eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2017-05

不思議な一日(後編) 六田知弘写真展「宇宙のかけら」@御所市

大阪会場は19日までか。もう一度行きたいが、明日は仕事があるし、週に2回も大阪に行くのは俺の財布には荷が重い。
18日には六田さんによるギャラリートークもある。是非行くべし。
https://www.facebook.com/events/164472997402794/


さて、話を戻して、当日の御所市・赤塚邸でのギャラリートークのあと、六田さんはこの日、東京に戻るというので、一緒に帰ることになった。
六田さんの車に乗せてもらったのだが、「今回は時間がなくて葛城山や金剛山に行けなかったので、機会があれば次は是非行きたいものだ」などと言ったら、六田さんが「時間があるので寄っていこう」と言ってくれて、急遽、葛城山に向かうことになった。
車で葛城山方面に走っていくと、山頂に縦の虹が出ているのに六田さんが気付いた。
R0018229.jpg ※中央右側です。
思えば、赤塚邸の「高天」と題された写真にも、虹が写っていたが、なにか不思議な符号を感じた。これから向かうのは、その高天である。
車はどんどん山道に分け入るように走って、高天彦神社に着いた。高天の写真は、この神社の参道の並木を撮ったものだという。
神社の前に出ると、手水鉢があり、蛇口から水が滔々と流れ出ていた。手を清め、口を漱ぎ、ちょっと飲んだが冷たく、うまい。これは山の清水だろうか。
さっそくお参りをしたのだが、なにか気圧されるような雰囲気があり、冷気というか霊気というか、身震いするような空気を感じた。
わりとこういったことには鈍いほうなので、どこへ行っても何も感じなことが多いのだが、どうもここは違うらしい。
有難くもあり、畏れ多くもあり、すぐに社の前から立ち去ってしまったが、あの水の旨さからすると、人に対して親和的なのではないかという気もする。
六田さんに、感じたことを言うと、ここはそもそもそういう場所なのだという話であった。
そのあとに、高鴨神社へ向かった。ここは高天彦神社と違い、なんだか親しみやすい空気を感じた。京都の賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)のルーツだという。
ここもさっそくお参りする。見ていると、六田さんは深々と頭を下げていた。
ここは、親密感のある神社ですね、などと言っていたら、この神社でも絶対にカメラを向けないところがあるそうで、でも、それがどこ(何)かは聞かなかった。怖いからね。
大阪会場、御所会場に写真があった、高鴨神社の池のほとりを歩くと、写真と同じ枝ぶりの木があった。
末社というのか摂社というのか分からないが、小さな社が池のほとりに並んでいて、どれも小さいながらも立派な茅葺屋根で、こういうのは初めて見た。
亡き父たち(義理と実父)はどちらも酒が好きだったので、お神酒を買ってみた。

帰り道、葛城山のふもとから奈良盆地を見ると、低い山々(大和三山)が、ぽこぽこと町に食い込むようにあり、これも不思議な風景であった。
そこから、六田さんのご実家のある方面へ向かったのだが、進行方向に赤く大きな月がのぼっていて、それがずっと視界から外れなかった。なんなのだろうか。こういう経験はあまりない。
R0018233.jpg
※28ミリの広角レンズなのであまり大きな感じはしないが。


六田さんの御所市の写真を見ていると、どうも地霊?のご加護があるように感じられ、それは高天の神、つまり日本神話の神なのかもしれず、はたまたその土地に根差した山としての神(葛城山、金剛山は修験道の始まりの地でもある。御所市は役小角の生地)なのかもしれず、よそから来たものにはっさっぱりわからないのであるが、なにか只ならぬもの、ただし人間とは峻厳たる断絶があるわけではない、そのようなものがあることだけは感じられる。
水木しげるが出雲の神々に守られていたという話に似ていると思ったりもしている。

もっとも不思議というかラッキーであったのは、帰りの新幹線で、六田さんの生い立ちやら、写真を撮りはじめたきっかけやらを聞けたことだろうか。
日帰りではあるが、濃密な体験だった。
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不思議な一日(中編) 六田知弘写真展「宇宙のかけら」@御所市

(前編より続く)

