eeldogの鰻犬堂日乗(mankendo diary)

日々のよしなきことどもをつづります。 クリックすると写真が大きくなります。

2018-02

ハム臭い耳と、耳臭いハムと

この話の続きである。http://eeldog.blog12.fc2.com/blog-entry-889.html
ヘッドフォンは、やはり圧迫感があるので、音楽を堪能したいときはエンクロージャーに入ったスピーカーを鳴らし、それを聞きたい。
しかし、しょぼいアンプとスピーカーだと、ある程度の音量を出さないと面白みがないが、町中では無理。
それで、両耳の後ろに手のひらでおわん型を作って聞いてみる。するといい音で聞こえる(気がする。当人比)。
しかし、両手をあげて、ずっと耳の後ろあたりに当てているのは、けっこう手がつかれる。

ということで、先日、子供用のプラ製お椀を買ってきて、半分に切り、壊れたヘッドホンの両端に付けてみた。
こうすれば、手を当てなくても耳の後ろに半円形のドームというか、おわんができる。
しかし、装着すると、どうも感じが違う。プラスチックのせいか、音が変な具合に反響しているようである。
そこで考えた。
手のひらは、肉である。だから自然な音になったのではないか。
であれば、プラのおわんの内側に何か貼ればよい。
まずは、反響を抑えるために、フェルトを貼ってみた。これはエンクロージャー内に吸音材を入れるような発想である。
しかし、音場がデッドになり、あまりよくない。
木が良いのではないかと思って試したが、木材によってだいぶ違うようである。一般に栗材のような硬い木は、反響が強すぎ(しかも加工しにくい)、朴のような柔らかい木はあまり効果が出ない。
やはり、いま一つである。
そこで俺は閃いた。肉による音質を求めるには、肉を以てすべし。しかし、やはり生肉を貼るのは変態すぎて憚られる。また、腐敗による病原菌の繁殖も不安である。
ということで加工肉を使うことにした。具体的にはハムを使うのがよろしい。それほど高価ではないし、薄いので扱いが楽(おわんの内側に貼りやすい)。
欠点は、耳がハム臭くなること。また使用後にもったいないので食べるのだが、少し温まっているのと、耳臭くなっているのが難点である。
以下は、いろいろ試した感想である。参考にされたし。
※なお、近所のスーパーで入手可能なメーカーに限定している。それぞれの地域で購入できるなかから、お好みのものを試すのも楽しかろうと思う。
・伊藤ハム:もともとは関西風のまったりした耳触りであったが、近年の経営統合で、多少の雑味が出てきた。ただし、それも好みか。今後に期待。
・鎌倉ハム:古都にふさわしい落ち着いた音場を期待したが、違和感あり。むしろ本社が日本のmotorcity・デトロイトこと名古屋であるためか、案外ハードロックなど合う。
・日本ハム:予想に反し、北海道の大地を思わせるおおらかな音。野球チームの関係か。マーラーなど合う。
・プリマハム:中庸というか、特徴のないのが特徴か。なんにでも合う。一般向き。
・丸大ハム:音に勢いがあり、わんぱくでもいいが、使用するうちにたくましくなってくる。
・ローマイヤー:どことなくハイカラな音作り。クラッシックなどに向くか。

この件、長岡鉄夫亡き後ではあるが、世の識者の意見を乞いたい。
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我ながらキモイ話

年末年始に「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマの再放送があって、子供が録画していた。
駅伝の合間に、見るともなしに家族と見ていたら、けっこうおもしろくて夢中になってしまった。
このドラマが放映されていた時期(一昨年くらいか)、子供は部活やら受験やらで忙しく、子供から話題が出ない以上、このドラマを知る由もなかった。ダンスがちょっと話題になっていたか。
正月休み明けに、仕事場で女性社員(既婚者)と話をしたら、なかなか辛辣なお言葉。
「結局、男は、若くてかわいくてご飯を作ってくれる女がいいという話ですよね。上野千鶴子か田嶋陽子なら、なんて言うか」。
たしかにその通りで、女性にとっての「白馬の王子様」は、男性なら「水着のお嬢さん」だったり「家事をやってくれるかわいい押しかけ女房」だったりするんだろう。
世の中にそんな都合の良い話はないわけで。
しかし、知り合いに高齢、高学歴、そしておそらく童貞の知人が複数いる。どの人もわりとかんじのいい男性であるように思えるのだが、やりたいことがあったり、周りの環境によって、女性との出会いがないようである。
そういう人たちを知っているので、主人公の一人である津崎という男性には、なんだか感情移入してしまった。

