eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2009-03

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志村ふくみ「白夜に紡ぐ」とカンディスキー

志村ふくみ「白夜に紡ぐ」(人文書院)という本がしばらく前に出ました。
内容はさておき(お好きな方なら分かると思いますが、私ははじめて読みました)、表紙は著者自装ということであるが、使われている図版がみょうに気になった。
なんだか見たことがあるような、ないような絵柄であったので、カバー裏の説明を見たらカンディンスキーの絵のほんのごく一部であった。
※画面左側の遠景に塔があり、川岸に人影?のある部分。

たいへん美しい表紙であるが、あの絵のあの部分だけを切り取った感性の繊細さに驚いた。
やはり出来る人はちがうんだな。
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最近の写真

季節的にはちょっと前です。
同時プリントからスキャンしたので、ちょっと画質がよくないですが。

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早稲田界隈の三しだれ桜

などと勝手に思っておりますが、
一は、龍善寺のしだれ桜。早稲田通沿いにあり、道の反対側から姿全体がよく見えます。
二は、区が違うのですが、関口芭蕉庵のしだれ桜。これは毎日見ています。
三は、済松寺のしだれ桜。じつは幻の桜で、門の外からうかがうことしかできませんが、そうとう立派な木のようです。

以前、立川談志を取り上げたテレビ番組を見ていたら、彼は桜の季節になると、いつも庭先の桜を呆然と眺めてすごすそうな。
私も、昼休みは桜を見て、日々呆然としております。

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人工国家についての一考察

人工的に作った国家は1世紀くらいで崩壊する。
ただし、地理的条件と国境が重なっている場合はその限りではない・
つまり、人工的に国境を策定したような国で、理念、政治体制等により成立した国家は崩壊しやすい、などと妄想してみた。

例としては、USSRとか、イスラエル(予定?)。USAはじつははなから分断しているので、これ以上なかなか崩壊しない、ナンツテ。

引き続き、関口芭蕉庵

今年は、本日から正門を開けて、甘酒も飲める(200円)ようにしてくれました。
昨年は、枝垂れ桜も終わりかけのころに正門を開いたようなので、残念な思いをしたのですが、今年は花に合わせて開けてくれたようです。ありがたいことです。
桜のもとで、頭のタガを緩めながら、甘酒を飲むのがこの季節の何よりの楽しみ。

ところで、甘酒というとべったりした甘さのものが多くて、実はあまり好きではないのだが、ここのだけは不思議と口に合う。おいしい。なんでかな。

Orbの話

Orbとは、写真に写り込む小さな水滴のような光球。オーブ現象、玉響(たまゆら)ともいう(wikipedeiaより)。

先日、仕事で写真屋さんに撮影を頼んだのだが、仕上がりを見たら、いわゆる「オーブ」が写っていた。
写真屋さんに、なんとか画像処理で目立たなくできないかと相談したが、コスト的に無理と言われた。

その時の雑談で聞いた話。
最近はカメラがデジタルになったせいで、このorbが出やすいらしい。
デジタルの場合、エッジが目立ちやすくなる傾向があるので、埃っぽいところでストロボを炊くと、けっこう高い頻度でorbが画面上に現れるとのこと。同業者同士で話題になっているという。
対応策としては、埃が落ちるまで待つしかないそうだ。

別に心霊現象ではないそうなので、そういう話の好きな方には残念でした。

関口はせを庵

昨日、東京は雨だった。
関口芭蕉庵に立ち寄ったら、管理の人以外だれもいなくて、しだれ桜をひとり占めして眺めることができた。
雨も佳日也。

basho
江戸百景 歌川広重 「せき口上水端はせを庵椿やま」
昔はこんなようすだったらしい。

俳聖の 枝垂れ桜を 拝みけり

「パワーポイント=紙芝居」説

仕事の関係で、講演やらスピーチやらをときどき聞くのだが、パワーポイントでプロジェクタを使用するような話は、たいていの場合、面白くない。

パワーポイントは、単なる電気紙芝居なんだろうな。
むしろ、昔ながらの紙芝居のほうが表現力があったりする。絵を半分だけずらして動きや経過を説明したり、枠ごと揺らして爆発を表現したり。

思うに、講演やスピーチはロゴス(logos)の場であるべきではないだろうか。
それが、「絵解き」に堕しては仕方がないだろう。
まぁ、話者のほうが、世の中の大半は馬鹿だということを前提に立って話をしているのだとすると、無学文盲の徒に道を説くために使われた「絵解き」の手法を採用しているのかもしれないが。
例えば、絵で読み仮名を振った般若心経もある。
これは、字が読めなくてもお経を唱えたい人の悲しいような気持ちまでも感じさせるが、パワーポイントの場合、字が読めるのに、自ら文盲になるような自堕落さを感ずるわけだ。

