eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-10

昔のblogから-6  小壜の魔物

※2001年冬頃書いたもの。

ある旅の商人が、病をえてテントで伏せっていた。
「町まであと1日で着くというのに、まったく困ったものだ」。
男は火照った体を横たえたまま、枕もとにおいてある古ぼけた道具類を見た。
「売れる品物は、すぐ手元から離れるが、売れないものはずっと背負って運びつづけなくちゃならん。売れないものほどいつもそばにあるというのも皮肉なもんだ」
そう一人ごちながら、古びた黄銅色の小壜を手にした。
「この壜もいつから持っているのか忘れてしまった」
そういいながら壜をなでると、壜の中から煙とともに、そして少々照れくさそうに魔物が出てきた。
「こいつは驚いた。これがうわさに聞く小瓶の魔物か。三つのお願いでもかなえてくれるのだろうか」
「そういうわけにはいかぬぞ」と魔物が答えた。
「残念だが、願いが三つかなえられるのではない。人は自分の本当に欲しいものがなかなか分からないものだ。だから、三回言い直しができるというのが、本当のところだ。それにおれにできることは、『世の中にあるものをひとつだけなくす』ことができるだけだ。金銀財宝の類をお前に与えることはできない。悪く思うな」
「そうか、それならそれでもいい。おれもそれほど欲の皮が突っ張った人間ではない。それでは、今苦しくて仕方がないおれのこの病を、この世から消滅させてくれないか」
「よし分かった。頭が痛いなら、お前の頭を無くしてやろう。咳が止まらぬなら肺か喉かを取り去ってやろう。ところで、病自体を取り去るということになると、いまお前の病は、体の深くまで入り込んでいる。病を取り去るとお前自身も消えてしまうことになるぞ」
「なんとも融通の利かぬことだ。じゃあ、体のことはもういい。次はひとつ大きく出て、この世から「悪」というものをなくしてくれ」
「お前はなかなかいい奴らしいな。その望みをかなえてやりたいのはやまやまだが、そもそもこの世には悪というものはない。悪が存在するのではなくて、善が欠如しているのだ」
「魔物のくせに神学者めいたことをいうものだな。どうやら「この世のものをひとつだけなくす」といっても思うように行かぬようだ。お前がいてもどうにもならないことが分かった。これが三回目の願いだ、そもそもこの話はなかったことにしてくれ」
「よしわかった。では消えよう。だが、せっかく呼ばれて出てきたのだから、ひとつだけ教えてやろう。そこに青銅の古びた小壜があるだろう。あれにも魔物がひそんでおる。ひとつ試してみてはいかがかな」
そういって魔物は姿を消した。


「高熱にうかされて、夢でも見たのだろうか」。そういいながら、男は青銅の壜を手にとってなでてみた。
すると、また別の魔物が姿をあらわした。
「呼んでくれたのはお前か。感謝する。ところで、おれに出来ることは『世の中にないものをひとつだけあるようにする』ことができる」ということだ。さっきのやりとりで分かっていると思うが、言い直しは三回までじゃ」
「よし分かった。では、この病の特効薬をすぐに出してくれ」
「残念だが、その薬はすでにこの世に存在している。だから改めてうみだすことはできない」
「それでもいいから、その薬がどこに行けば手に入れられるか、教えてくれないか」
「それは、おれの手には余ることだ」
「なんだか、昔きいた話とはだいぶ様子が違うな。それにしても魔物とは名ばかりで、何の役にも立たぬことだ」
「まぁ、そう嘆くな。せっかくだからもう一度望みを言ってみたらどうだ」
「駄目だとは思うが、地上に平安を与えてくれ」
「まことに残念ながら、それもかつて存在していたので、無理だ。かつて、といっても、とてつもない昔のことではあるがな」

男はそこで考えた。魔物が二匹も現れたのに、何も得るものがないというのは、商人の名折れである。何も得られないにせよ、一泡吹かせてやれぬものか。
男は言った。
「その口ぶりからすると、どうやら、かつてこの世に存在したもののリストがあるらしいな。しかしそれは、人が見ることのできるようなものではないのだろうな。おれが欲しいのは、かつて存在したものが、いつ、どこにあったのかという一覧表を人間が読めるような形でほしいのだ。こういうものは、いまだかつてこの世の存在したことがないのではないかな。どうだろうか。だいぶ分厚いリストになりそうだがな」
男はそのリストを持つものは神か悪魔に違いないとも思ったが、魔物も似たようなものだと思い、黙って魔物の様子をみていた。
魔物は、しばらく考えていただが、次第に汗をかき始め、唸り声をあげて悩みだした。
「そうきたか。たしかにそのリストはいまだかつて人の目に見える形で存在したことはない。しかし、約束した以上、なんとかおれはそのリストを作らねばならん。しばらく時間がかかると思うが、無限に時間をかけては、そもそもお前がこの世からいなくなるだろう。それでは約束を履行したことにならぬ。しばらく時間をくれないか」。そういって魔物は姿を消した。