それはそれとして、このドラマをよく見ると、いろいろと気付くところがあった。
まず、場所の設定であるが、横浜が舞台になっている。
女性主人公(みくり)の出身大学が青明大学(青山+明治か?)となっているが、なんとなく横浜から電車一本で通える場所のような気がする。となると、渋谷に出て青学あたりが想定される。
津崎の場合、京都大学出身と明示されているのに、みくりは大学院(修士のようだ)まで出ているのに、出身校が明示されないのはおかしな話で、録画したビデオをよく見ていたら、みくりの卒業写真の場面をよく見るとそう書いてあった。
もし、これが横浜でなかったらどうだろうか。
中央線沿いなら別の話になっただろう。また赤羽あたりなら、人情噺になってそれも良かろうが、世界が違ってくる。
やはり横浜あたりが、この話を展開するのにちょうどよい設定だったのではなかろうか。
また星野源による主題歌のイントロもオリエンタルなメロディーだが、横浜→中華街→中華風メロディーということで、やはり横浜が舞台であることを強調しているように思える。
終わりの方に2か所ほど入っている、ちょっとノイジーなギターのフレーズがけっこうよい。
SAKEROCKという星野源のいたバンド、聞いてみたくなった。
ちなみに、この主題歌で話題になった恋ダンスというのを見ていたら(早すぎてとても覚えられない)、どうも「生野暮薄鈍(きやぼうすどん)」というやつで、「当て振り」の部分がけっこう多いようであった。
「きやぼうすどん」とは、引用すると、
「生野暮薄鈍情なし苦なしを見るように(きやぼうすどんじょうなしくなしをみるように)」という詞章を、「生野暮」は木、矢、棒の形、「薄鈍」は臼を引いてドンと音を立て、「情なし」で錠(じょう)の形を作り、手を振って「無い」ということを表現する。
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc11/sakuhin/gihou/p2.html
※いわゆる「口パク」、音楽に合わせて演奏するだけという意味の「当て振り」ではない。
この場合、「風たちは運ぶ」のところは、「運びつつ動く」かんじの動き。「いつも見えなくなるもの」のところは、目の前で手のひらを動かして「見えたり見えなかったり」の動き。「いつも思い出して」は、人差し指を立てて「思い出してね」の動きというふうに見える。
ちなみに舞踊的には、身体の動きが言葉をなぞっているだけということで、当て振りはあまり褒められるものではないようだ。

それと、このドラマは食事の場面が多く、また室内での座っている場面が多く、誰がどこに座るかというやりとりがあったりする。言葉使いが、きれいというか丁寧でもある。
なんだか小津安二郎の映画を思い出す。そう指摘している人もいる。
https://mint.5ch.net/test/read.cgi/tvd/1484657641/l50
https://みんなのブログ.com/nige-haji-7583/
そう思うととくに『東京物語』あたりと重なってくる(他の作品かも)。横浜→尾道=港町、坂道とか。

まあ、お話自体もいろいろあるのだが、我ながらキモイのは今から書くことである。
このドラマをよく知らないで見ていたので、続編があるだろうと思って検索した。すると、二次創作というところに行きついてしまった。そこではファンたちがドラマの設定を借りて、思い思いに妄想をぶちまけていた。
そのなかにも出来不出来があるらしく、支持数(いいね!のようなものか)100以上、300以上、500以上とランク付けされており、たしかに上位のものは良く書けている。
これを見ているうちに、人もすなる二次創作を我もしてみむとて、『東京物語』を若干パクって、二次創作してしまった。
でもオヤジの書いた文章(ラブコメ風www)は、我ながらキモイので封印することにした。
とはいえ、知人に聞いた話では、「セーラームーン」の製作スタッフ(編集者側)は、みんなおっさんばっかりだったというから、まあこういうこともあるんでしょうな。
自分のなかの乙女な部分が突如発現したようで、わしは今、非常に困惑しておるぞ。

