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eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2010-07

山田風太郎「幻燈辻馬車」

朝日新聞読書欄の筒井康隆の連載で勧められていたので読んでみました。どうも一部、私の郷里のことも出てくるらしいし。
ページを繰るのが惜しいくらい面白いです。この本の面白さについては多くの方が書いておられるので、私はごく簡単なところを。

・魅力的な登場人物が多いが、心ひかれたのは老儒者の晩香先生。昼行燈のようなふりをして、じつはよく分かってらっしゃる。とくに最終章で、娘婿である赤井青年が、密告を恐れて罪なき車夫を殺したとき、赤井に対して謀反に参加する資格は失ったと宣告してからが格好いい。主人公である干兵衛のセリフに「自分の目的をとげるためには、他人を虫ケラ扱いにする人間はきらいでね」とあるが、これは「目的は手段を正当化しない」という著者自身の確信のあらわれであろう。フランス革命、ロシア革命、大東亜戦争、いずれも大義のないものはないが、そのために命をなくした者も数知れずいる。
また赤井が加波山に行けない以上、誰かが爆裂弾を運んでやらなければならぬが、それを晩香先生が持って行くつもりであったというのが格好よい。「まさか、わしが鉄砲を撃つわけにはわけにもゆかんが、ちょっといって、檄とか斬奸状とかの文章など、案じてやろうと思うての」といって娘たちの位牌二つを抱いて、少々おどけた口をききながら死地に向かうのであるが、儒者として生涯をかけて思想にかかわった者の最後の姿としてふさわしい。
・最後の部分、干兵衛と晩香先生を乗せた辻馬車が、亡霊と同じ燐光に包まれて疾走していく場面は、目からちょっとなにかの汁が出ます。
・私も子供が小さい時は「とと」と呼ばれていたので、お雛がそういって亡き父の亡霊を呼び出すときはグッときます。
・ところで、この作品では女性がどんどん死んでしまうが、かわいそうです。このへんはエンターテイメントとして、受けを狙ってしたのかもしれないが。
・作品中に出てくる、足尾鉱毒問題と旧相馬藩の関係であるが、wikipediaによれば、創業者・古河市兵衛は、旧幕藩時代から縁があった旧相馬藩主を名義人にして鉱山を買収し、相馬家家令であった志賀直道(志賀直哉の祖父)が市兵衛の共同経営者になったそうで、相馬家が直接鉱山経営をしたのではないらしい。すこしほっとしました。
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2010/7/11付「天声人語」

 鳩山氏退陣からしばらくして読んだ記事(2010.6.16「ザ・コラム コザ暴動が教えること」外岡英俊編集委員)に以下の一節があった。

引用
「(鳩山総理辞任後、)沖縄の各地を歩いた。さぞや怒りや憤りが充満しているだろう。そう思って訪ねると、人々の反応は意外なものだった。「鳩山さんはよくやった。彼だけが沖縄の基地問題を、全国化、国際化してくれた。結果的には米国に押し切られたが、歴史的には、沖縄にプラスだろう」そう語るのは基地問題を全国に発信してきた音楽家・海勢頭豊さんだ」。
引用終わり

 執筆者からすれば、ほとんどの沖縄県民が鳩山氏を非難するだろうと思っていたので、「意外にも」という言葉が出たのだろうと思う。
 ところで、7/6付紙面では、小熊英二氏が沖縄基地問題について語っていたが、そのなかで、「戦後一貫して続いてきた、非対等な日米関係の延長線上でいまだに事が動いていると感じます。アメリカ政府は、在沖米軍が具体的に何の役に立っているのかは軍事機密だとして明かさない。限定的にでも情報を開示して沖縄県民や日本国民の合意をとろうともしない。それで日本の政権が危機に陥っても姿勢を変えない。いわば『問答無用』で、対等な関係とは言えません。ですが世論の関心は、鳩山政権の失策という点に集中し、そのことにはあまり目が向けられませんでした」と書いている。
 たしかに鳩山政権は「失策」といわれるように沖縄基地問題を解決できなかったが、今度の管政権ではそもそも基地を移転する話自体がどこかへ行ってしまった感がある。ならば、鳩山氏を降ろさずに、のらりくらりとアメリカと交渉を続けていたほうが、基地移転問題に関してはよほどましであった。失策はあったが、とにかく鳩山氏は基地移転を実現しようと考えて行動し、オバマ大統領をある程度は追い込んだのだから。

 そこで、本日(7/11)の天声人語を見て目を疑った。末尾に「夏草や普天間問題はや遠し」などと時事句めいたことを書いているが、「はや遠し」となるように仕向けたのは、天声人語子を含む朝日新聞にも責任があることを忘れたふりをする気だろうか。
 基地問題では、例えば「5月末には答えを出す」という鳩山氏の発言に対して、なにかといちゃもんをつけていたが、戦後65年間解決しない問題のまえで、1、2カ月の遅れについて非難するほうがおかしい。それともこのような「常識」すら記者たちに求めるのは難しいのだろうか。

 郷里の近くでは原発が多く建設されてしまった。後日、叔母が言っていたのだが、賛成派の集会には賛成派しか来ない。反対派の集会には反対派しか来ない。議論するのは、それぞれの党派に準ずる事のみ。だから、どちらにも顔を出さないようになってしまった、という。
 記者が取材する際、反対意見を得るために反対派に取材し、賛成派の意見を得るために賛成派に取材し、ということだけでは、どちらにも属さない普通の人々の意見(それが多数だったりもする)が得られないという基本的事項が分っていないならば、記者を辞めたほうが世の中のためになる。

 それにしても、天声人語子の能天気具合には驚いた。2007年4月より福島申二、冨永格という方が書いているそうだが、それなりの年齢の方だろう。しかし、もうぼけたのかな。
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