)の朝日朝刊3面「プロメテウスの罠」にて、総務庁出向の南相馬市・村田崇副市長(以前から何かと言われている)が、今回は医師に対してあまりよろしくない叱責のメールを送ったことが暴露されていた。医師(坪倉氏)が学校給食の放射能検査を提案したら、「雇われ医師の分際で市長に意見するとは何事か」(大意)と返事が来たそうだ。
このへんの市役所の事情、まちBBSをみるとさらにいろいろ書いてある。
☆☆☆南相馬市71☆☆☆


ところで、以前書いたことだが福島県・内堀雅雄副知事も総務省からの出向であり、佐藤雄平県政に影響を与えているという。そのへんについては、この記事「旧内務省的?福島県副知事」で書いてみた。

どうも総務庁(というか、旧自治省、さらに遡れば内務省)というのは、国家運営のためのシステム保持には執着するが、その実体である国民は実際のところどうでもいいのだろう。
というか国家は大事だが、国民は大事ではない。つまり国民は交換可能な存在で、まあ昔風にいえば一銭五厘程度という価値観は戦前戦中から変わらぬということ。
3月の原発爆発直後、原発事故の状況や汚染予測等大事な情報を出さなかった理由が「パニックを恐れて」というものであったが、パニックになっていたのはむしろ行政、とくに官僚であって、福島県の大部分のような過疎地域は、パニックといっても限度がある。むしろパニックになっても、逃げられるものは逃げたほうが良かったかもしれない。
パニックを恐れる理由は、治安が維持できなくなるためであろうが、日本の場合、治安が長期間回復されないことはないことは概ね予測がつく。つまり人命より治安を優先したわけだ。

朝日新聞といわず、マスコミはこれまで電力会社のほうを向いてキャンペーンをやってきた責任をとって、このへんできちんとした報道をしないと、ますます誰も信用しない→売上低下となるだろう。今回の南相馬市の件、じっくりと取材してもらいたい。
また南相馬市長・桜井氏についてもいろいろな話を聞くので、そのへんの話も聞いてみたい。

以下蛇足。

会津の人は会津武士を郷土の誇りとしていて、会津人は白虎隊のように潔いものかと思っていて、今はどうもようすが違うらしい。
佐藤雄平知事と渡部恒三衆院議員はどちらも会津出身だが、いまだに原発事故の責任をとらない。最初は影腹切って最後のご奉公でもするのかと思っていたが、9か月たってもいまだに生きているので腹は切っていないようだ。
こういう恥さらしな人が会津出身だと、会津の人も肩身が狭かろうよ。
それとも下級武士だけ、もしくは普通の人たちだけが会津武士らしかったのだろうか?

12月9日 木村真三先生 特別講義@早稲田大学7号館

平成23年12月9日

木村真三先生 特別講義

●日時:2011年(H23)12月9日 18:30~20:30
●場所:早稲田大学7号館218教室
●主催:現代思想研究会

以下、概要のみ。自分が知っていることなどはメモしていない部分もある。また日付、線量の数字等メモの間違いもあると思う。
・全体構成は、
1.放射能汚染マップ関連
2.海の汚染
3.チェルノブイリの事例 
となるはずであったようだが、1だけでもかなり時間を使ったので2、3が梗概のみであった。その後、質疑応答があったが、時間がないため退出した。
以下そのメモ書きをまとめたものです。

・(木村氏の)福島県での放射能汚染マップ作製は、いろいろな家を泊まり歩きながらやっているホームステイのようなものでもある。福島県の人の考え方、感情等が分るようになった。
・今回の話では、現状を知ってもらうのが第一の目的。
・ちなみに、350人以下の聴衆ならマイクは使わない主義。やはり生の声を聞いてほしい。