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なかなかの奇(稀)書、『明治の御代の「坊っちやん」』(古山和夫)

著者は、リコーダー奏者でバロック音楽などを演奏しているらしい。
その著者が、『坊っちやん』を楽譜に見立て、著者なりに演奏したらこうなった、という本である。

『坊っちやん』という作品は不思議なところであって、そもそも発話者である主人公らしき男(=坊っちやん)が、いったい誰に向かって話しているのか、というところからはっきりしない。
話の内容自体の内容と、語り口によって、なんとなく面白がって読まれているわけだが、よく考えると分からないところがある。
その疑問に対して、かなり強引だが、ひょっとしてそうかもと思わされる解釈(字口、駄洒落による読み替え)がされていて、かなり面白く読んだが、まじめな漱石ファンや学者は怒るかもしれない。

なるほどと思う点をいくつか。
・能楽との結びつきについては、熊倉千之先生の考えと重なるところがあって興味深い。
・日露戦争については『草枕』や『三四郎』で、漱石はさらっと触れているが、やはり当時は国の存亡がかかるとともに、一般人にとっても出征、戦病死等身近な問題だったはずで、その重大さに気付かぬ漱石ではなかったろう。それについてなるほどと思うところがあった。
・坊ちゃんは、四国(死国、じつは日露戦争の舞台であった清国/満州)から引き揚げてから、街鉄(路面電車)の技師になったとあるが、なんだか唐突な終わり方だと思っていた。街鉄(がいてつ・まちてつ)を地口で「がいてつ=外鉄(外国鉄道)」もしくは「みちてつ=満鉄」と読むと、たしかに日露戦争で得た南満州鉄道につながってくるところがあり、漱石の意図が感じられる。

この本がどういう評価を得てるのかよく分からないが、いとうせいこう氏がtwitterで取り上げているようだった。なかなかの内容を持った本だと思います。

誕生日の話

先日、何度目かの誕生日を迎えたが、なかなかの一日だった。
まず、昼前に早上がりするつもりで出勤。退勤後にやりたいことをいろいろと夢想しながら仕事を始めた。
10時過ぎまでトラブルもなく仕事は捗り、最後に週明けの準備をするための機材を見たら、いつもの場所にない。
数日前に持ち出して使用した記憶があったので、その場所を確認したが、当然ながら終了後にすぐ搬出して、所定の場所に戻しているから見つかるはずもない。
冷静さを装いながら探し回っていたら、部内の人が誰にも言わずに持ち出して、他の部門に貸し出していたことが分かった。
機材が戻るのが、早くて12時。1時間以上を無駄に過ごした(もちろん、仕方がないので他の仕事をしていたが)。
昼前に会社を出て、どこかで一杯やろうかと思っていたが、くさくさした気持ちが収まらないので、とりあえず気分転換のため行きつけの床屋に行った。
ところが、予約の客が来るということで、入店できず(一人でやっているお店なので)。しかたなしに千円床屋で髪を切ったが、シャンプーはしてくれない(シャンプーすると2,000円だそうな)ので、その後はずっと体がチクチクしていた。
昼飯は、なんとなく目に入った寿司屋でランチセットを食べて、これはまあまあ良かった。ビール飲むのを忘れてたな。

気を取り直して、京王線・芦花公園の世田谷文学館へ澁澤龍彦展を見に行った。
熱心なファンではなかったが、見るべきものは多かった。案外かわいい字であった。原稿のわきに、イラストなんかもちょこちょこ描いている。
俺としては、使っているカメラが名機ミノルタCLE+純正40ミリレンズ(だと思う。キャップがしてあって分からなかった)だということが分かったのが収穫だった。
いい気分になって、電車を乗り継ぎ、今度は世田谷のボロ市に向かった。世田谷線を降りて手袋をしようとしたら、いつも定位置にしているコートのポケットに手袋が入っていない。そんなはずはないとしばらく衣服を探ったが、出てくるわけもない。
はっと思って電車を見たら、すでに発車した後だった。
買って一月もたっていない手袋だったんだけどな。
呆然としたまま、そのままボロ市会場に入り、気も入らないまま出店をまわった。遅ればせながら、駅にもどって落とし物を聞いてみたが、やはりない。
落とし物問い合わせ窓口の番号を教えてもらって、後日電話することにして、とりあえずボロ市に戻った。なんとなく手袋が目に入ったので、考えもなしに買ってしまった。
その手袋をすぐに手にはめて家に帰ったら、革の臭いがきつくて、悲しい気持ちになった。