翌日になり、男の熱は下がった。もう一日静養して、男は町に向かって、また旅をはじめた。

魔物はいまだにあのリストを作ろうと、七転八倒しているのだろうか。男の目の前から消えた魔物はあれから現れない。
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昔のblogから-5  等号

※2001年冬頃のようです。


 ニューヨークの貿易センタービル×テロリストの乗った旅客機
 =テロリストの暮らす国の状況
という式を思いついた。

これを散文的に説明すると、テロリストは、飛行機をビルに衝突させることにより、相手の環境を、自分たちが暮らす環境と同じ状態にしようとしたのではないか、という意味である。
もちろん、当事者の犯人たちがどう思っていたかは分かるわけもなく、崩れ落ちるビルの映像を見ていううちに思い浮かんだ考え方にすぎない。
ただ、私は、貿易センタービルの解体作業を見たとき、破壊されたパレスチナの町並みを思い出した。テロリストは、アメリカを代表する都市を、自分たちの暮らす境遇と同じ状態にしたかったのではないかと思うようになった。

ところで、等号(=)というのは、考えてみるとなかなか難しい。
普通は、「1+1=2」というように、左辺と右辺が量的に等しいということをしめす意味だろう。
しかし日常的には質的に等しいという意味で使われている場合もあるようだ。
この場合、もともとは別個のものを、ある視点からみた場合に「それらは同じものである(等しい)」とみなす判断であるように思われる。
だが、4角錐は横から見たら3角形に見えるが、真上から見たら4角形に見えるということもあるように、あるものの姿をとらえて、それと別個のものを「等しい」とみなすというのは、なかなか強引な行いであろう。

この強引な作業を、最初にあげた式に当てはめると、ビルが崩れ落ちる瞬間に、左辺と右辺を等しくする「=」が書き込まれたように感じた。

昔のblogから-4  日野啓三について

※2001年秋ごろ書いたもの

私は、写真が好きです。
撮影したり、写真を見に行ったり、ジャンクカメラを直してみたり。仕事をしていても、写真のことを考えていることがよくあります。
ところで、最近私が気になるのは作家の日野啓三です。
日野啓三の作品で、ピューリッツア賞をとった写真家が自殺するまでを描いたものがありました(たしか、写真家はケビン・カーター。「ハゲタカと少女」の写真だったはず)
だから日野啓三と写真を結びつけるのかというと、そういうわけではありません。
むしろ、他の作品で、町や荒野を描写した文章が非常に写真的に感じるのです。
作品集「断崖の年」(中公文庫)中の作品は、どれも視覚的な鋭敏さを感じます。
また、目で見たことから思考が広がっていくかんじも、私にはなぜかしっくり来るのです。
これは撮りながら考え、考えながらまた撮る、ということを私が繰り返しているからかもしれません。
しかし、私のまわりには、このことについて一緒に話し合ってくれる人が見つかりません。
日野啓三について、同じように考えている人がいたら、お話をきいてみたいのですが。

(追補)
日野氏の新刊「落葉 神の小さき庭で」(集英社)を読んでみたら、おそらく大石芳野と思われる写真家への感情があからさまに書かれていて驚きました。
私が思う以上に、日野氏は写真について考える人だったのかもしれません。
実際に日野氏が撮影した写真も見たことがありました。
このことはもう少し考えてみたいと思います。

(再追補)
10月14日、日野氏は大腸がんで亡くなりました。73歳でした。
最後の作品は「落葉 神の小さな庭で」でした。
もっと書いてほしかったという気持ちと、「神の小さな庭で」が最後の作品であったことは作家として、一種の恩寵?(上手い言葉が見つからない)であったようにも思いました。
病を押しての執筆活動は大変だったろうと思いますが、それに見合うだけの作品が残せたのではないでしょうか。