・最近は政府に呼ばれたりもしているが、やはり自分は御用学者ではない。思想的には反原発かもしれないが、それは言わないようにしている。何故か。今は福島の問題を解決するのを最優先したい。
・震災後、研究所を辞める時、実は後に続く人がいてくれると思った。しかしいなかった(笑)。
・ちなみに40歳までpermanentな仕事を得られなかった(けど、その仕事を辞めてしまった)。その理由は有馬朗人氏が文部大臣だった時、人材流動化のため研究職の再任が出来なくなった、横滑りも出来なくなった。
・研究所を辞めてしまったために肩書がなくなり、いわば一種の不審者になった。被曝防止のための格好は、宇宙人のようでもある。その格好で福島の現地の人と話すのは避けたい。不信感を持たれたくないので普段着で乗り込んだが、そのために内部被曝もした。
・浪江の赤宇木に行ったとき、室外80μシーベルト/h、室内20μシーベルト/h。本来なら室内でもマスクが必要な状態。しかしマスクを外して話をした。リスクではあったが。
・きちんとした情報、数値を見れば、避難を決心し、それが安心につながる。
・ところで、NYタイムズの誌面、オバマ大統領の下に、いわき市志田名・荻地区のおばさんが線量計(楽天、中国製)を持って写っている。これで測ったら5マイクロシーベルト、10μシーベルトを計測。何とかしないといけない。
・4月中に米軍が無人機ブラックホークによりエアボーンサーベイ(社?)のモニタリングシステムで作った地図があるが、避難地域外のいわき市に、数値の高いところがあった。ちなみに福島県は3番目の面積を持つだが、いわき市は香川県より大きい。
3μ、セシウム137 3700bq/1h、山の中は10マイクロover
・線量計だけでは、いろいろな放射性物質があるので本当は正確ではない。セシウム137は計測できる(要確認)。K-40は天然由来で半減期129億年=宇宙創成から存在した物質。平均日本人(168センチ、60キロ)で4000bqあるのが普通。震災前に長崎大で(山下俊一氏に?)計測してもらったら木村氏は5400bqだった。

※ここで、木村氏が、理系の人と文系の人の聴講者の割合を確認したら、理系は一人もいなかった。何故だろうか

・東京に放射能雲が通過したのは3月15日と3月21日。志田名・荻地区は3月15日12時の風に乗ってきた高濃度放射性プルームによる被害だろう。
・3月12日は、海側に風が吹いていたが、南から北に吹いてもいた。それが陸前高田方面に向かい、稲藁が吸着したのかもしれない。
・3月15日は2号機由来、3月21日は3号機由来のものだろう(ヨウ素が多い)。
・ヨウ素は半減期が短いものがあるので、痕跡は松葉から計測した(松葉が吸着する)。
・ちなみに志田名・荻地区は土地の人の判断で今年は作付しなかった。そのため、土が混ざっていないので除染が可能。
・この地区の線量は1513bq/m2でチェルノブイリの第1避難ゾーンにあたる。ここに中学生以下は22人いた。桶売小学校では第3ゾーン(希望移住地域)と同じレベル。市、県、国に働きかけたが何もせず。小学校では校長の判断で8月に除染決定したが、実際には10月となった。その間に理由は校長が引き継ぎせずに転任したため。
・川内村も原発隣接地域だが、むしろ線量が低い。いまは0.3くらい。
・志田名・荻地区では、市民科学者の育成を行った。9月から汚染マップの作成。
・200mメッシュ。二本松は500m。最終的にはもっと細かく50mメッシュ、田んぼ1枚ごと。9月17日にマップをお披露目した。
・汚染の違いは何に由来するか。ある公民館から北は線量が高い。そこから北は雪になり、南は雨になる境目。また、ところどころ数値の高いところは雪の吹き溜まるところ。
・雪は雨よりも放射性物質を吸着する。表面積(中も隙間が多い)が多い。地面にゆっくり積もる。解けるときに地面に浸透する。雨ならば、表面にしかつかないし、地面に落ちてもすぐ流れ落ちる。
・二本松市は行政のバックアップがある。木村氏自身は政治の道具になりたくない。
・助けるのではなく一緒に考えるというスタンスでやっている。

・仮置き場の問題。最終処分地はやはり福一原発付近しかない。しかし仮置き場は必要。納得して捨てられるのは最小行政単位=部落単位。そこに厚さ15センチのコンクリの箱を作って蓋をすればほぼ安全。土に埋めない方法。