近鉄に乗って御所市へ向かう。
昼過ぎに着いて、碁盤目状の古い街並みを会場である赤塚邸目指して歩いてみた。しかし、行くに径(こみち)に由るhttp://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-890.html 俺としては、まっすぐ向かわずにふらふらとわき道にそれたのであった。
すると、前方から手を振っている人が近づいてきて、よく見ると六田さんであった。いずれ会場ではお会いできるかとは思っていたが、路上で会うとは思いもよらなかった。ちょっと不思議なかんじがしてきた。
六田さんは食事に行くところだというので、そちらには付き合わずに、まずは会場の赤塚邸へ向かった。
15時30分からギャラリートークをするというので、町歩きもするつもりだが、その時間には会場にいますと答えた。
赤塚邸は、ずいぶんと風格のある建物で、見るからに歴史を感じる。

靴を脱いで、まず最初の座敷に入ると、正面に衝立があって、これは大阪会場にもあった高鴨神社の池の写真である。見ると右手のふすまには、大阪会場の最初にあったような木立のカラー写真(後で聞いたら大阪会場にもあった高天の写真で、よく見ると木立の上に虹が出ている)。左のふすまはもともとのふすま絵かと思ったら、モノクロの靄のなかの木立の写真であった。
※反対側のふすまにも写真がある。
この部屋には座卓があって、まずはそこに座って、しばし呆然と衝立とふすまを眺めた。どうもここは、こういうふうにちょっと座って膝を崩して見るのが良いようだ。
天井には明かりとりの窓があって、それもなんだか好ましく思える。
R0018167.jpg

R0018170.jpg

呆然としていてもきりがないので、次の間に移る。

次の間には床の間があって、小さな中庭に面している。
くだくだ書いても、けっきょくは実物を見るに如かずと思うので、思いつくものだけを書いていくことにする。
床の間には、大阪会場にあった櫛羅の滝の一番下の写真で、蝶が写りこんでいるものが掛け軸にされていた。よく見ると、軸の装飾(写真の枠の部分)にも蝶らしきものがあしらってあったが、これは一種の洒落であろうか。
庭が見える窓にトンボの写真があった。
あとで六田さんのギャラリートークを聞くと、思い入れのある写真であることが分かった。さらに自分なりに調べると、御所市の土地柄に根差していることが分かってきた。
写真のトンボはちょうど交尾を終え、産卵の直前だということで、独特の尾を丸めた姿勢で飛んでいる。
トンボは別名「秋津」ともいう。その理由は、wikipedeiaによれば、
『日本書紀』によれば、山頂から国見をした神武天皇が感嘆をもって「あきつの臀呫(となめ)の如し」(トンボの交尾のよう(な形)だ)と述べたといい、そこから「秋津洲」の名を得たとしている
とある。
2017031202.jpg

ちなみに御所市には神武天皇社があり、国見をしたのは、御所のあたりだったのかもしれない。トンボと御所というのは昔からの組み合わせなのだろうか。
※一般には橿原神宮が神武天皇の墓所といわれているが、別の話もある。
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/0f15ecfc3677f0a0d3dd26c73f89b4b1

この部屋では、反対側の椿の写真を見ながら、横になりたかったな。
2017031203.jpg



隣の部屋に進むと、その奥に仏壇があるのが分かり、ちょっとしんとした心になる。
が、障壁画である白象(象を見たことがない人が描いた象の絵)と虎(猫的)の絵を見て、その気持ちも薄らぐ。この部屋は写真と、もともとの表具類が混然一体となって、なんとも面白い状態になっていた。
左の廊下に進むとそこにも写真があるが、左の部屋に入ると炬燵があって、つい入ってしまう。こたつに入ってぼんやりと雪景色の写真を眺める。
さらに隣の部屋に入ると、山腹と靄の巨大な写真がある。なんだか禅寺の障壁画のようである。この写真の右手には、大阪会場にあった蝶と蜘蛛の巣にかかった葉っぱの写真があった。六田さんの説明では、撮影していたらたまたま揚羽蝶が飛んできて、たまたま正面を向いた時の様子が撮影できたということだった。
つまり蝶は蜘蛛の巣にかかっていなかったわけで、なんだかほっとした。