後日、電鉄会社に落とし物を問い合わせたが、やっぱり出てこなかった。京王線も世田谷線も、どちらも丁寧に対応してくださったのは、有難かった。

その後、革手袋は陰干しを励行したせいか、臭いがだいぶ薄らいできた。
誕生日以降は、変なことが重なるのはあまりないようです。あの日は何だったのか。

六田知弘さん「記憶のかけら」展

Twitterに書き込んだが、検索してもしばらく反映されないようなので、まとめなおしてみる。
もともと字数制限があるので、書きにくかった。



さて、ある秋の良き日、ファーンという一声とともに、はや東海道線快速は走り出でぬ。六田知弘さんの「記憶のかけら」を見るため、伊豆の国市大仁(おおひと)の知半庵(ちはんあん)まで出かけた。この記事の基本情報はこちらから。
http://www.muda-photo.com/publicity/index.html#T170929-1
http://chihan-art.com/category/news/

そもそも「大仁」という地名が読めないくらいなので、まず行き方を考える。
調べてみると、東京駅発なら東海道線(リッチなら新幹線)で三島まで行き、伊豆箱根鉄道に乗り換えて大仁下車。このルートで来てみたが、三島駅はJRの管轄が違うのでSuicaでは清算できぬ、要注意。料金は2,720円だった。時間は2時間半くらいはかかる。
もしくは新宿から小田急で小田原へ行き、JRに乗り換えて三島→大仁という行き方もある。一番安いかも。1,994円です。
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大仁の駅を降りると、目の前に足湯があるので即ち裸足となる。わりとぬるい。ついでに鉱泉も飲む。熱い。
そのわきに写真展の看板と知半庵への行き方の地図がある。線路わきを進行方向に戻る道を行くのがおすすめ。
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下田街道は車が多くて歩きづらいうえに、けっこう怖い。線路わきの道は城山(じょうやま)が良く見える。岩肌が荒々しい。
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しばらく歩き、知半庵に着くと、看板が出ている。
しかし左側のくぐり戸が閉まっているので、ちょっと戸惑う。
とりあえず開けて入る。入場料は当日1800円であるが、事前に予約すれば1500円。
この入場料を高いとみるか否か。俺の場合は、半日ゆったり過ごせたので良かったと思っている。

さて、知半庵は風情のある建物。歴史的価値があるという。詳しくは当該HPへ。
中に入ると、座敷に「時のイコン」の大型プリントがいくつかある。
最初の写真はPCのマニュアルであるが、よく見ると「総務部で云々」とあり、社内用に内製したものではなかろうか。それにしても分厚い。
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奥の部屋に進むと小さいプリントがあって、手にとって見ることができる。
フォークやら、おもちゃやら、ほぼ実物大のものが写った写真を見ていると、なんだか不思議な実在感があってちょっと日常生活的な感覚とのずれが出てきたことを感じる。
さらに進むと、ハーモニカの大きなプリントと、おもちゃが写った小さなプリントのある部屋がある。
前の部屋でもそうだが、「福島県相馬市」というクレジットのある写真を見ると、目をそむけたくなる。故郷だから、こういうことが起こったことをふたたび見て確認するのがつらいんだろう。
ハーモニカの写真を見ると、吹き口のひとつひとつに、みっちりと砂が詰まっている。自然というのは妙に律儀でもあって、偏執狂的でもある。
今更ながら、あんなにしつこくものを破壊することはないではないか等とも考えたりする。