・ETVでやった二本松市の除染の話は、大事な部分が編集でカットされており、研究仲間からも非難された。
・ペンキ職人時代の作業服とニッカーボッカーを残しておいたが、除染作業の際、まさかもう一度着ることになるとは思わなかった。
・あの話では、里帰り出産の娘さんが屋外2.6マイクロシーベルト、室内1.2μシーベルトのところにいて、これはまずいとその家から出るように家族に説得した。
・その間4泊6日でチェルノブイリに行き、さまざまなデータをもらった。
・帰国したら、その娘さんがまだ家にいたので説得したが、3日目の日にお母さんが、娘は嫁ぎ先に返すにしても家族三代そろった生活を失いたくないと言った。ならどうするか、除染するしかない。お母さん一人でもやると言いだした。それを放ってはおけないので一緒にやることになった。
・また、行政のサポートが期待できないところが多いので、人力でどこまでできるかリサーチしたいのでやってみた。
・ゴミは5トン弱。2階は1階の屋根と2階の屋根から放射線が来るので線量が高い。瓦は水アカのところに吸着されているので、それを落とす。最終的には0.3まで下がった。
・hot spotは点線源、距離が遠くなればその二乗分線量が下がる。
・hot areaは面線源、100メートル離れても線量は下がらない=除染は周囲100mする必要がある。
・やはりリスクをとってもその土地に住みたい人がいる。それに対するアクションが必要。現実主義で、出来ることをやるのがポリシー。

・森林の除染も考えている。落ち葉は吸着しやすい。
・まずは住宅地付近の森林100mを伐採し、広葉樹を植える。現在は杉ヒノキ(針葉樹)が多く、根が横に伸び地盤が弱い。広葉樹は根が横に広がり地盤強化、保水能力も高い。
・伐採した樹木は表皮をはいで、復興住宅に使う。樹木は導水管により表皮のみ線量が高いの、そこを除去すれば良い。
・除染のために、炭を撒くという考えもある。炭は吸着力が強い。それで山の水(天水)の汚染を防ぐ。今のセシウム米問題は、山の水を使っているところだから起きている。
・また、炭を使う意味がある。いま山林業は仕事が出来ない(キノコ、木材)。炭焼きをして森林再生という仕事。

・今回の事故については食品の被曝よりも3月15日に屋外にいた人の内部被曝が問題なのではないか。
・被曝は年間1ミリシーベルトまでは許容できる(目安)と考えている。
・福島県内で、9700bq/kgの田んぼからとれたお米が玄米ベースで21bq/kgのセシウム137,134であった。粘土と吸着することによって、米には行かなかったらしい。
・もともと地上にはk-40が165bq/kgほど存在しているので、21bq/kgはあまり問題ない数値であると言える。

・マスコミには、今後距離を置きたい。「朝まで生テレビ」への出演依頼も断った。NHKと違って生放送なので、言いたいことが言えるようにも思えるが、司会者に仕切られたらそうもいかないだろう。

・IAEAの報告書を根拠に安全だという人がいるが、それは都合よく要約されたもので、完全版には、安全派には都合の悪い数値もちゃんと記載されている。WHOの資料も同様である。

・海底の堆積物はヘドロ状になって濃縮されている。Ag-110m(放射性の銀)が生体濃縮される。計測によってアワビなどは危険であろう。またウニなどは殻が吸収していいて実の部分は数値が低かったりする。

・3月の原発爆発の際、気団に乗って放射性物質は長崎まで届いていた。結局日本のほとんどが薄く広く汚染されている。
・だから、微量の放射性物質についてマスコミに乗せられて大騒ぎするよりも、本質的なことを考えなければならない。

・放射性物質は、人体のどこにたまりやすいか。チェルノブイリに行った際、豚の解体をして調査した。チェルノブイリではほぼ自給自足に近い生活(放射性物質を避けるための食費補助があるにはあるが、非常に低額)なので、人と豚の食べるものはほぼ重なっているので、資料として適している。
・セシウムは筋肉に沈着しやすいが、それ以上に内蔵にも沈着する部位がある。腎臓などは沈着しやすい。
・呼吸器なども