さて、一通り見たが、ギャラリートークまでまだ時間があるので、少し足をのばして、役小角誕生の地とされる吉祥草寺に向かった。
吉祥草寺は六田さんが子供のころに遊んでいた場所という。
小一時間、散歩がてらに行き来して、六田さんのギャラリートークを聞いた。その内容は、これまでの文章に組み込んでいる。
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ちなみに、吉祥草寺では不思議なことはありませんでした。役小角が産湯をつかった井戸があったな。

不思議な一日(前編) 六田知弘写真展「宇宙のかけら」@御所市

大阪と御所市で六田知弘さんの故郷、御所市をテーマにした写真展があるので、先の日曜日に思い切って行ってみた。
http://gose-muda.jp/
けっこう交通費もかかるので、数週間迷っていたのだが、図録(があったとしても)で見ても、展示会場で見る写真にはかなわないし、御所市というのは特徴のある町だという話も聞いていたので、日帰りで行ってみることにした。

早朝、といっても7時の新幹線にこけつまろびつ飛び乗って、着いて来るは新大阪。中心地なる中之島に地下鉄で乗り付け、即ち大阪会場に這入った。
http://gose-muda.jp/osaka/
会場は地下鉄の駅の一部で、コンクリート打ちっぱなしのモダンな空間であった。

いくつか印象に残ったものを。
・杉?木立のうえに不思議な雲というかフレアがかかっている。撮影地は「高天」とある(その意味はあとで分かった)。
・蜘蛛の巣にかかった葉っぱと、蝶(パンフレットに使われている)。この蝶は蜘蛛の巣に捕らえられたか、それとも自由に舞っているのか、そこのところで解釈が大きく違うように思った(これはたまたま飛んできた揚羽蝶で、蜘蛛の巣にひっかかっていたわけではないとのこと)。
・金剛山と葛城山のパノラマ(5枚)。これは会場で見なくては意味がない。鳥が何羽か映りこんでいる。中央の峠らしきところの上に夕日が浮かんでいる。ある意味、宇宙的でもある。
・櫛羅(くじら)の滝。滝の全景を3枚の写真で構成している。一番下の写真は滝壺らしいものが写っていて、ここにも蝶が写りこんでいる。
・夜の葛城山頂。ススキの原のうえに、ぼんやりと浮かぶ雲。なんということもないが気になるところがある。
・風、水、空、地、火の縦位置5枚の組写真。大きいのでこれも会場で見ないと意味ない。
・高鴨神社の池。瑞々しい緑と水面。これもパンフレットに使われている(御所会場にもある―後述)。
・伏見 菩提寺の法起菩薩像。五眼の菩薩で、役の行者(役小角)に関係がある。ファインダーを通して、五つ目に対峙するのは俺はできないだろうな。
・櫛羅の滝。これも瑞々しさがあっていいかんじである。
詳述するときりがないので、あとは省略するが、御所の街並みを組み合わせた写真は、なんだかかわいいかんじであった。

全体の印象は、モダンな空間に、非常に風土性の強い写真群が展示されていて、とくに自然を写したものは、六田さんの他の写真(水ノ貌等)とくらべて、人との親和性が高いように思えた。やはり故郷だからだろうか。
虫や鳥が、いくつか写真に写りこんでいるが、あれは六田氏自身ではあるまいか、とも思った。

とりあえず交通費分の元はとれたという感もあり、御所市の資料をもらって、まずは退出。

向かいの大阪市立東洋陶磁美術館で「台北 國立故宮博物院―北宋汝窯青磁水仙盆」展も見る。この「人類史上最高のやきもの」といわれる北宋の汝窯を代表する青磁水仙盆の写真を六田さんが撮影しているので、これも見逃せない。ただし、ここの話を書くと収まらなくなるのでふれないが、この独特の青は「雨後天青」というらしく、雨の後の、雲の切れ間からこぼれるような青を目指したという。
ちなみに六田さんは、物撮りをするとき必ず触って、触感を確かめてから撮影するそうだが、まさかこの青磁水仙盆にも触ったのであろうか。
http://www.moco.or.jp/exhibition/current/?e=366

昼前に一通り見たので、大阪から御所市に向かうことにした。
※まだ不思議な話にはなりません。

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飯田橋くらら劇場

飯田橋の名画座、ギンレイホールのわきにポルノ映画館があって、でも人もあまり入っていなさそうだった。
先日通りがかったら、閉館したようだ。
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田中長徳さんのこと