室内の白眉は、「福島原発そばの廃棄物置き場のフェンスと松」の部屋だろうか。
ガラスに貼った写真(右側)に日が差すと、もともと夕日のあたった場面の写真なので、現実なのか写真なのか、些か危うくなる。
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部屋の真ん中には袋に入ったネガフィルム。その下には昆虫の標本箱
現実から遊離しかけながら、屋外展示へ進む。 
外に出ると、広葉樹のあいだに落ち葉散り敷き、そのところどころに写真がある。
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写真に導かれるように進むと、祠のまえのきざはしに立っていた。
見上げると、柱状立石の写真が掛けられ、よく見たら蛾がとまっていた。
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奥に見える祠に一礼し、石段をのぼる。のぼりきって祠に向き合うと、自然に拝みたくなった。
祠は二つあって、少しひらけた空間になっているが、写真と相まって異世界が広がっているように思えた。
展示を撮影していいといわれていたが、祠を入れて撮影するのはなんだか出来なかった。羊歯と落ち葉に埋もれる写真は、大昔からそこにあったようだ。
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こわいような、なつかしいような気持になって、上の祠から降りてくると、なんだか現世に戻ったような感覚だった。
とはいえ、このまま室内に戻ると震災を思い出して辛い。
屋外でぼんやりとアンモナイトの写真を見たり、柿の木のあいだをふらついてみたりする。
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そうこうしているうちに空腹に気付いたので、外に出た。
大仁には美味しいものも多いらしい。温泉もある。
写真家の六田さんは、ここに来たときは近くの温泉に必ず行くそうだ。
美味しいメンチカツのある店があるというので行ってみたが、すでに売り切れていた。うまいんだろうな。

先日、遠藤賢司が亡くなって以来、どうにもなにをしても空虚であったが、ここに来たら少し気持ちが変わった。
自分の内面のさらに奥にある泉がまた湧き出してきたようなかんじがする。
ここに来ても、なにも感じない人もいるだろうが、日常の雑事の向こうにある本質に近づきたい(思い出したい)人にはいいのではないだろうか、等と思っている。

今度の週末は、玄侑宗久さんが来て話をするそうだ。
http://genyu-sokyu.com/koenkai/index.html#171118
たまたま仕事の都合で来られないのだが、今回、あまり人がいないときに来てよかったかもしれぬ。

運慶展

しばらく前から行こうと思っていたが、腰を悪くしたり、親知らず(しかも下)を抜いたりで、気持ちはあれど体が追い付かず、とはいえなんとか行ってみた。
図版の撮影を六田知弘さんが行ったというので、図録を買うのも楽しみである。
夜間開館の日を選んで、17時過ぎに会場に入ったが、なかなかの込み具合。
どうも、今の自分からすると、人間離れした諸神諸仏像(魁偉すぎて怪異に近い気もする)は、なんだかアニメのフィギュア―のようにも見えてしまって、それよりも無著・世親像や八大童子の矜羯羅童子(こんがらどうじ)のような、たしかにこの人は居たのではないか、と思わせるような実在感のあるものに心がひかれた。

ところで、今道友信先生の本で、心破れたときに鎌倉高徳院に行って大仏様の前に立ったら、ある地点で大仏様と視線が合う場所があったというような話があった。
それを思い出して、無著菩薩像の前に立ってみた。
ちなみに無著像は、そのコーナーに入る前から、そこにいるのが分かるくらいの存在感がある。
無著像は正面から見ると多少左を向いている。そのお顔の正面くらいに立ち、視線の行先を探りながら、多少前後に動いてみると、この場所だろうかという地点があるように思えた。
その人の身長によっても違うだろうし、視線の方向のとらえ方によっても違いはあるだろうが、俺の場合は上に書いたような地点があった。
そこに立って、お顔を見ると(仰ぐと)、無著という人(ではなくて菩薩か)のまなざしに耐えられないような気がして、やはり目をそらしてしまう。そんなことを何度か繰り返しているうちに、こちらも慣れてきてじっと対面できるようになってくる。
そうなると今度は「お前はこれからどうしたいのだ」と問われているような気がしてくる。若干、心が苦しくなってくる。
少し右にずれると、今度は口元に少し笑みがあるようにも見えてくる。
こういうふうにしていると、いくら時間があっても足りない。
無著像に対面したと思ったら、自己に向き合うことになってしまったという話でした。
ちなみに世親像とはそこまで対面できなかった。体力・気力不足か。