・まず大事なのは、データの計測による状況の把握。それをもとに自分で考えていくことが大切。

・(このような事故が起きることは予測していたか、という質問に対して)このような事故はいずれ起こるだろうと考えていた。その理由は、以前厚生省の労働基準局?に所属していたが放射線関係の担当者は自分ひとりであった。そのため、原発関係の問題・事故はすべて自分のところに上がってきたが、そのころから大小様々な問題事故が多かったので、いずれ何かあるのではないかと予想していた。

※この後も質問が続いたようだが、時間がないのでここで退出した。

木村真三氏のスタンス、行動には批判もあるようだが、今は木村氏を信用したい。森林除染等、到底無理ではないかと思っていたが、すべてではないにせよ何とかやりようがないではないように思えてきた。
もしだめだったとしても、信用したのは自分。万一そうなったとしても木村氏を責める気にはならない。それが自己責任ということではないかとも思う。

初冬の町

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最近の広角レンズの写真は全てGRDです。
最近やっとわかったのだが、初代GRDは4Gのカードが使えない。知らずに2枚ほど買って、使えなくて調べたらそうだった。
しかし寒くなったな。

週刊新潮「御用学者と呼ばれて 第3弾」について

まず、学生時代に学んだことを少し書いておきたい。
文化人類学の授業だったが、人間の意志の伝え合いについて考えると、基本的な要素として、code(暗号表=意味の辞書)、media(messageの乗り物)、message(伝えたい内容)、context(文脈)によって構成されると考えられる。
具体的にいうと、2者間A、Bの意味の伝え合いの場合、両者それぞれがcodeを持つ。codeは社会的に共有されている部分と、個人的な部分がある(社会的に共有された部分がないとそもそも意志の疎通が不可能)。そのcodeに則り、伝えたいこと(message)をある手段(media)を通じて、相手に送り届ける。言い換えればmediaとはmessageの乗り物と考えることが出来る。このmessageは相手のcodeによって読み解かれるが、その際、その前後関係/contextによって、codeによる意味の解釈が左右される。
長々書いたが、簡単にいえば、同じmessageを発しても、言い方、その前後関係、発話者等々によって意味はまったく正反対になりえる。
漱石は「I love you」を日本語にすると「月が青い」と翻訳したそうだが、憎からず思っている間柄なら「月が青い」で心は通ずる。しかし漱石と子規が「月が青い」と言い合ったら俳句の話になるだろう。漱石の英語教授の同僚であれば、青いはblueでなくてpaleだろうかとか、そういう話になるだろうという話。

ところで、ここ数号の週刊新潮は、どうかしているのではないかと思うくらいに橋下氏をバッシングしていた。橋下氏は大阪市長選に出ているので、東京に住む自分が何かを言える立場ではない。同様にいくら東京の雑誌が騒いでも、大阪市民267万人のうちの有権者に影響が与えられなければ意味ないだろうに、大阪にも乗り込まずに神楽坂でヒステリックに騒いでいた(誌面で)。例えばこのへんね。
http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/backnumber/20111102/
http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/backnumber/20111110/
どうもこういう誌面を見ていると、この雑誌の方針はあまり冷静ではなかろう、というよりもヒステリックな傾向があるように思えてくる。
これも読者にとって一種のcontextともいえる。
これを踏まえて、「御用学者と呼ばれて」というタイトルを見ると、政治(御用)とヒステリックさ(新潮)が結びついて、あまりいい気持ちがしない。これまで政治とヒステリックさが結びついて、ろくなことがなかったからね。橋下氏について「ハシズム」などといってファシスト的だといっているが(実際どうかは俺には良く分からない)、そういっている自分たち新潮社はどうなのか、よく考えてみるといいと思う。

