eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2008-01

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「はしした」か、「はしもと」か

大阪府知事選挙が終わりましたが、「橋下徹」氏が当選しました。
さて、これをなんと読むべきか。先日までTVでは「はしした」と言っていたような気がするが、新聞では「はしもと」になってる。なんでじゃろ。

Wikipedeiaの橋下徹 2008/1/18の記述を見たところ、

戸籍での本来の名字は「はしした」であったが、「はしした とおる」では「橋の下を通る」という意味になり、語呂が悪いと思い、住民票を提出する際に「はしもと」へと変更したという。
※根拠は、『徹子の部屋』2006年10月2日放送とのこと。

まぎらわしい話よのぅ。
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石川九楊「縦に書け」(祥伝社)

手書きで縦書きをすることの良さに納得しながらも、今この場でPCで横書きをする自分という自己分裂に直面しなければならないのは、ツラいものがあります。

ところで、この本、至極真っ当なことが書いてある。多少一般向けに語り口をやわらかくしているが、そのために、石川氏のこれまでの著作を、分かりやすく噛み砕いた文章になっている。

とりあえず、知人への手紙は手書きで縦書きしようと思う。

※内容について追記。
基本的には、論語の「正名論」の延長にある発想ではないかと思いました。
http://kanbun.info/keibu/rongo13.html
・論語 子路第十三
子路曰。衛君待子而爲政。子將奚先。子曰。必也正名乎。子路曰。有是哉。子之迂也。奚其正。子曰。野哉。由也。君子於其所不知。蓋闕如也。名不正。則言不順。言不順。則事不成。事不成。則禮樂不興。禮樂不興。則刑罰不中。刑罰不中。則民無所錯手足。故君子名之必可言也。言之必可行也。君子於其言。無所苟而已矣。

近頃の若い者は…

という言い回しは、エジプトの古代遺跡で発掘されたパピルスにも書いてあったそうだが(真偽不明)、よく考えれば、そうなるのは、ことの必然だな。しょうがない。

というのは、文字が残るほどの文明であれば、おそらく時代が進むにつれて、より便利になっていったはずである。便利になったら人間は馬鹿になるのは、これ必定也。
不便であれば、頭を使ってなんとか現状打破しようとする。でも、最初から便利だったら頭・体を使う必要ないもんな。

そういえば、うちの父は旧制高校出であるが、数学・英語は未だにそれなりのレベルのようだ。先日の共通一次テスト(最近は、そういわないのか?)を解いていたろうと思う。

Zepp東京に、イタコが居たのか? Zappa Plays Zappa

昨日は、友人とZPZを見た。
3回ほど泣いた。
最初、スクリーンにZAPPAが出てきて、一緒に演奏をしているときに目頭が熱くなった。
次は、「Pygmy Twylyte」のギターソロでは親父様を越える瞬間があって、そこで泣けた。
三番目は、「Muffin Man」で親父さんとのギターの掛け合いで泣いた。

ライブが終わって外に出たら、ソプラノリコーダーでザッパメドレーを吹いている人が居た。えらく上手だったな。

今日、横浜で見る人がうらやましいです。

なおセットリストはこちらを見るといいようです。

■東京公演
Black Napkins
Magic Fingers
Carolina Hard-Core Ecstasy
Doreen
Zoot Allures
Pygmy Twylyte
Dupree's Paradise
Uncle Remus
Willy The Pimp
Black Page #2
Andy
Filthy Habits
I'm The Slime
Montana
Echidna's Arf (Of You)
City Of Tiny Lites
Florentine Pogen
-ENCORE-
Cheepnis
Cosmik Debris
G-Spot Tornado
Muffin Man

受験生の皆さんにアドバイス

といっても大したことではないのですが。

受験前に高校の先生から、「試験日には靴下を2枚くらい持っていけ」というアドバイスをいただいた。理由は、本日のように雪になったり雨になったりした場合、靴下が濡れてしまうと不快です。そこで、靴下を履きかえると気分も良くなって、頭もうまく回転するというわけ。

バカみたいな話にも聞こえるが、実際助かりました。私大の受験は、2月などが多いのですが、あんがい雪が降ったりする時期でもあります。
受験、がんばってください。

石川九楊「日本書史」

これ、なんかすごい著作だね。まだ、こんな馬鹿な言葉でしか書くことができない。

中国文化の圧倒的な圧力により、苦衷のうちに日本文化がひりだされたということがよく分かる。つまり、日本語・日本文化はクレオール文化だとはよく言われるが、それが真の意味で書かれている。
クレオール文化は、AとBという文化を足して2で割ったわけではなくて、A>B、もしくはA<Bというせめぎ合いのなかで、どちらかが優勢になって、負けているほうが影響を受けて改変されていくということだ。その証拠に、アメリカに長く占領されている沖縄では、英語の影響を受けた日本語の言い回しはあっても、その逆に、日本語が英語を改変したということはないだろう(単語レベルは除く)。

