eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2006-01

コニミノや 嗚呼コニミノや コニミノや

※以下、別のところに書いたものを転載したものです。

コニミノが事実上落城した。城に火がつく前に両手を上げたようなもんだ。 これから書くことは、かなりとち狂っていると思うが、勘弁してくれ。

とにかく落胆したが、その理由を考えてみた。
というのは、俺はコニカユーザーでもあるが、コニカのカメラ事業自体は すでに臨死状態なのであきらめはついていた。 修理も今のところはやってくれるだけ、ありがたい。
また、ミノルタのカメラは、TC-1や数々の名レンズは欲しいのだが、 金がなくて手が回らないだろうと思っていたので、あらかじめ諦めていたようなもんだ。

しかし、そうは言ってもがっかりした。家人に、どうかしたのか、と聞かれたほどだ。

今回の落胆の理由としては、
・伝統と特徴のあるメーカーがなくなる。
・ユーザーにとって選択肢が狭まる。
それ以上に大きいのは多様性がなくなることだ。

俺が理想とするのは、最後に市場競争に勝った勝ち組企業が残ることではなく、 小規模、中規模、大規模、それぞれのメーカーが、自分の特色を追及しながら それぞれがそれなりに続いていくような状態だ。
それはユーザーにとっては、さまざまな選択肢があることであり、 社会的に見れば中産階級が持続することであり、社会的安定性が保たれるということにもつながる。

恒産なくして恒心なし。ある程度の生活レベルがなければ、落ち着いて暮らせないだろう。 それは現在の社会状況を見ればわかる。
子供が少ないのは、育児の補助(有形・無形)が足りないからではなく、 大人が生きていてつらい・不安を感じる社会だから、子供を作る気にならんのだ。 つまり、俺の立場は反小泉だな。反グローバリズムといってもいい。

たとえば、イタリア、フランス、その他の国を見ろ。
強者が一人勝ちするUSAと、そうではない西ヨーロッパ社会のどちらに暮らすのが幸せだろうか(もちろん、西欧社会が問題だらけなのは知っているが、さておき)。
1人の強大な勝者と、その他の敗者により構成される社会よりは、 ほどほどの勝者と、ほどほどの敗者、そして競争にそれほどかかわることなく暮らせる者の3者による社会のほうが望ましく思う。 コニミノは、企業として、ひとりの強大な勝者になることはできなかったかもしれないが、しかし、消耗戦から逃れて生き残るすべもあったのではないか。

つまり「ブランド」の力を考えよ。西欧社会が持つ力の一つはブランドの力だ。
それはアメリカが欲しくても手にできない「歴史性」に裏打ちされている。 コニカには六桜社以来の伝統がある。そして数々のすばらしい製品を作り出してきた歴史があり、最近までは新たに製品を作る力もあったはずだ。ヘキサーRFとかね。
また、ミノルタも、宇宙で使えるカメラ(ハイマチック)、AF一眼レフの実用化、名玉の誉れ高いロッコールレンズ、ライツの提携など輝かしい歴史と実績を持っている。
このブランド力を生かして生き残ることは不可能なのだろうか。
それを仔細に検討する前に、敵前逃亡した経営陣のやる気のなさ、発展性の欠如、その他がこの国の社会を象徴するようで悲しいのだ。
つまり、こんな調子なら、いつまでたってもこの社会はよくならないよ、ということだ。
マックは死かけたが、しぶとくipodで復活した。
すべての人がジョブスにはなれないが、しかし、金では換算できない価値を持っていてなんで戦わずして諦めるのか。
それは経営陣が、金で換算できるものの価値しかわからないからだろう。
つまり、形の無いものから、有形の価値を生み出すことができないということだ。
それは頭が悪いということであり、頭が悪いやつは、このシビアな社会では生き残れないということだ。 さらに言えば、そういう人たちが経営する限り、不採算部門を切り捨てても、 先行きは危ういことになるのではないだろうか。
カメラ部門という最大のブランド力を捨てた時点で、コニミノは最も効果のある武器を捨てたともいえる。

そして、「小規模、中規模、大規模、それぞれのメーカーが、 自分の特色を追及しながらそれぞれがそれなりに続いていくような状態」とは、 ものづくりが大切にされている社会だろう。
人間は、究極のところ、大地と太陽から何物かを得るということから逃れられない。 (核融合でエネルギーを取り出すにしても、まだまだ実験段階)
何物かを得るためには、やはり体を動かさなければならない。 マネーゲームからは、具体的な「物」は生まれない。そして投機的なものに永続性は求められない。
情報=記号であり、金(かね)も、実体を持っているが記号に近いものだ。
しかし記号だけでは生きられない。記号は食えないし、その上で寝ることもできない。
なにしろ記号の本質は抽象なのだから。

これまで日本社会は、ものづくりにおいて多くの失敗をしてきた。つまり環境破壊だ。
しかし、これからはやっと環境に配慮した製品、もしくは積極的に環境を改善するためのものを作れるようになってきた段階ではないのか。
大量生産・大量破棄ではなく、必要なものを必要なだけ、必要な人に届けるようなことが実現しそうな世の中になってきたのに、このありさまだ。
だから悲しいのだ。カメラ会社がなくなるということ以上のものを感じるからだ。