先日、神田明神そばのギャラリーで田中長徳氏の写真展を見た。
若かりし頃のプラハの写真はモノクロであっても、色彩が感じられるようなはつらつとしたものであったが、近年のはなにか物憂げであった。
好きな写真家なので、ちょっと寂しくなりました。

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富山治夫さんのこと

写真家の富山治夫さんが亡くなった。

かなり以前、直接お話をうかがう機会があったので、そのことを思い出して書いてみる。
・富山治夫さんといえば「現代語感」が名高い。この時の執筆陣は、大江健三郎氏、安部公房氏、飯沢匡氏、井上光晴氏ら、錚々たるメンバーだった。
http://www.tomiyamaharuo.com/japanese/essay_tomiyama.html
執筆陣の文章に負けない写真を撮るために、毎回知恵比べをするような楽しみがあったそうだ。
この企画にはかなり力を入れて取り組んでいたということで、例えば、ライオンの写真を撮るため、襲われる危険性があるにもかかわらず(飼育員は大丈夫だと言ってはいるが)、車外に出て、かなり近寄って撮影したそうだ。
http://blog.canpan.info/tomiyama/archive/104
ここにご本人からの言葉があるが、直接お話ししたとき、広角レンズの画角から、どうしても車内からは撮れないはずだと思って質問したら、そのような答えが返ってきた。
・いろいろな写真集があるが、ちょっと面白いのが創価学会関係のもの。別に富山氏が学会員でもかまわないのであるが、そのへんを聞いてみたら、創価学会のギャラは異例に高額なのだそうだ。だから、依頼された仕事はきちんとこなし、ギャラをたくさんいただいて、自分の好きな写真を撮るという考えであったとのこと。それはそれでいいのではないかと思った。
他には石元泰博氏や立木義浩氏も、学会関係の写真集を撮影しているが、同じような考えなのだろう。
・若いときはなかなか苦労もあった(写真は独学)という。しかし、写真の腕は若いころから確かだったらしく、写真コンテストでは入賞してよく景品を手に入れていたという。
そのころはカメラメーカー主催?の写真コンテストが多く、賞品がカメラであることが多かったが、それらのカメラはすぐに売り払って、生活の足しにしたり、ほしいカメラの資金にしたという。
・デジタル写真については、かなり早い時期からかかわっていた。一口にデジタル写真といっても、何をもってそう言うのか等あいまいなところが多く、なにかの規約?ガイドライン的なものがあるべきというような話だった記憶がある。
・全体に、かなりダンディで若々しい感覚の方だった。ご自宅近くの北新宿を撮影した写真は、失礼ながらお年からは想像できないような非常にモダンなものだった。その時もかなりのお年だったが、現役感があって「最近は大家だとかいかぶられて仕事が少なくなって困る。依頼があれば、どんどん仕事は受けるのだが」などと言っておられた。

ご冥福をお祈りいたします。

写真展「火・風ノ貌」(六田知弘)について

写真家の六田知弘さんの「火・風ノ貌」展が、東京京橋の加島美術で開催されている。
http://www.muda-photo.com/topics/index.html#T160909-1
http://www.kashima-arts.co.jp/events/ka-fu_no_bo/index.html

この方の写真に非常に惹かれるものがあり、何度かここでもとりあげた。
http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-847.html
http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-848.html
http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-851.html
また、加島美術では「水ノ貌」(2014)、「地・空ノ貌」(2015)と連続して展示しており、今回が一つの締めくくりになるかと思う。
※「地水火風空」の五元素をとりあげてきた。

先日、ギャラリートークのある日に合わせて見に行った。
六田さんの写真展では、見るたびにちょっと言葉にしがたい心の動きを得るのだが、今回は、ことさらにそうだった。
けれど心の動きに従って、なんとか言葉でトレースしてみよう。