でも、残念です。
ご冥福をお祈りします。

昔のblogから-3  「命の水」に命はあるか

※2001年ごろ

2年程前に酒をやめました。
といっても仕事の付き合いがあれば1杯くらいのビールを1時間くらいかけて飲むことはあります。
酒には弱いほうなのですが、やめるまではかなり好きだったと思います。
やめたきっかけは、あるとき飲みすぎて、1週間に2回続けて記憶をなくしたことがあったからです。
さすがに我ながら危機感を持ちました。それで大きなターミナル駅のそばの病院に行きました。
診察を待っている間、いろいろな人が行き交いました。
どちらかといえば、みんな平均以上の知性と感受性を持ち合わせている人のように見えました。
そして、病院のやっかいになることを心のうちで恥じているようにも見えました。
大通りを歩いている無神経そうな人よりはよほど人間らしく見えたといったら言いすぎでしょうか。
私を診察してくれた先生は、「記憶をなくしたこと自体が既にアルコール障害だから、アルコール依存症でしょう」というようなことを言いました。
私も常識的にAAのことくらいは知っていましたが、なんだか通院して直すのが嫌でした。
それは、その病院にいる人たちを見ていると、なんだか悲しくなってしょうがなかったからです。
私もその一員とかわりはないのですが、生きていくことはなかなか骨が折れることで、なかには酒におぼれたくなる人も出てきます。
そんな人のほうが、むしろ人間らしくて、その分、生きているのがつらくなってくるから、ああなってしまうように思えたからです。

 

酒を「命の水」ともいいますが、それは山下洋輔ふうに言えば、エネルギーを未来から前借しているだけではないでしょうか。
一晩寝て、取り戻せるくらいのエネルギーの前借なら、「命の水」には確かに、命を生き返らせることもできるでしょうが、それくらいの酒ならば、むしろ飲まなくても同じのように、かつては考えていました。

 

ところで、私が酒をやめられたのは、病院にいる人が悲しそうに見えたから、という理由が大きいのですが、もう一つは、別に大決心をしたり、まわりに意思表示をしたりせずに、なにげなく酒を意識の中心から外せたからでしょう。
酒をやめようと頑張ったり、今日は飲みたいと思ったりすることは、どちらにせよ酒に意識が集中しているわけで、酒にとらわれていることにかわりはないようです。
そう思ったわたしは、飲もうとも飲むまいとも思わずに、ただ別の事をしていました。
それで、なんとなく酒におぼれることがなくなり、酒との深い縁を切ることができたようです。

いまの結論としては「命の水」自体には命はない。ただし翌日の命を前借することはできる。
しかし酒を飲みたくなるような原因は、酒を飲むこと自体では解決できない。
(一時的に忘れることはできる。しかし目を覚ますと、原因自体は目の前に変わりなく存在する)。

酒との上手な付き合いができる方には関係ない話でした。

昔のblogから-2  本棚と頭のなか

※2001年秋ごろ書いたもののようです。

以前、家人が勝手に私の本棚を移動したことがあります。
ほとんど同じように本が並べられていましたが、一目で違和感をおぼえ、訊いてみたら、家具の移動の際に本棚を移動し、本も入れなおしたとのこと。
ものがなくなったわけでもないのですが、自分でも不思議なくらい、なんだか無性に腹が納まりません。
腹立ち紛れに考えていると、本棚というのは自分の脳を一部外在化したようなものなのだな、と思い当たりました。

コンピュータでいえば、外付けのハードディスクのようなかんじといえば分かるでしょうか。
大袈裟にいえば自分の頭のなかの記憶を勝手に操作されたようなので、並び方が変わっただけでも不快になってくるのでしょう。
このことを単身赴任をしている知人に話したところ、全くそのとおりだと同意してくれました。
たまに家に帰ったときに、あったはずの本棚が処分されてなくなっていたり、押入れに押し込められたりすると、同じように感じたそうです。



ここで思い出したのが、3月11日の東京大空襲で偏奇館を失った永井荷風です。
おそらく偏奇館にあった荷風の蔵書は、彼自身の分身であったのでしょう。

一般に、荷風の晩年の作品にたいする評価は芳しからざるようです。
それは、荷風が外在化した記憶としての蔵書を失ったことにより、一種の機能不全に陥っていたということもあるのではないかと思います。

夏も過ぎ、空気も乾いてきました。曝書にはちょうどよい季節です。

昔のblogから-1  魂の供給量

※2001年ごろ書いたものです。

輪廻という話があります。つまり生まれ変わり。
人の前世は必ずしも人とは限らないらしい。
ところで前世の行いは、現世にも微妙に関係あるという考えもあるようで、だから前世のことが話題になるのでしょう。
無関係ならどうでもいいもんな。

現在、人間の人口は着実に伸びています。
が、そのせいか、他の生物は滅びるものもでています。
人が増えていけば、当然新しく生れる人に対する、前世が人だった魂の供給量は減るはずです。
つまり前世が人ではなかった人の数が増えてきている。
そうすると、現世の人としては、何かが足りない人が多くなると。
そうなると、そういう人たちがみょうな事件を起こしがちである、というわけ。

先日の大阪・池田小の事件を見て、そう思いました。


じつは、正岡子規の「犬」という随筆から思いつきました。

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