それと同時に思うのは、堀江氏的なものに対する反省がやっと現れてきたのに、 諦めるのは早すぎるよ、ということだ。
あと半年がんばってみてくれれば、世の中の流れが変わるかもしれないのに。
もちろんフィルムからデジタルの流れが変わるということではない。 しかし、例えば電子系が弱ければ、どこからか借りてきてもよい。
また、デジカメの新しい姿を模索してもいい-Shape of Jazz to ComeならぬShape of digital camera to Comeだ。やり方はあるはず。
今のままでは、高価なプロ用機材と、白痴的な民生用しか残らないことになりかねない。
例えば、IMEで「はくちてき」を変換すると「白雉的」となるような、白痴的な民生用製品のことだ。大体、「白雉」なんて言葉、日常的に使う奴が、何人いるのだろうか。

特徴のある製品が欲しい人はいるはずだ。 ピッカリコニカやビッグミニを出して写真の撮り方を変えたコニカ、AFを実用レベルで実現したミノルタ、どちらもそういう力を持っていると思うのだが。

しかし、発表したからには、そのようになるんだろう。
ライブドアは、この2,3日で、3000億円の損を出したそうだが、 どうせなら、その金で、コニミノにあげちまえば良かったのにな。
どうせあぶく銭なんだもの、泡と消える前に人助けをしてやるような気持ちがあれば、 堀江氏も浮かぶ瀬もあるだろうに。

いちど消えたものを再現するのは難しい。 ソニーは何とかコニミノの技術者集団を大事にしてやってくれ。 案外それが、ソニー再生の道につながるかもしれない。

といいながら、来週、コニカ製品の修理を出しにいくとするか。 ヘキサノン57/1.4のヘリコイドが硬くて回らない。
それと黒ヘキサーのオーバーホールもしくは各部点検を頼もう。
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コニミノよ、本当にそれでいいのか?

コニカミノルタがカメラとフィルム事業から撤退するそうだ。
本当にそれでいいのか?これまでのユーザーはどうなる。
それ以上に特色ある二つのメーカーの製品、特にレンズの伝統は誰が継承するのだ?そういう社会的責任がありはしないか?
長期的に見れば、まだまだやりようがあるのではないか。
いまこそユニバーサルマウント、もしくはマウント交換式レンズを作り出し、全メーカーにレンズを供給したらどうだ。
俺の希望は、別会社を設立して本体と切り離し、細々でもいいから続けてほしかった。
コシナOEMでもいいから、それなりにこだわりのある製品を出していくことは可能のようにも思える。

ともかく、手持ちの機材のオーバーホールや修理だけは早めにしておいたほうがいいかもしれない。

チップス先生さようなら

昨日NHKにて、「チップス先生さようなら」http://www3.nhk.or.jp/kaigai/chips/
を見た。
有名なお話だから、いまさら言うこともないのだろうが、気が付いたことをいくつか。
チップス先生は、ラテン語教師であるが、この設定はなかなか気が利いていると感じた。ラテン語といえば、人気のない教科としてよく物語に出てくる。と同時に、ラテン語は古典を読むことに通じる。古典はすべての人に開かれている。国籍、人種、階級、その他に係わらず、読もうと思えば読むことが出来る。なにしろ、古典だから、どの図書館にもあるだろうし、昔から刊行されているから、安価に手に入る。
だから、第一次大戦がはじまっても、ドイツ人とイギリス人を分けて考えなかったのだろう。とは言いながら、空襲を受けている最中にドイツ人(ゲルマン人)を揶揄するような文章を読み上げるあたり、なかなかの余裕である。かくありたきもの。

それと、ラテン語教師であること自体が、その当時、すでに古臭くて消え行く存在として考えられていたのかなとも思った。もっともラテン語自体はある種の勉強をする際に、どうしても必要だからなくなるはずはないのだが。

同時に思ったこと。チップス先生にとっては、どこまでが同じ種類の人間であったのだろうか。例えば、ラテン語で同じ古典を読む者は、国籍を問わずに同一の種類と考えただろうが、異なる古典を持つもの、例えば東洋人はどうだろうか。種類は違えど、ギリシャ・ローマの古典でなくても同じく古典を学ぶものとして仲間と認めただろうか、等とも考えてみた。

しかし、小泉政治に対するあてつけのような番組だったな。

カメラの話をいくつか ヤシカFRなど

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もほそぼそと気ままにやっていきます。

帰省したときに、いつも立ち寄るカメラ屋があるのだが、年末で廃業するという話になっていた。そのため、記念にいろいろと買ってみたり、お話を聞かせてもらったりした。
買ったのは、ピストルグリップと、LPLのミニ三脚で合成樹脂の部分が硬化しはじめているくらい古いもの。
また、最後の日には、ヤシカFR(50/1.9付き)が4000円だったので、それも買った。後で気付いたが、カウンターが廻らない。これはこの機種の有名な弱点らしい。修復方法を考えているが、ちょっと手を出しかねている。
http://www.cdegroot.com/photo-yashica/fr1-repair/
を見ると樹脂製のギアが割れているのでこれを直せば良さそうだ。しかしこの人のやり方の場合、ギアを新たに作り直しているらしく自分にはちょっと無理そう。
開き方はこうするそうです。http://www2q.biglobe.ne.jp/~hirokazu/note-022.html

http://tibikoron.web.infoseek.co.jp/syuuri11.htm
 このやり方の応用で直りそうな気もするが…。

 そのとき聞いたのだが、このお店は、その地方で一番ぺトリのカメラを売ったという実績があり、そのおかげで2ヶ月くらいぺトリのTVCMにも出ていたという(最後にちょっとクレジットがはいる程度のようだ)。そして、ペトリがつぶれたときに、営業の人が箱いっぱいのパーツ類を持ってきて、それがまだあるという。

 今は東京に住んでいるが、近所のカメラ屋というか昔ながらのDPE屋もやめてしまった。なんともさびしいかぎりだ。
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