まず1階の展示を概観する。大別すると火(炎)にかかわる写真群と、風にかかわると思われる写真群がある。
火にかかわるものを見ると、まず遠近感が失われる感覚があった。刀鍛冶の玉鋼?を鍛錬するときのモノクロ写真は、一見すると宇宙の星雲のようでもあり、ほむらとそのなかの火の粉のようにも見える。
極大と極小がひとつの写真から感じられて、めまいのような感覚があった。同じように暗闇のなかに赤い火が点在する写真(台湾の寺院の線香とのことだった)を見ていると、近いのか遠いのか、大きいのか小さいのかよく分からなくなる。
そのそばにある斜光線で浮かび上がるコケとその上の木の葉の写真を見ると、ごく小さいはずのものが鮮明に拡大されていて、ここでまた遠近感を失う。
また風に吹かれた後の草むら(カラー)を見ると、田舎で見慣れていたはずの風景なのに、なにか異界に通じるような気配を感じた。雨に濡れた木の芽(カラー)を見ても、知っているはずなのに、違和感があるような気がする。
果たして、火の写真と、風の写真は関係があるのかないのか、あればどう関係しているのか。よく分からないままに2階の展示を見た。
モノクロの温泉(湯気の立った池)の写真を見たときに、なにか、そこはこの世ではないような気がしてきた。
前方を歩く馬を後ろから見たモノクロ写真(しっぽが揺れていて、全体にぶれている)を見ると、この馬に導かれてこの世ならぬ世界に行ってしまいそうな気がする。
そう思って、改めて見ると、どの写真も何か異界を感じさせるように思えてきた。

「遠近法」perspectiveは、きわめて知性的な働きによるもので、その見方を採用することは理性的、論理的世界を生きることではないかと思う。また、perspectiveという言葉には、視野という意味合いもあり、目に映る事物、世界を理性的にある種の秩序によって再構築して理解するということではないかと思う。
しかし目に映るものは、ほんとうにそれだけなのだろうか。

遠近法が狂った世界にいったん入り込んで、そこから改めてまわりを見ると、いつも見ているものとは違う様相が現れてきた、ということを疑似体験させてくれるような写真ではないかと思えてきた。
「疑似体験」という言葉を使ったのは、普通の人はこういうことはできないし、できてしまったら社会生活が送れなくなるだろうから。理性によって構築された社会(養老孟司のいう脳化社会、というかどの社会も理性=logicによって構築されている)の約束事を離れたものは狂人といわれる。
しかし、今見ているものだけではない世界を垣間見ることができる瞬間があるのではないか。

六田さんに、ヒマラヤのシェルパと共に生活した際の写真をまとめた「ひかりの素足」という写真集がある。そのなかに、六田さんの言葉で「現地での生活は生と死の境界があいまいだ」(大意)という一節があった。
現実の薄皮を一枚剥ぐと、じつはそのような世界が広がっているのではないか。

家に帰る道すがら、このようなことに通ずる和歌があったような気がして、いろいろ考えていたが、それは鶴見和子の晩年の歌だった。
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-273.htm

生と死のあわいに棲みていみじくも
       ものの相(すがた)のするどき気配

現実世界から一枚、論理というベールを剥ぐと、そこには生と死の境界があいまいな世界が広がっている。
本当はそれが真の姿で、それを論理で糊塗して日常生活を送っている。
この歌は、人間の考え(論理)によってとらえた世界(=日常の世界)以前の「前論理」の世界(生も死も同じレベルにある)を、通常の論理を超えた「超論理」でとらえた歌ではないか。
そこでは、事物、あるいは世界は固定化されたものではなく、おそらく現象として存在しており、気配としてとらえられるのみ、ということを言っているように思える。

この写真展に重なるものがあると思った。

新しいカメラ

これまで使っていたリコーGR(初代、2005年発売)がとうとう壊れて、GR2(2007年とのこと)を買ってきた。
しかし、買ってしばらくすると、レンズ内にホコリが入ったらしく、撮った映像にもはっきりわかるようになってしまった。
(どうもこれは、持病らしい)
いろいろ調べたら、掃除機でレンズ部分を吸引するというやり方が見つかって、強引だがやってみた。
概ね除去できたが、まだ残っていて、撮影時にちょっとブルーになる。
けど、いいカメラです。

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じつは友人にオリンパスXA(ストロボ付き)をいただいたが、これの持病のシャッターがきれない不具合があり、うれしいような悲しいような気持ちでR。
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