ソクラテスの弁明を読むとき、

しばらく前から、哲学の本としては読んでいない。むしろ勝小吉「夢睡独言」とか、息子の「氷川清話」と同列に読んでいる。
これに続く「クリトン」もいい。旧友同士の、真剣なやり取り。クリトンが、ソクラテスの息子たちがまだ小さいことを心配するところなど、浪花節的でさえある

ところで、以前はプラトン初期の著作の中のソクラテスについて、どう考えるべきか、悩ましく思っていたが、いまはこのように思っている。初期においては、ソクラテスの伝記作家としてのプラトン。中期においては、自分の考えを述べるための存在としてのソクラテスという面が大きくなってくる。後期では、プラトンは自分の考えをそのまま述べていると考えればいいように思っている。

ところで、中国語ではソクラテスを「蘇格拉底」と表記するらしい。
「弁明」は裁判劇なので、「蘇翁裁き(そおうさばき)」とかいって、歌舞伎化したら面白かろう。

秋葉で嘔吐(寸止め)

朝起きると頭痛。
調べると「群発頭痛」というものにあたるようだ。
とはいえ、仕事を休むほどではない。

午後、久しぶりに秋葉原に資材の買い出しに行った。
町を歩くと、巫女さんのコスプレをしたり、オタクふうの人が群れをなして歩いていたり、異様な雰囲気になっていた。

頭痛のせいか、比喩的表現ではなく、文字通り、吐きそうになった。

なぜかそのとき、森山大道はズラではないかと思った。
※これについては、「大道ズラ疑惑」というのがあるらしいが、たぶん自毛でしょう。
ただ、ここで書いたように、なぜかおばさんぽく見えるのであるが、それは女性ホルモンが多いからだろうと思う。となると頭髪も不自由しないだろう。それにしても白髪は染めているのかな。

父の見舞い

先週末、実家の父が入院中のため、見舞いに里帰りした。

まずは往路。
仕事を終えたあと、特急に乗ったが、最初の停車駅の前で人身事故のため、2時間停車。
なお人身事故は、自分の乗った列車ではなく、その前の列車だった。

電車が遅れたため、特急を降りた後の乗り継ぎ電車がなくなり、JRがタクシーを手配して、目的地の駅まで行くことになった。
夜中12時近く、見知らぬ同士がタクシーに乗り込み、30分ほど闇夜を疾走。運転手は、はやく仕事を終えたいのか、かなりスピードを出していた。

結局、家に着いたのは1時近く。
家族はみな寝てしまっていて、玄関だけが開いていた。
シャワーのあと、茶の間のわきを通ると、突然ラジオの音が響いた。
「出たか!?」。
父はいつも寝るときにラジオを聞いているのだが、いまは入院中でいないはず。もしかして来るべきものが来たか、それともいきすだまか。
茶の間の隣が父母の寝室なので、ふすまを開けたら、布団が二つあって、父が寝ていた。どうやら外泊許可が出ていたらしい。
それでも、驚きがおさまらぬまま床についた。

翌日、何事もなかったかのように、家族で朝食をとった。
13:30には病院に戻る車が迎えに来るということで、午前中は帰る準備をするくらい。彼岸も近かったが、墓参りもせずじまい。
昼食後、介護タクシーなるもので病院に戻ることになった。
俺も、姉といっしょにその車に乗り込んで、となりまちの病院まで送ることになった。
車中で、介護タクシーの運転手さん曰く、この間まで、自動車学校の教官だったとのこと。
しかし、子供の数が少なくなって、教習所の生徒が減り、赤字続きになっている。
そこで、これからは若い人ではなく老人がターゲットだということで、介護タクシーに鞍替えしたということだった。

さて、復路であるが、父を病院に送り届け、姉と駅に向かった。
強風のため、電車は90分遅れとのこと。朝からダイヤは乱れているため、いま来ている電車がどれに当たるか分からない。
姉はとりあえず、すでにホームに入っている下り電車に乗った。
俺は上りの特急を待って、指定席は取ってあったが一番先に来た列車に乗るつもりだった。
待つこと1時間。特急が到着したが、その特急は運休にして、その次の特急に指定の乗客も乗せることになった。
田舎駅なので、乗る人数も少ない。それも可能か。
けっきょく、あらかじめ指定をとっておいた列車に乗ることになり、2時間遅れで東京に着いた。

トラベルとトラブルは語源が同じという説があるが(本当は違うらしい)、そうも思いたくなる2日間であった。
ちなみにその次の日は休日であったが、仕事のため出勤。ちょっと疲れるのぅ。