重源上人も良かったです。
神鹿、子犬像はうちにほしい。

PCのコントールパネルが不調の場合

Windows10でも稀によくあるようだが、PCを管理するコントロールパネルを開こうとしても開かなかったり、開いてもフリーズしたり、ということがある。
仕事場では2社のPCを中心に使っているが、なんとなく一方の会社のノートPCのほうが発生率が高いような気がする。ただし、購入時期の違いによる単なる経年劣化の差なのかもしれない。

コントロールパネルにはシステムのバックアップを作るような重要な機能があるので、メンテナンスをする際に本当に困る。
いろいろな対応策が公開されているが、どうもうまくいかない。
根本的には再インストールがいいのだが、一仕事になる。

で、俺が考えた安直な一時しのぎの方策。
まず、別のPCのコントロールパネルを開き、必要な機能のアイコンからショートカットを作成する。
次にそれをコピーして、問題のPCのデスクトップなどに置く。
そのショートカットをクリックすると、コントロールパネル全体は開かずに、必要な機能(例えば、システムとか管理ツール等)は開くので、作業可能な状態になる。
例えば、以前のシステムに復元したいときには、とりあえずこの方法で何とかなると思う。
どなたかの一助になれば幸いです。

池田学を見にいったら腰が抜けた。

というか、正確にはぎっくり腰になったのだが。

最近は、品川のキヤノンギャラリー「篠山紀信 家」を見に行ったり、なかなか忙しい。
それにしても品川はずいぶん変わったな。昔はだだっ広いだけのうら寂しい貨物基地のような印象があるが、それでも今の港南口の人工的なビル街に比べたらましだったな。

それはさておき、高島屋の池田学展に行った。
だいぶ混んでいるらしいので、17時に会場入り。そのあとは国立博物館の運慶展に行くつもりであった(が、やっぱり無理だった)。
入るとかなりの混雑。細密なので、みんな画面を凝視しているので時間がかかる。
おれは近づいたり離れたりして見たいのであるが、あまりの混雑でそれもなかなかできなかった。空いてきたのは18時半以降。それまでに、めぼしい作品には目をつけておいた。
いくつも心にひっかかる作品があったが、2011年の震災前に描かれた「予兆」では、どうしたものか予言かのように津波に飲み込まれていく人の営みが細密に描かれていた。
よく見ると、南無阿弥陀仏と唱えながら空を飛ぶ仏たちがいたり、十字架上のキリストがいたり、街並みが大波に巻き込まれていてどうしても2011年の震災を思い起こしてしまう。
壊れた旅客機が繰り返し出てきているが、911の残像だろうか。
また「誕生」(これは写真撮影OKとされていた)を見ていると、作者は死と崩壊の果てには、それでも花が咲く―せめて咲かせたい(なんかNHKの歌みたいだが)ということのようだが、花の根元には死があるのだな、などと坂口安吾のようなことも思ったりした。
というような話は、実際に作品を見て、それぞれが自分なりに感じとればいいのであって、本題?はここからだ。

何しろ池田作品は極細のペンで微細に描いているので、全体も見たいがデティールも見たい。
「予兆」などは、左下側の波が起こりつつあるところかじっくり見ていると、何十分かかるかわからない。
しかもその間、中腰だったり、腰をかがめたままである。かなりの混雑だから隣の人に触れないように体もねじったりしている。
そんな風に2時間以上、絵を見ていた。
会場を出たのは19時30分になりそうだったから、上野に移動して運慶展に行っても1時間もないので、こちらはあきらめた。

さて、帰宅して、ちょっと腰を下ろして、体をひねったら、キクっという腰の感触があった。
以前ぎっくり腰をやった時と同じである。さっそく初期対応をして(湿布を貼って)、体を楽にして、しばらく休んだ。
どうも中途半端な姿勢で体を動かさないでいたのが良くなかったのではないか。
池田学の作品は、そのくらい心身に影響を及ぼす力は確かにあると思う。
混雑していない会場で、体をのばしながらゆっくり見たいものだ。
それにしても会期が短すぎるんじゃないか。

続猫々

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猫々

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