eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2010-08

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への字口

年をとると、いやなこともあったりするので、知らず、口元をゆがめたような表情になっていることがある。

ふと思ったのだが、口をへの字にゆがめるというのは、何かを我慢している表情である。ちょっと押すと涙がこぼれそうである。
涙がこぼれないほうにころがると、苦虫をかみつぶしたような顔になるのだろう。
への字口で、困った顔をしているうちはこぼす涙もまだ意味もありそうだが、松本清張のようになると、いまさら泣いても何も変わらないことを自覚しているので、あのような表情になったのかなとも思った。
でも年をとるというのは、そういうことかもしれないね。
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朝日新聞 8月22日付 書評欄

1.浜田奈美記者 コラム「扉」
このなかで、ブックファースト店長によるブログ記事(http://www.ikkojin.net/blog/blog6/post-2.html)およびその余波を紹介していた。ブログのなかで、池上彰氏の著作乱発?をバブルと見て、他の例として内田樹と茂木健一郎あたりの名前が出ていた。このような話があったのは知らなかったので、紹介記事はありがたい。
さっそく、内田氏のブログを見たら、「ウチダバブルの崩壊」(http://blog.tatsuru.com/2010/08/13_0928.php)、「バブル後記」(http://blog.tatsuru.com/2010/08/14_1032.php)という文章で、真摯に受け止めていた(と思う)。武道を学ぶ方なので、セルフコントロールが上手なのではないかとも思う。「残心」という言葉も思い浮かんだ。

そういえば茂木氏は、以前4億脱税したのにあまりお咎めもなかったようで、そのことが強く印象に残っている。「忙しくて申告するの忘れた」という理由で通るなんて、税務署も寝ぼけてるのかね? 普通なら1億の申告漏れがあれば朝日新聞をはじめとするマスコミでは犯罪者扱いされて大騒ぎのはずなんだがな。
で、その茂木氏であるが、現状のまま行くそうです(http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2010/08/post-be9f.html)。それぞれの判断だからだが、それでいいと思うが、この中の一文、「ある本がバブルだとか、浮ついているとか、そんな評価をするのは、一緒に仕事をした編集者(生活がかかっており、時には社運をかけて、一生懸命やってくださっている)に失礼」とあるが、柳の下の二匹目の泥鰌を狙うような編集者と仕事をしているのであれば、べつに失礼ということもないんじゃないか。そういう編集者は次のターゲットを探していると思うよ。自分の存在が消費されないように気をつけたほうがよかろうとは思うのだが。

2.佐々木俊尚氏 コラム「売れている本」 
今回は、塩野七生著「日本人へ リーダー篇」を取り上げている。佐々木氏は、なんとなく本の読み方が大雑把な印象があり、書くものも「言いっぱなし」(書きっぱなし)という印象がある(が、それは単に俺の思い込みだけかも)。
さて、このなかで塩野氏の「戦争には大義など、もともとない」(大意)という文章から、佐々木氏は「大儀なんて言うものは後から勝者が唱えるだけのも」と書いている。
塩野氏の独特の書き方は、ある一定層にはよくウケルだろうと思われるが、それはそれでいい。

ところで、イラク戦争開戦直前、国連安保理事会の会議では、エル・バラダイ氏は「イラクの大量破壊兵器の査察は継続すべきである」(=まだ戦争に踏み込むべきではない)と述べたが、それは受け入れられず、アメリカとイギリスは開戦に踏み切った。しかし、戦争の原因である大量破壊兵器は結局なかった(もともと存在していないことを承知の上で開戦に踏み切ったという説さえある)。
当時、テレビでその会議を見ていたが、大量破壊兵器の査察継続をすべきであるというのは俺には真っ当な意見に思えた。開戦なら、十分な査察の後でもできたはずであるし、米英の圧倒的な戦力があれば、どちらにせよ負けるわけはない。
このことを思い出すと、開戦側が「大量破壊兵器の存在」という「大義」を口にし、しかもその時点で、その大義に疑わしさがあるとすれば、やはり米英に対して疑義を示してもおかしくはない、というかそれが正常であると思う。
佐々木氏が書くように「日本では、どこにも存在しない空虚な理想に依拠し、情緒的に政治や社会を語る風潮が蔓延している」とも言える。たしかにそうだが、それは佐々木氏も属しているマスコミがその風潮を作っていることだよ。自らの足元を見よ。
また、開戦理由が薄弱であれば反対するのは、別に「空虚な理想に依拠している」わけではない。正当なことほど、正当な手続きが必要である。つまり「目的は手段を正当化しない」。これは人類が血を流しながら、やっとたどり着いた認識である。フランス革命、ロシア革命、卑近なところでは小泉改革、と例を挙げるまでもない。戦争はさけるべきだが、どうしてもやるというのなら、人が死なねばならぬのだから、せめてきちん開戦と終戦後の後始末をやってくれ、という考えもあるのだ。開戦に反対したもの全員が、「空虚な理想に依拠し、情緒的に政治や社会を語」っているわけではないのだ。
ちょっと興奮して筆が滑ったような気がするが、佐々木氏はもう一歩踏み込んで考えてほしいと思った。

