eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2008-02

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萬晩報より、「背が伸びない米国人」

萬晩報というサイトがあって、ときどき興味深いことが書いてある。
このなかに「背が伸びない米国人」という話があります。

<以下引用>
 米国も経済成長を続けているのに平均身長のほうはヨーロッパのように伸びない。コムロス教授は米国社会にその原因を見る。欧州で基本的医療サービスは、ほぼ国民全員が受けることができる。反対に米国では13%以上の約4000万人が保険に入っていないために医療サービスの給付を受けることができない。3500万人が貧困線以下の生活をし、多くの大都市に非衛生的な地区がある。その結果米国はOECD加盟国のなかで乳幼児死亡率が一番高い。また米国は成長に必要な栄養分が摂取できないファストフードの発祥地である。これも、米国人が水平に拡大しても垂直には伸びていかない原因の一つとされる。
<引用終わり>

米国というのは、シビアな社会なのだな。
学生時代にお世話になった西江雅之先生の話によれば(以下ちょっと、うろ覚え)、エチオピアの高原地域-ランボウがさまよったアビシニアあたりは、「元気な人」しか居ないそうだ。というのは、生活が過酷過ぎて、ちょっと病気したり、体が弱かったすると、あっという間に死んでしまうから、健康な人しかいないというような話だった。
そんな話を思い出しました。
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貧者の最終兵器(カメラ編)

貧者の最終兵器といっても、パキスタンの原爆じゃないからね。

フィルムカメラが猛烈に値下がりしているが、そのなかでも、一応どんな場面でもカバーできそうな組み合わせを考えてみた、というか今使っている。ミノルタハイマチック-Fとかの小型のレンジファインダーカメラを使えば安く済むのは分かっているが、それじゃ面白くないでしょ。
・ボディはEOS650。シャッター汚れ品を1000円で買って、掃除して使っているが今のところ支障なし。
・レンズの組み合わせがミソ。EF50/1.8とタムロン28-200のズームの組み合わせで使用する。
・フィルムはモノクロの400あたり入れとけば良いんじゃなかろか。ネガカラーなら100を使いたいが、ズームレンズが暗いので、ちょっとパス。

このセットだと、運動会から夜景まで、たいていのものは撮れるんじゃないか。50ミリをメインに、必要があればズームを使う。もしくは、ズーム中心で使い、ポートレートとか、暗いところでは50ミリを使う。どっちでもお好みでどうぞ。
フラッシュなんていうものは使わないけど、パナソニックの小型の買ってもいい(いつもバッグに入れてある)。

これで、1万円ちょっとでそろうと思うけど、いかがでしょうか。
場合によりズームは28-100とかでもいいと思います。

書痴に処置なし

という駄洒落を思いついたのだが、先ほど、とある図書館の前を通ったら酒見賢一「陋巷に在り」全12巻が破棄処分につき、自由に持ち去り可となっていた。ちなみに文庫版ではないよ。
その時は用事があったので改めて来てみたら、既になかった。残念也。
でも家にはかさばって置いておけないので、ちょっとほっとした。

虚実粘膜論

という駄洒落を思いついた。(PAT PEND)
まずは、「虚実皮膜論」のおさらい。
これは近松門左衛門の戯曲論であるが、以下のような経緯で書きとめられたそうだ。
http://homepage2.nifty.com/hay/hiketu.html

浄瑠璃の注釈書である「難波土産」という本があるが、三木貞成という人が書いた。このなかに、近松に親しくしていた穂積以貫が、近松から聞いた話として「虚実皮膜論」が取り上げられている。その要点を引用すれば、以下のようになる。
「虚(うそ)にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰(なぐさみ)が有るもの也」(虚と実との微妙な境目にこそ、芸の面白さがあり、観客は魅了されるものである。浄瑠璃の文章も、その心得を忘れてはならない。)

さて、「虚実粘膜論」(PAT PEND)はそれほど立派な話ではなく、人間関係の真実は、粘膜と粘膜の(こすれあうところの?)間にある、というような話。ちょっとエロいかな。上手な人が書けばもっと膨らますことができるだろうに、こっちにはその気がないものだから思い付きを書き飛ばしただけです。まことに申し訳ない。

ところで、googleで検索したら「虚実粘膜論」という言葉は、本日現在(2008/2/21)他には使われていないようなので、とりあえずそのことを自慢として(自慢になるのか?)書いておく。