さて、前置きが長くなったが、内容を見ていきたい。
・奈良林直氏(北大大学院教授):省エネはいいが、再生可能エネルギーがどの程度、需要をまかなえるか見通しは暗い。
・高木直行氏(東海大教授):再生可能エネルギーは、それだけではまかなえないので化石、原子力に頼り、結局は高くつく。
・澤田哲生氏(東工大助教):核燃料サイクル事業が立ち行かなくなる。
→「高くつく」といっても、福一原発事故処理費用よりは安いだろう。もしくは福一原発事故収束の費用目算はもう出ていて、それよりは安いということか(まだ聞いたことないけど)。一度事故が起きれば取り返しがつかない技術の評価を、金額を基準に判断するのは、もうやめたらどうかと思う。
これまで原発重大事故の可能性は、原子炉1基あたり10億年に1回という計算もあったそうだが、そこまでして事故が起こりにくいと強調してきた理由は、いったん事故が起これば復旧するのが非常に難しく、影響も地域的に広く、時間的にも長くなるので、事故が起こらないという前提でなければ建設できないという事情があったのだろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB
そのような技術である原子力発電を、いまだに金額で判断するから、御用学者もしくは経団連の犬(←これは今名づけた)と言われるのだろう。
また、核燃料サイクル事業については、ウランを有効活用(プルトニウムを混ぜたMOX燃料→飛散しないはずが飛散)しても、結局は高濃度廃棄物が残るわけで、その解決方法はいまだに確立されていない。すべての原発に関する議論は、廃棄物処理問題をクリアできていないというところですべて行き詰まる。放射性廃棄物の問題を解決しない限り、原発の将来性について語るのは空しいのではなかろうか。原発の将来性は語っても、後の世代の将来に対する迷惑について語らないのは、やはり御用学者の面目躍如というべきか。

・奈良林:スイスの原発に感銘を受けた。20年前にベント系に濾過フィルターを設置し、移動式電源も7台用意、云々。
・高木:そもそも今回のような事故は起きないものと、真剣に考えてこなかった。日本の原子力村には、ものを言いにくい雰囲気があった。
・澤田:規制する側と推進する側が一線を引いて、相互の批判できるようになっていなければならなかった。
→いまさらとってつけたように反省?めいたことを言っても、免罪符にはならない。「20年前に」云々は、日本の原発はある意味20年遅れたレベルだということ。研究者としてそこを認めてから話をすべき。また、事故がないものと考えていて、この体たらく。恥を知るものならこの対談に出す顔はなかろう。顔を出して発言する以上、しょせんは他人事だろう。こういう人が原発に関係しているかと思うと、失敗する理由も良くわかる。「規制側と推進側が一線を引いて」というが、御用学者は、そのインサイダーだったわけで、そう思えば自ら改善すればよかったはず。出来なかったならば、その反省はどこにあるのか。少なくともこの対談上にはない。

・澤田:原発をやめれば、地球温暖化の要因と思われるCo2の問題が解決しない。
→たしかに地球温暖化防止のため、311前は原発が再注目されていた。しかし、Co2を減らす方法は原発稼動だけではないはずで、例えば節電によってエネルギー消費を減らすことによっても実現できる。原発によって今までと同じエネルギー消費を続けるよりは、ライフスタイル自体を改めて、電気消費自体を少なくしたほうが、より無理がないだろう。また、原発は出力調整が難しいそうで(いちいち制御棒を動かすのは大変だろう)、夜間の余った電力の使い道に困っていたので、夜間電力割引やら、揚水発電所を稼動していた。消費量にあわせてこまめに必要量を供給する発電方法があれば、より無駄がなくなる。そこまでいわなくても、発電によるCo2排出よりは、産業部門、運輸部門の排出量のほうがはるかに多い。むりに事故が起きれば甚大な被害をもたらす原発を稼動するよりは、その他の部門で排出を減らしたほうがより無理がないと思える。
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/ghg/2009sokuho.pdf

なお、
・澤田:鳩山元首相がCo2を減らすといったばかりにとめるはずだった福一原発を稼動させ続けたという件、本当かどうか未確認だが、大事な指摘ではないかと思う。直接的ソースが見つからないので、これについては保留する。

