eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2007-12

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棒茄様

FC2の管理画面が変わったようで、なんだか使いづらいのだが。

ところで、わたくしめにも幸いなことにボーナスが出まして、さっそくちょっぴり買い物をしました。
CD
・Nate Morganの Retribution, Reparation
初めて聞く名前のピアニストだが、CD屋さんが大絶賛していたことと、曲名が、impulseだったりして聴いてしまったら、良かったので買った。でも曲が短いね。ライブでは盛り上がるだろう。
ついでに
・Charlie Haden Liberation Music Orchestraが1000円だったので買ってみた。

ほかに、カメラ関係では、
・ニコンのレンズフードHS-8を購入。これは昔のメタルフードで、レンズとのロックの具合など、とても出来が良い。
・ローライ35のレンズキャップも格安で買ったが、ロック部が磨り減っていた。よって再生法を検討中。

たまっていた現像代を払ったら、もうお金がなくなってしまった。いろいろ計画はあったのだが。
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団塊の世代=戦死者の生まれ変わり説

12月8日であります。
親を通してしか、戦争を知らぬ者が何を言うことができようか。

しかしながら以前から考えていたことを書いてみる。以下、妄想です。

団塊の世代は、戦争直後のベビーブームのころに生まれた世代である。
以前「魂の供給量」という文章を書いたが、この文章では、魂は輪廻していて、次に生まれる人に、以前どこかで生きていた誰かの魂が入り込む、というようなことを考えた。

このように考えると、団塊の世代には、誰の魂が入り込んだであろうか。思うに戦死者をはじめとする戦争犠牲者の魂が入り込んだに違いない。死者多くして、入るべき体がなければ、魂は余る。そこでベビーブームが来たら、当然その魂が入り込むだろう。その魂は、どんな魂だろうか。おそらく自分たちを死に追い込んだものを恨み、自らの生存を強烈に確保しようとする魂だろう。
彼らが青年期に、世界中で青年の反乱が起きたが、それは、生き残った大人世代(=戦死者となった人たちを使って戦争をしていた世代)への反乱ではないか。

以上のことは、単なる私の妄想ということであるが、岡野弘彦先生の歌にこのような歌がある。

 論理するどく 行動きびしき学生の父の多くは戦ひに死す

やはり、団塊の世代、学生の反乱には、戦争が色濃く反映していたのだと思う。

もう一首、今度は折口信夫より。

 いくさびと まつりごと人 みな生きて はぢざるを見れば 斯くてやぶれし

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「安藤昌益の世界」(石渡博明 草思社)について

ずいぶん久しぶりに安藤昌益についての本を読んだ。
実は高校のころ、安藤昌益に興味があって、田舎にいたのではあるが中央公論の「日本の名著」シリーズから取り寄せて読んだ記憶がある。
そのときは、まだ理解力が足りなかったことと、なんとも独創的な考え方についていけず、ろくろく読まずに済ませてしまった。

ただ、自分のなかでは、結局人間のしていることは大地を引っかいて、何かを得ているだけであって、それ以上のことは何もできないと思っているので、やはり影響を受けているのかもしれない。農本主義的か?
中沢新一に関心があるのもの、そのせいかもしれない。

さて、この本で痛快なのは、丸山真夫の「昌益には歴史的限界がある(大意)」論について、こう書いているところだ。「かりに昌益に「歴史的限界」があったというのであれば、丸山には「学者的限界があったというべきであろう」という部分である。著者いわく、学者は不耕貪食の徒の典型であり、「丸山は、昌益が送ったメッセージを、都市に住み学問を生業とする自身に突きつけられた挑戦状と受けとめることができなかった」。
なるほど。
そして自分自身も不耕貪食であることが恥ずかしいことであることをせめて忘れないようにしようと思う。
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