(2008/6/4追記)
と思ったが、アラーキーあたりが言っていたような気がするな。記憶があいまいです。

永遠の写真青年 桑原甲子雄

1976年 晶文社刊「私の写真史」より、「下町生活者の目」抜粋

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 しかし、戦後からの私は今日まで長い間、編集者として、エッセー者としてインテリ流民的思考をかかえていて、これが写真をとるのに障害となることをもとも恐れている。つまり私は、これからも写真をとろうとするわけである。ご声援を。
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これは、たしか還暦をむかえたころの文章である。実年齢と精神は関係ないのだな。
本当はもっと前の部分から引用したいのだが、とりあえずここだけ。

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こんな日もある。

NHK教育で白川静先生の番組をやっているのだが、第2回目を見逃してしまっていた。
で、
昨日の早朝に再放送があるのでビデを(というかHDレコーダー)を予約していたのだが、予期せぬアクシデントで録画できなかった。先週から予約してたのになぁ。
話の内容自体は、おおよそ見当がつくのだが、がっかりしてしまった。とはいいながら、松屋銀座の中古カメラショーには行ったけどね。早川通信はニコマートの特集でした。

で、
昼飯に鰤の煮つけを食べた。家に帰って食卓を見たら、やっぱり鰤の煮つけだった。
で、
トイレに入ってウンを拭いたら、ちょびっと指についた。
で、
家人が風邪で寝込んだ。


こういう日もある。

水野忠夫賛江

アクセスログを見ると、「水野忠夫」で検索して見に来る方がちらほら居られる。となればもうちょっと水野先生について書かずにはおられない。

水野先生を知ったのは、西江雅之先生の話からなのか、それともその前に、ブルガーコフについて興味があったのか、今となっては定かではない。西江先生についてもいずれ書かないといけないな。なにしろ尊敬する先生の一人であるから。
しかし、いずれにせよ、同じような時期ではあった。大学2年の頃か。

さて、西江先生から聞いた水野先生の話をしてみる。
むかし、早稲田の学生会館で、分厚いロシア語の原書を読む青年が居たそうな。毎日、そこにいて、しかも確実にページが進んでいる。それを見て、西江先生が声をかけたそうだ。
たしかに、西江先生の専門とするコミュニケーション論のうち、シュールレアリスムに関係する部分がある程度ある。そして、ロシア・アバンギャルド(と一口に言ってしまってよいのかどうか、若干の不安はあるが)の人々が、シュールレアリスムに深くかかわっていたことも事実であるそうだ。
そのへんから、両先生が話し始めたそうだが、それよりもお二人ともお酒が好きという要因があったと思う(この辺は蛇足也)。

さて、何はともあれ、「巨匠とマルガリータ」を苦労して探し出して読んだ以上、水野先生の授業を受けずには済まぬ。しかし、自分は露文ではないので、一般科目として水野先生の授業を受けた。そのときの授業は、ロシアの象徴主義について取り上げていたと思う。このときに出てきた人名は、今は失念したが、昭和初期~戦後間もない頃のキーパーソンであったりしたようで、なかなかに馬鹿にできない、というよりも自分の仕事上ではかなり役に立った(一般的にはあまり役に立たないような気がするが)。

ところで、水野先生の授業を、地味だとか、暇だとか、つまらんとか言っているいるような輩が居るようである(これはインターネット上で検索した話であるが)。俺から言わせれば、だから馬鹿には分からんのだ、というしかない。おそらく水野先生のお弟子さんたちは、ちょっと見には退屈そうな語学をマスターした上で、文学の世界で遊んでいるのだ。俺から見ればみんな天上人である(ちょっと大げさ)。そこまで至らぬものが、いったい何を言うか。馬鹿でも発言できる世の中が空恐ろしいわい。
俺も馬鹿ではあるが、真実偉い人を誉めることだけは欠かさぬつもりだ。そして足を引っ張るつもりは毛頭ない。
というわけで、とりあえずタイトルどおり「水野忠夫賛江」というわけである。

書きながら思い出したが、大江健三郎「小説の方法」を読み、そこからフォルマリズムについて関心を持ち、そこから派生してロシア・アバンギャルドに行き着き、ブルガーコフにたどりついて、水野先生に行き着いたのだな。
この項、さらに書き継ぐべきか。

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本田靖春「我、拗ね者として生涯を閉ず」

かっこいいね。
心ある者ならば、一度読むべし。
本田氏が、売血を廃止させ、献血運動を推進した立役者の一人であるとは、知らなかった。勉強不足なり。
ただし、その代償として肝臓ガンとなった。
また血液製剤に関連して=元731部隊の流れとなるミドリ十字にうまくのせられ、後の薬害エイズにつながる事態に関係したことも正直に語られている。
なにより、文字通りの満身創痍でありながら文章自体は、明朗であり快活であり、明晰である。そこが何よりかっこいい。