さて、蛇足を少し。
塩野氏はローマ史の専門家であるはず。しかし、ローマ文明は実際的ではあるが、ギリシャは超えられないと多くの人が考えていると思う。その理由は、ギリシャは戦争においても、「理想」というか「あるべき姿」を考察しているからといえば言いすぎか。プラトンとかアリストテレスとか断片的に読みかじった印象にすぎないが。
やはり空虚であっても「理想」は大事だよ、空虚なままにしていてはいけないが。国家の規模で比べれば、ギリシャとローマは比べ物にならないはずだが、いまだにローマの師匠はギリシャといわれるのには、相応の理由があると思う。

不正使用とか不正請求とか

これは、ある人から聞いた話だけれど、半信半疑である。本当だとしたら、世の中ちょっとどうかしているが、いかにもありそうな話ではある。

さて、鉄道各社が回数券というものを販売している。たしか10枚の値段で11枚の切符が買えるはず。なかにはけっこう長距離の回数券もあり、高額らしい。
回数券は使用区間が決まっているのだが、何かの拍子でその区間外から切符を買って電車に乗ったとする。すでに回数券を持っているので、買う切符はその駅から、回数券がカバーしている分を買えばよい。そして目的地(回数券の目的地)で降りるときに、有人改札口を通ったとする。もし機械で清算すれば、乗った切符と追加料金を現金等で払うわけだが、有人改札口だと、乗った時の切符+回数券でも清算できる(らしい、やったことないので)。ここまでは、実際にはいろいろなバリエーションがあり得ると思う。
ポイントは次の部分。有人改札口で支払いに使われた回数券は、改札機も通しておらず、未使用の状態と物理的には同じである。つまり新品として使える状態である。
このような回数券が、どうしたわけか料金として回収されないで、どなたかのポケットに入ってしまうことがあるらしい。かといって換金するのは難しかろうから(そうでもないのか?)、個人的に使ったりするのだろうか。鉄道には必要な場合しか乗らないので、詳しくは分らない。
たしかに、ときおり鉄道会社の社員が定期券やらの不正使用で捕まっているが、この手の話はよくあるのだろうかとも思う。でも売り物に手をつけてはいかんのじゃなかろうか。

この手の話で、ひとつ思い出したのだが、傷害保険と整骨院の話。以前「論壇」というニュースサイトを見ていたら、不正請求が多いというような話が書いてあった。けっこう金額も大きいらしい。
http://rondan.tv/?s=%E6%8E%A5%E9%AA%A8%E9%99%A2&x=18&y=12

実体験でいうと、職場のレクリエーションのスポーツ保険で、例年問題なく更新されてきた保険が、ある年、保険会社からクレームが来て年次更新でもめたことがあった。自分が担当していたわけではないので、たまたま受けた保険会社のクレーム電話と担当者の話を総合すると、このようなことがあったようだ。保険の対象者が怪我をして、保険支払いを申請すると、規定にそったものであれば支払いが受けられる。ただし、支払いの最低額は決まっていて、数千円くらいは出る(たしか軽傷の場合(?)、支払い実費ではなくて、通院日日数で計算していたような記憶がある)。例えば、怪我した人の支払いが500円だったとしても、保険会社の支払いは何千円か出るということ。これを悪用すればちょっとした怪我などの場合でも、数千円の小遣いが手に入る。たまたまそうなってしまうこともあるだろうが、このような保険請求が年ごとに増えてきたので、保険会社が更新を渋ったということらしい。ちなみに怪我の内容は打撲とかが多くて、「論壇」にあるような整骨院とかが絡むのかもしれないが、そこまでは分らなかった。何年か前の記憶なので詳細は忘れたが、概ねこのような話であった。

この手の話、案外多いのかね?
死んでいたのに年金を家族が受け取っていたという架空長寿老人の話もおなじ系統の問題に思える。

むしょくどうてい と むしょくとうめい

「41歳、無職、童貞」という書き手がかつて2chにいたそうで、まとめサイトを読んでいたら、悲惨に面白すぎて読みふけってしまった。
ところで、「むしょくどうてい」と「むしょくとうめい」は口に出してみるとよく似ている。
両方とも純粋であるところがよく似ているだからだろうか、ナンツテ。

とか書いていたら、他の人も無色透明と無職童貞について考察されていた。なるほど。
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