永井荷風 断腸亭日乗 昭和20年3月9日

この日の記事、東京大空襲にて、偏奇館炎上のようすを含め、断腸亭日乗の白眉ともいわれている。
さて、このなかに、猛火の中を逃げまどう7、8歳の女の子と、それに手をひかれた老人を、火の回ってないほうに導いてやるという記述がある。
ここを読むと、なぜか「ソクラテスの弁明」のなかで、ソクラテスが負け戦のしんがりを務め、仲間をうまく逃がして、その大役を果たしたという部分を思い出す。

全然似ていない二人なんだが、共通点は俺が二人を好きだというくらいか。

二人とも、世におもねらず、「自己責任で」平気で武骨(ソクラテス)だったり、すきなように生きたんだな。
たぶん自己責任とは、こういう時に使う言葉なんだろう。


偏奇館炎上については、こちらでも書いております。

春も近いが、冬の写真

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※クリックすると大きくなります。

両方とも実はカラーです。

突然段ボールをフジロックフェスに送り出す会(仮称)w

というのをちょっくら書いてみたが、何をすればいいのやら。

mixiを見てたら、突然段ボールのリーダーがフジロックに出たいとか書いていた。
出たらいいと思うよ。充分な力量があるし、これまでファンでなかった人にも、良さがわかるだろう(と「D」で俄かファンになった者が書いておりますが)。

かつてフェダインをよく聴きに行っていた時、ドラムの大沼さんと、そのうちミュールスのフリージャズフェスに出たらいいんではないか、山下トリオもあそこで大絶賛されたし、などと話したことがあって、数年のちに、それが実現した。そのあとは、渋さ知らズでちょくちょく行ってるようだし。でも大沼さんは渋さはやめたようだな。
さらに蛇足だが、渋さに片山広明が出ているあいだは、どうしても見る気がしない。かつて、エンケンに暴言吐いたと聞いたことがある。なんか、これは渋さ知らズ関係の掲示板で読んだ記憶があるな。

それはさておき、
突然段ボールの場合、生活が苦しそうだから、なんとか今年の夏に間に合わせてやってください。
タイトルにはああ書いたが、あなたまかせのわたくしなのです。

例えば「3980」の呼び方についての一考察

物の値段で、3980円とか29,800円とかのように、若干割引いている印象を持たせるような値付けがありますな。
「ニッキュッパ」とか「サンッキュッパ」とか。

ある人曰く「2980」は「ニッキュッパ」もしくは「ニーキュッパ」と呼んで問題ないが、「3980」の場合、「サンッキュッパ」ではなく、「than[θæ ŋ]+キュッパ」と呼ぶべきだという。つまり、「サン」を「舌の先を上下前歯の間に軽く挟みこんで」発音すべきというんだな。
その心は、「3980」という価格設定は、お客さんへの感謝の気持ちをこめているから”Thank you”を織り込んで発音すべきだということです。


などと妄想してみました。

「貧乏するにも程がある」長山靖生

長山靖生「貧乏するにも程がある」(光文社新書)を面白く読んでいたら、なるほどと思うところがあった。
「内田百は借金魔のくせに愛されていたのではなく、愛されていたからこそ借金人生が可能だったのではないか。」
なるほどね。
たしかに偏屈だが、やっぱり愛嬌のある人だったんだろうな。
いくつか随筆を読んだくらいだが、短編「旅順入城」を読んだ時は衝撃を受けた。
これから少しづつ読んでいくのが楽しみだ。

東京も雪が降ったので

写真を撮ってみたが、雪が写っていなかった。これでは雨降りとかわらんな。

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アンジェラ・アキってなんかまじめすぎて

先日NHKで、この人の音楽を取り上げていたわけだが、なんだか思ったよりもまじめな人なんで、少し驚いた。
恥ずかしながら、ちゃんと聴いたことがなかったのだ。
「卒業」という曲が中学生らに人気があるそうなんだが、15歳の子が聴くにしては大人びていてまじめすぎるな。なんというか、自分で反省するのもいいのだが、もっと自己肯定的でもいいのではないかと思った。
簡単にいえば、もっと怒ってもいいのでは、ということ。
優しいのは大事なのだが、面倒くささのあらわれとしての優しさもあるしな。つまり、厳しくすると深く関わらざるを得ないから、それが面倒で、その場その場で適当に優しくして、じつはかかわるのを避けているというやつ。また、諦めの裏返しの優しさというのもあるな。

まぁ、俺が15歳のときは、エルビス・コステロのセカンドが出た頃だったが、彼もなんか怒っていたのだったことを思い出した。
怒りということについて、岸田秀なんかもからめて書きたいこともあるが、きょうはここまで。
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