だから、とくに若い人は読め。

それと正力松太郎という一種の怪物について書かれた部分も面白い。後藤新平がらみで、正力に興味があったので、なおさら面白く読めた。

漱石公園 リニューアル

早稲田にある、漱石公園がリニューアルされたというので、散歩がてら出掛けてみた。漱石公園は晩年の漱石の自宅(いわゆる「漱石山房」)を公園にしたもので、漱石の胸像やら猫塚やらがある。

今回は、漱石が居た当時を偲ばせるような風情になっているということなので、ちょっと期待して行ったのだが、あったのは、漱石宅のベランダを模した書割風のものが作られていた。さらに言えば、ドリフのハリボテ風でもある。

あれでは、少々さびしい気がするが。

戦争と平和と、自由

先日、ある先生の講義を聞いて知った。
「法」という字は「氵 さんずい」に「去る」と書く。語源から言えば、中国の大草原で馬などを飼うとすると、普通の柵では飛び越えられて逃げられてしまう(=去る)。そのため、堀を掘って水を張り逃げられなくする(氵=水)。ここから生まれた「法」という字には、もともと対象を抑えてコントロールしようという意味があるそうだ。
だからこそ、東洋的な理想社会では、あまり法や社会制度に支配されずに、自ずから上手く行くような「鼓腹撃壌」的社会が理想なのだろう。

一方、欧米的に考えれば、法の支配すなわち平和、治まる世ということのようだ。

ところで、ここで考えた。
戦争と平和を考え、戦争(それと圧制)は、人権が阻害され、自由がない世界と考えることできる。また平和とは法が支配する世の中だと考えてみる。しかし、平和には法に支配された自由はあっても、ほしいままの自由はない。むしろ、ほしいままの自由は、戦場、もしくは乱世にこそあるだろう。
となると、放恣なる自由を求める者は常に社会に一定数いるだろうが、彼らは平和に安んじられることがないことになる。
そこで、平和に安住できない人々は何を仕出かす(仕出かしている)のであろうか。社会の構造上、そのような人々の存在は避けられないが、ではそれに対する対応はどうあるべきか。擬似戦争とも言うべきスポーツで発散できるくらいの程度ならば良いのだが。

この項、もうちょっと考えたいが、頭が足らなくなりそう。

坪内祐三 「人声天語」

 以前「週刊文春は恥を知れ」という文章を書いたが、今月号の文藝春秋を読んだら、坪内祐三が自己の連載「人声天語」で、週刊文春についてある種の批判をしていた。内容はレコード大賞の際の「エビちゃん(蛯原友里)」の司会ぶりを「KY(空気読めない)」と揶揄している週刊文春に対して、「本質的に馬鹿なのはエビちゃんではなく、お前(週刊文春)だろう」(大意)というものであった。
 身内に対する批判をさらりと載せている文藝春秋(月刊、いわゆる「本誌」)は、やはり大人の風格がある。身内へ対する耳の痛い言葉でも、載せるべきものは載せるという態度が、さすが文春というべきか。

 以前、「噂の真相」誌に書いてあったと思うのだが、文春は社内の風通しがわりと良いそうである。例えば、内部告発を平気で文春のレターヘッドつきで送ってくるそうであるし、田中健五氏?(当時は文春社長だったか)が、自社のスキャンダルは面白くない、他者のスキャンダルは大喜びで見ている、などとざっくばらんに語っていた。
 さらにさかのぼれば、文春は菊池寛主催の文士のための雑誌である。そこにはもともと文士同士の、互いの作品に対する正当な批評を受ける際の、潔さやけじめがあったろうと思う。この辺は、嵐山光三郎「追悼の達人」を読んでみて、知ったことであった。
今回の坪内氏の文章を読んで、それに通ずるものを感じることができた。

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「911から1年たったが…」抄録1(2002/09/11~2002/02/26)

「大きい物語」と「小さい物語」

以前、2chのカメラ板で「911から1年たったが…」というスレッドを立てたことがあった。
立てたのは、2002年9月11日。書き出しは、
「もちろん、自分の写真が特別変るわけもなく。
ただ、前よりも家族の写真が多くなったかな。」