・奈良林:放射線ホルミシス効果、ある程度の放射線の刺激があったほうが健康が保てる。
→ホルミシス効果は、まだ確証が得られたものではなく、そもそも原子炉工学が専門で、医学とは畑違いである奈良林氏が軽々しく口にすべきことではない。それとも、ホルミシス効果があるのだから、放射性物質をばら撒いてもらったことについて有り難く思え、とでも言いたいのだろうか。まさかそこまでバカではないと思うが。
また、ラジウム温泉で名高い玉川温泉であるが、その周辺が長寿村であったりしたら、ホルミシス効果の傍証にもなるかもしれない。しかし温泉のある仙北市の平均寿命は周辺と比べて別に長いわけではない。
平成17年秋田県平均寿命は77.4歳(男性)、 85.2歳(女性)、仙北市は76.7歳、 85.5歳。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/ckts05/hyo01-02.html

・澤田:私たちに御用学者というレッテルを貼り、原子力は正義か不正義か、1ミリシーべルトか5ミリシーベルトか、という二項対立にばかり追い込んでいたら貧しい議論しか出来ない。
→二項対立に持ち込んできたのは、むしろ反原発運動を妨害するために持ち込まれてきた手段である。具体的には、賛成・反対派に二分したうえで、反対派のなかのエキセントリックな意見をことさらに強調し、反対派自体がとるに足らない意見しか持っていないと思わせるようにしてきたわけで、これが電通方式というらしい@officematsunaga。貧しい議論を仕向けてきた側がいまさらなにを言っているのか、よく分からない人たちである。

細かく言うといろいろあるだろうが、まずはこの辺までとした。冒頭に書いたが、同じ発言内容であっても、発言者、その前後関係によって、受けとめられる意味は大きく変わりうる。もし、この4人が純粋に一般市民を心配していて、しかも自分の発言が届かないことを憂いているなら、一度、組織を離れて発言してみたらどうか。もちろん東電関連会社や公的機関の関連に転職するようなことはせずに。そこまでして伝えたいことであれば、みな聞く耳を持つであろう。
皆さん、優秀な方ばかりのようなので、すぐどこかに仕事は見つかるだろうから、その辺の心配は要らないと思う。

畠山直哉展 Natural Stories ナチュラル・ストーリーズ(東京写真美術館 恵比寿)

開催期間も12月4日までとあとわずかだが、行くべき人でまだ行っていない人もいるかと思い、感想を書いてみる。
写真展についての詳細はhttp://www.syabi.com/contents/exhibition/index-1386.html

以下手短に。
見所はいろいろあるが、311の震災、原発事故以降、やはり注目すべきはビデオの「a bird / blast」だろう。写真展「a bird」は、結局見に行けなかったが(写真集のみ見た)、その時点でも重要な作品であると思っていた。
今見ると、発破を仕掛けられた露天掘りの鉱山?の上空にたまたま飛来した鳥が、爆風と飛び散る破片によって姿が見えなくなり、しかし、どうやら生き延びて飛び去っていくようすがわかる。いろいろな意味を重ね合わせたくなるが、それは個人によって違うだろう。しかし、これだけでも見るべきかと思う。
もうひとつは、畠山氏の郷里である陸前高田市の、地震直後から夏過ぎまでの写真群である。写真とビデオによる構成。たしか、ご家族を亡くされていたと聞く。
地震直後の瓦礫、雪の舞う中の春祭り、お盆のころの川面に映る灯篭、いろいろな思いが立ち上ってくる。
図録には、畠山氏の言葉で「記録は常に未来のためにある。そうでないと、写真を撮るときの高揚感は説明できない」(大意)とあった。

そのほかの作品も充実しているのだが、どうしてもこの二つについては書くべきと思って書いてみた。

大災厄の後も、生き残った人は、生きていかなければならない。そのことについて、深く考える人は見に行ったら得るものが多いと思う。
なに、チケットなどはディスカウント屋で300円もしません。ぜひどうぞ。
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