ところで、この石川先生、京都ということもあり、なんとなく二代目白川静を襲名しても良さそうなかんじです。そうはなさらないと思うが。
文字をなぞるうちに、先人の魂が乗り移ったような文章が、二人とも魅力的だ。そして、なぞるという肉体的経験を通した思考に基づく文章は、ある種の「確信の力」があって、「それって思い込みではないのか」とは容易に言わせない力を感じる。

「硝子戸の中」は「うち」か「なか」か

以前から疑問に思っていたのだが、漱石の随筆「硝子戸の中」の読み方は「がらすどのうち」か「がらすどのなか」か。というのは、以前から「がらすどのうち」と読んでいたのだが、近代文学館刊行の初版復刻版を手にしたところ、本文1Pのタイトルに「なか」とルビが振ってあった。さてどうしたものか。
いろいろ調べたら、以下のURLにて疑問が解けた。正解は「がらすどのうち」。ただし、漱石自身も揺れ動いていたようである。

「道浦俊彦/とっておきの話」
http://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/0401-0500/0401.html#5

以下引用となります。

◆ことばの話402「"いえ"と"うち"」

岩波文庫から出ている、「硝子戸の中」というエッセイ集。これも新聞に連載されたものを集めたもの(1915年=大正4年1月13日~2月23日まで全39回、「東京朝日新聞」と「大阪朝日新聞」に連載)で、本文114ページ、解説も含めて138ページと手頃です。

ちなみにこの本のタイトルは「ガラスどのうち」です。「中」を「なか」と読まずに「うち」と読む。そうルビが振ってあります。これは新聞社側の意志ではなく、明らかに漱石の意志によるものでしょう。なんせタイトルですから。竹盛天雄さんという方が解説で、「中」を「うち」と読むか「なか」と読むかについて書いています。竹盛さんは「硝子戸の中」をそれが新聞に連載された順に、一から三十九までに分けました。少し長い引用になりますが、それによると、

原稿を調査し「翻刻と校訂」
(*「硝子戸の中」について画期的な調査研究をした岡三郎氏の「夏目漱石研究・第二巻・硝子戸の中~校訂と解明」国文社1986、12)を遂行した岡三郎氏によると、漱石は、タイトルだけに限っていえば、一(*序)の場合には「うち」のルビをつけ、二・三・四・五にはルビをつけず、六から以下の七・十三・十四・十五・十六・十七・十九・二十五・二十八・三十・三十三・三十八・三十九には「なか」のルビをふっている。それ以外の八以下の各回では、ルビをつけていない。
しかし、漱石の気持ちでは「なか」とよまれることを前提としたものであろうと岡氏は推定している。「うち」から「なか」に変っていったのは、「朝日」が原稿にしたがわないで最初から「なか」のルビですすめたのに、漱石が妥協したのであろうともいっている。(荒正人氏もおなじように推定)
・・・(中略)・・・
「うち」と「なか」のよみわけは、いずれにせよ難しい。だが、この作品において漱石が連載進行につれて「なか」というよみを指定するようになったことは明らかである。漱石のユレがあるわけだが、それはまた作品の世界が、「中(うち)」から「外」をみての感想をかくということよりも、「中(なか)」にいて回想や瞑想にしずむ傾向をしだいに強くしていったこととかかわっているに相違ない。

(*部分は道浦が加筆)

エッセイ連載が進むなかで、漱石自身が「中」という漢字のルビも「うち」から「なか」へ変っていったそうです。ガラス戸の"うち"から"そと"の世界(=世間)を見ていた漱石の目線は、病が進むにつれて、自分の"うち"を見るように変っていき、遺作「明暗」につながるのではないでしょうか。「硝子戸の中」の最終回は、このように締めくくられています。

以上、引用終わり。

道浦俊彦様、疑問を解いてくれてありがとうございました。

去年今年

とくれば、「貫く棒の如きもの」(虚子)と続けたくなる。この句は教科書に載っていたのだが、案外忘れないものだね。

さて、年末年始は郷里に帰ったが、なにやら慌しく日を送り、新年を迎えたという感慨もあまりないままに仕事に突入した。なんだかしまりのない話で自分が情けない。

と言いながら、今年も駄文を連ねていこうと思う。
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