これからそれを自分なりにまとめていってみようと思う。とはいえ、他の方の書き込みもあるので、それはできるだけ直接引用を避けるべきだろうか。

なぜこんなことをするのかといえば、このときに考えたことが、桑原甲子雄氏について今、自分が考えることと強く結びついているからだ。

以下、自分の書いた部分を適宜抜き出していってみる。
02/09/11
距離計のないカメラを称して「街が戦場のように撮れるカメラ」と言った人がいて (それはいいのだが)、それをまた、さもありがたい言葉のように書き散らしている人がいるが、実際に街が戦場になってしまう今の世の中では、世迷いごととしか思えぬようになってしまった。

02/09/11
マグナムの9/11の写真展(「マグナムが撮ったNY 9.11」)をやっていたが、なぜか見に行かなかったな。何故だか自分でもわからない。マグナムがらみの写真展はたいてい行くのに。見に行った人いる? どうだった? どう感じた?

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泥酔したのだ

2/6、ウォッカ蚤杉田。反省しきり也。

ただし偉い人と飲んだので、いいウォッカだったらしく、夕方までダルかったのだが、それほど苦しまずにすんだ。
もう年なので、無茶しないようにしよう。それと年よりは安酒を飲むべきではないだろね。

【追悼撮影行】写真家 桑原甲子雄先生逝去-2

桑原甲子雄先生が亡くなって思い出したのだが、たしか麹町のボンカラーで桑原先生のヨーロッパでの写真を展示していたことがあった(2003年8月「桑原甲子雄 PARIS 2 1978」)。たしかヨーロッパ旅行の写真はなかなか見ることができなかったはずである。

そのとき、ボンカラーの社長さん?とお話しする機会があり、桑原先生の写真はすべてボンカラーで管理することになった、という話を聞いた記憶がある。
さっそく、ボンカラーのサイトを見たところ、あろうことか、2007年9月に完全閉店したという。
http://www.boncolor.co.jp/
さらにこちらもご参照のこと。
http://www.concepts.jp/blogger/2005/08/blog-post_13.html

実はこのとき、ボンカラーで桑原先生のサイン入り写真集(「日本の写真家 19 桑原甲子雄」岩波書店 1998年)を買ったのだ。昨日はそのサインを思わず撫でてしまったよ。本当は一度お会いしたかったな。

さて、桑原先生の写真の行方はどうなるのだろうか。公的機関に預けたのかな。
自分としては「桑原甲子雄全集 全10巻」くらいで出してほしい。編集長時代の写真論もよんでみたい。


今日は、50ミリレンズを付けて昼休みに町を歩いてみた。浅草は晴れて写真日和だったろう。

何枚か撮ってみたが、なんだか全部手振れしてしまったようだ。

【追悼】写真家 桑原甲子雄先生逝去-1

昨日の夕刊で見た。
今日は何もしたくない。

以下の文章は「東京昭和十一年」の濱谷浩(写真家・幼馴染)の文章の一部。
この文章のとおりの方だったのだろう。

桑原甲子雄、ブッキラボウでスカッとした男。かっこいい男だな。

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キネさん・桑原甲子雄           濱谷浩

 桑原甲子雄、平然とブッキラボウな男。さわやかとはゆかないが、いつもスカッとしている男。辺幅を飾らず、東京者にありがちな愛想のよさなどひとかけらもない。功利損得おかまいなく大胆率直に生きている。裏表、腹黒いところなど微塵もない。万事がカッコのよさ、調子のよさ、要領のよさがまかり通る今の時代に、桑原甲子雄の平然たるブッキラボウさは貴重な存在である。
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水野忠夫先生最終講義

2月2日(土)、早稲田大学ロシア文学科教授 水野忠夫先生の最終講義に行ってみた。
自分はとくにロシア文学を専攻したものではないが、ロシアアバンギャルド等に興味があったので20年ほど前に授業を受けていたことがあるのだ。

書きたいことはいろいろあるが、「巨匠とマルガリータ」(M・ブルガーコフ)が三度甦り、今度は池澤夏樹編の世界文学全集にはいるとのこと。
ブルガーコフのこの作品の生命力は伝説的だが、その水野先生の翻訳の生命も驚異的である。

行ってみてよかったな。

ところで、水野先生は4,5年前に鰻屋のすず金でたまたま会ったときよりも、非常に老けておられた。確かお酒好き&タバコも吸われると聞いたことがある。元気で活躍していただきたいので、できれば節酒、節煙なさるようにしてください。まわりのお弟子さんたち、よろしくお願いします。
「シクロフスキイ 規範の破壊者」 (南雲堂フェニックス)の佐藤千登勢さんは、水野先生の教え子のようです。 
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